第11話 鳥を喰らう者 3/3
あうあう悶えるシセリアからボーラを引っぺがして罠エリアに向かうと、アイルはぴょんぴょんすばしっこく跳ね回りながら戦斧鳥を翻弄していた。
「おらおら! こっちだ!」
「グケケッ! ケッ!? クワワッ!?」
アイルが囮となって動き回ることで、戦斧鳥は設置した罠に面白いように引っかかる。
しかし、シセリアが『不幸中の幸い』により特別でかい個体を連れてきたことが災いし、想定ほどに足止めができていないという状況だ。
「
そこでアイルは魔法攻撃も交えて戦斧鳥を相手取る。
それでも火の玉をぶっ放したり、風の斬撃をぶつけたりしないあたり、美味しい状態で戦斧鳥を仕留めたいという並々ならぬ執念を感じさせる。さすがは『鳥を愛する者』(好物的な意味合い)である。
さて、そんな頑張るアイルにボーラを渡したいところだが、牽制に掛かり切りになっている今の状態では難しい。
「一度こっちにヘイトを向けるか」
その隙にボーラを渡す、これでいこう。
というわけで、俺もアイルに倣って水弾をぶっ放すことにする。
ここで〈乙事主の安寧〉を使えば一発だが……これはアイルの狩りだからな、自重自重。
「せい!」
バチコーンッ――と。
「グェ!? グワッ!? グケェェ――――ッ!」
頭に豪速水弾をぶつけられた戦斧鳥は一度ふらつき、やがて俺へと注意を向けた。
狙い通り。
その隙に――
「アイル! 受け取れ!」
俺はアイルめがけ素早くボーラを放った。
高速で飛翔するボーラ。
結果――
「ぬわぁぁぁッ!?」
見事アイルを拘束!
「おんまぇぇぇッ! オレ捕らえてどうすんだアホォォォッ!」
「あっれぇー!?」
考えてみれば、普通にボーラを人めがけて投げたらそうなるわな。
これはうっかり。
「ほら、俺こういう道具使う狩猟になれてないから!」
「うっさいわ! ああもう、ボサっとすんな! 鳥いった! なんとかしろぉー!」
「なんとかって!?」
ぶつけた水弾がよほど痛かったのか、戦斧鳥はさんざんおちょくっていたアイルよりも俺を敵視して突っ込んできた。
ど、どうしよう?
ぶん殴る?
でもそれで仕留めちゃったら、あれこれ考えウキウキワクワクのゴキゲンな調子で狩りに臨んだアイルの楽しみを奪ってしまう。
それはよろしくない。
「仕方ない、ここは耐えるか」
俺はガンジーよろしく、非暴力不服従の意志を持ち、無抵抗にて荒ぶる戦斧鳥に立ち向かうことにした。
いや、フリじゃなくてね。
ついカッとなって助走つけて殴るとか、核をぶっ放すとか、そんなことはしないから。
きっと俺が攻撃しているうちにアイルは拘束から逃れ、ボーラを放ち、戦斧鳥を見事捕縛することだろう。
「さあこい!」
たかが野生動物、森の魔獣どもに比べれば、その攻撃など俺にとってそよ風のようなもの。
どんと構えて待つ俺に、戦斧鳥は駆け寄ってくるといきなりの蹴り。
ドゴッ――と、ほどほどの威力。
だがやはりこの程度、せいぜい大型犬の『ご主人さま大好きタックル』ほどでしかない。
と、そこで――
「クェェェ――」
戦斧鳥は大きく首を仰け反らせる。
なんだ、と思った次の瞬間――
「クェッ!」
ズゴンッ!
「へぶぅッ!?」
目がチカッとして星が散る。
脳天に凶悪なクチバシが叩き込まれたのだ。
こ、こいつ……!
「今のは痛かった……痛かったぞ――――ッ!」
ガンジーはガンジーⅡに進化した。
もはや非暴力に用はない。
平和の道は血祭りの道。
これこそが積極的平和主義というものよ!
「この鳥がぁッ! お返しだッ!」
跳び上がってぶん殴る。
ゴチンッ!
「グケェッ!?」
頭部に俺の積極的平和主義を食らった戦斧鳥は、一瞬ビクンッと大きく痙攣し――
「ケェ……」
すぐによたよたとよろめいて、そのままバターンと倒れた。
「あ、いかん、のしてしまった……」
まだ死んではいないようだが……。
これ、こそっと活を入れたら元気になったりしないかな?
そんなことを考えていたところ、ボーラの拘束から脱したアイルがこちらへとやって来て言う。
「アタマ大丈夫か?」
「くっ、さっそくの罵倒か……」
「ちげえよ! クチバシでど突かれただろ!? ものすげえ音がしたぞ!」
「うん? ああ、痛かったな。本のカドで叩かれたみたいに」
「そ、その程度……? 普通は頭が砕けるぞあれ……」
「頑丈なんでな。でもついやり返してしまった。悪い」
「いや、オレだけじゃどうにもならなかったんだし、それはいいよ。いずれは一人で狩れるようになるさ」
「そうか……」
よかった、アイルはあまり気にしていないようだ。
これでブチキレて襲いかかって来たら、アイルにも積極的平和主義の教えを繰り出すことになっていただろう。
「んじゃ、こいつは絞めるぜ。言ってみりゃ、こっからが本番だ」
アイルは戦斧鳥の頭を抱えるようにして捻り、グキッと頸骨のあたりを破壊。これによりさっきまで元気よく大暴れしていた戦斧鳥はご臨終となった。南無。
「わん! わんわん!」
と、そこで駆けつけて来るペロ。
戦斧鳥の周りを駆け回り、最後は上に飛び乗ると、まるで自分が仕留めたと言わんばかりに「あお~ん!」と可愛らしい遠吠えを始めた。
△◆▽
仕留めた戦斧鳥はひとまず塔の前へ。
戦斧鳥を目の当たりにしたおちびーズは、おっきいおっきいと大はしゃぎだ。
そんなおちびーズにアイルは羽根を引っこ抜くよう促す。なんでも道具として特定部位の羽根が利用されるようで、これは冒険者ギルドが買い取ってくれるらしい。
「私たち見てただけなのにいいのー?」
「かまわねえよ。オレは肉が欲しいだけだからな。ああでも自分の分はちゃんと自分で持って帰るようにしろよ。これも訓練だ」
「はーい、ありがとー!」
「ありがとうございます!」
「……りがと!」
おちびーズにお礼を言われてまんざらでもないアイル。
仕留めたのは俺なんですけどね。
こうして換金できる羽根がおちびーズによって集められ、その後にいよいよ本格的な解体となる。
これを行うのは俺とアイルとエレザの三名。
俺とエレザもそこそこ慣れたものだったが、やはりもっとも手際が良いのはアイルだった。
解体は迅速に進み、切り分けた各部はひとまず〈猫袋〉へ。
この作業の様子は、冒険者を志すなら避けられない道と、おちびーズにも見学させる。
ディアはすでに耐性があるらしくわりと平気で、巨大な鳥が捌かれる様子を感心したように眺めているが、ノラとラウくんはダメなようでディアの後ろに隠れつつおっかなびっくりで見学していた。
あと、ペロが「ちょうだい! それちょうだい!」と喧しく吠え、解体中の肉に食らいつきそうだったのでシセリアに抱っこさせている。
やがて戦斧鳥を捌き終わり、これでようやく料理の下拵えを始められる状況になった。
そこでアイルが言う。
「あんたが作れる鳥料理を全部頼む!」
「ここに来て無茶振りが!?」
ちょっと暴走気味だな。
俺の食歴なぞたいしたものではないが、それでも鳥料理全部となるとそれなりに数があるし、作れそうなものも十種類はある。
全部となると、下拵えにけっこう時間がかかってしまうぞ。
「今日のところは一つ二つで勘弁してくれないか……!」
「うー……わかった。じゃあ特にウマいやつを二種類頼む!」
特にウマいやつって言われてもな……。
まあどれでも美味いと思うからどれでもいいか。
考えた結果、俺はチキンカレーと焼き鳥を選ぶ。
単純に食べたかったからだが、カレーは煮込む時間で別のことができるし、焼き鳥はみんなに下拵え(串刺し)を手伝ってもらえる。
ここから俺は皆に任せられることは任せながら、せっせと食事の準備をすることになった。
そして日も暮れた頃、ようやく料理が出来上がる。
拠点の中で食べてもいいが、せっかくだからと外で焚き火を囲みながらの夕食だ。
じっくりコトコト煮込まれたチキンカレーは、さすがにお店の味とはいかないがなかなかに美味しい。もしかしたらスパイシーすぎて受け入れられないかと危惧もしたものの、いつも賑やかなおちびーズがシセリアのように黙々と食べ続けていることからお気に召したことが窺える。
その一方、アイルは鳥の旨さをダイレクトに味わえる焼き鳥の方にご執心だった。
まあチキンカレーは鳥料理じゃなくてカレーだからな。
「鳥はよく焼いて食べたけど……。同じ部位を食べやすい大きさにして串に刺して焼く。単純だが、普通はやろうとは思わない。なるほど、なるほどな……」
焼き鳥に感心していたアイルだったが――
「決めたぜ!」
突然立ち上がると、ハツ串を夜空に掲げて叫ぶ。
「鳥の料理人に、オレはなる!」
『???』
唐突すぎて、みんなポカーンである。
「オレは鳥が好きだ。だから狩って食べていた。でもそのまま焼いたり煮込んだり、調理はその程度だった。――だが、鳥は調理次第でもっとウマく食べられる! やっとわかった! オレがやらなきゃいけないことは、鳥を狩ることじゃなく鳥を調理することだったんだ!」
「あ、はい」
満天の星空の下、アイルはなんか覚醒した。
どうしようコレ……。
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