第12話 鳥を揚げる者 前編

 アイルが鳥専門の料理人になると決意した。

 鳥が大好きなアイルだ、ある意味それは天職なのかもしれない。

 とは言え、そこはかとなくアイルの人生をねじ曲げてしまったような気がしないでもない俺は、なるべく彼女の歩む道、その第一歩が幸先の良いものであるようにと、自分が作れる鳥料理のすべてを教え、必要になる調味料なども創造して提供した。

 教えた料理はカラアゲに始まり、親子丼、水炊き、照り焼きチキン、棒々鶏といった料理の他に、軟骨揚げや皮煎餅といったおつまみ的なものも。

 あと骨からスープが作れることや、皮からは鶏油が作れることも教えた。

 アイルはこのスープと鶏油に衝撃を受けていた。


「こいつぁごくごく飲みたいぜ!」


「それスープのことだよね? 鶏油じゃないよね?」


 この鳥狂いなら、風味や旨味たっぷりの油を夜な夜なぺろぺろ舐め始めても不思議ではない。

 化け猫ならぬ化けエルフだ。


「ケイン――いや、師匠! あんたぁ鳥の神だ!」


「鳥の調理法を伝授する鳥の神ってどうなの?」


 人生観が変異してしまったアイルはだいぶテンションがおかしな事になっており、鳥料理を教えた俺を師匠と崇めだした。

 でもって、せっせと鳥料理を作っては必ず俺に食べてもらいに持ってくる。


「しゃぁ! 照り焼き出来たぜ! 師匠、食べてみてくれよ!」


「あ、はい。もぐもぐ……。うん、美味しいです」


「いやそれだけじゃわかんねえよ、もっとこう、指摘とか、頼むよ」


「そう頼まれてもぉ……」


 アイルはすでに俺が教えられる鳥料理は無難に作れるようになった。しかしそこで満足せず、より美味しさを追求している。


 凝り性……とは違うか。

 好きなことだから頑張れる。

 好物だからこだわれる、みたいな?


 しかし料理人でもなんでも――いや、むしろ安い舌の俺にどんな指摘ができるというのか。


 まあこれも困るのだが、もっと困るのは、アイルが練習として鳥料理を作りまくるせいで、ここ数日ずっと宿の食事が鳥料理なことだ。

 きっと明日も、明後日も鳥料理なのだろう。

 宿の皆はまだ平気なようだが、俺はもう飽きてしまった。


 そこで俺は一計を案じ、グラウにそれとなく客が厨房を使うのはどうなのかと話を振ってみた。

 すると――


「え? だってアイルさんはお客さんだよ?」


「……」


 グラウからすれば、客が厨房を使って好きに料理するのは当然の権利であるらしい。

 グラウにとって『客』という概念はすべてを呑み込むブラックホールのようなものなのだ。


「客は神さまじゃないのに……!」


「ケインさんは神様ではないですけど、使徒様ですよねー」


 鳥ハムをもぐもぐするシセリアがいらん相槌を打つ。

 それにそもそもの勘違いをしている。

 俺はまだ無賃宿泊を継続してるため『客』ですらない。

 だからなおのこと、『客』であるアイルの行動をとやかく言えないのだ。


 アイルが鳥料理専門の料理人を目指すのはまあいい。

 どうも本気なので応援もしよう。

 しかし、だからと毎日毎日、鳥料理ばかり作って提供されても困るのだ。飽きる。さすがに飽きる。


 そこで俺はさらに一考。


「アイル、お前は作れる鳥料理をさらなる高みへと至らせるべく、指摘を求めている。しかし宿の面子では、みんな美味しいと言うだけで料理人としての意見は得られない。いやそもそも、王宮暮らししていたノラが美味しい美味しいと食べるのだから、料理としての水準はもう充分に高いのだ。この世界に存在するかどうかわからない高品質の調味料で味付けした料理となれば美味しいに決まっている」


「そりゃ確かにな……」


「となるとだ、もうあとは多くの人に食べてもらい、その中で意見を求めるべきだろう。同じ料理でも、国ごと、地域ごとに好まれる味付けというものがある。そういったものを知ってもらうのだ。具体的には屋台でも始めてみないか、ということだな」


「屋台だって……!?」


 まあ実際は、そういう名目でアイルの鳥料理を宿外で消費させようという計画なのだが。


「オレが自分で作った鳥料理を売る……!? そりゃいずれは考えてたけど……でも、まだ早くないか?」


 おや、自信家なくせに、アイルはちょっと不安らしい。

 でもここで尻込みしてもらっては困るのだ、主に俺が。


「まあ聞け。何も作れる鳥料理全部を提供するんじゃなくて、カラアゲの一品だけでいいんだ。カラアゲのみを提供する屋台、これならなんとかなりそうじゃないか? 下拵えは宿で行い、屋台ではカラアゲを揚げて販売する」


「なるほど……」


「お前が最初に食べた異世界の鳥料理はカラアゲだっただろ? だからまずはカラアゲから始めようじゃないか」


 元の世界でも、カラアゲ専門の店はいっぱいあった。

 デパートでも、コンビニでもカラアゲを売っていた。

 これはきっとカラアゲが鳥料理の至高であるという証明だ。


「他の鳥料理はカラアゲ屋台が成功したらということにすればいい。まずはカラアゲの専門家になるんだ。聞けば広場で定期的に青空市が開かれているらしい。まずはそこで販売だな」


「んー……わかった! 師匠! オレ、やってみるぜ!」


「うむ、よい返事だ。屋台や必要な道具に関してはどういうわけかすっかり師匠扱いになっている俺に任せろ。お前はカラアゲをいくらで売るか決めるんだ」


「いくらでって……安くでいいんじゃないか? 自分で狩ってくればいいんだし」


 よくねえ、それじゃあこの宿の屋台版だ。


「確かにその通りだが、狩りから下拵えから販売、すべてやるのは大変だ。屋台ですらそうなんだから、これが店ともなればどれだけ大変か。お前一人では無理だ。繁盛すればいずれは人を雇うことになるだろ? そこで安売りをしていたせいで金がないんじゃどうにもならない」


「そうか、そうだな。そうだ」


「わかってもらえて嬉しい。冒険者として仕事をこなし、その報酬で人を雇うとか言いだしたらもうどうしようかと思った。まあともかく、お前が最終的に鳥料理専門の料理店を開くのを目的とするなら、ちゃんと儲けが出るようにしないといけない。まずはカラアゲ一個、原価がいくらになるか調べ、販売する値段をちゃんと決めるんだ。その間に、俺は屋台と必要な道具を用意する」


「師匠……ありがとな!」


 アイルは嬉しそうに言った。

 宿の鳥三昧を中止させるというのがきっかけであるものの、アイルは本気で鳥専門の料理人を志しているので、本気で悠々自適な生活を志す者として応援する気もちゃんとあるのである、実は。



    △◆▽



 上手いことアイルを話に乗せることができた俺は、そのあとセドリックに会いにヘイベスト商会へ向かった。

 油や調味料、調理器具や食器などは俺が創造して用意できるものの、屋台となるとさすがに実際に作ってもらうしかなく、となると相談できそうな相手はセドリックくらいしかいないのだ。


 ヘイベスト商会に到着すると、俺はすぐに応接間へ通され、少し待つとセドリックが現れた。


「お待たせしました。ケインさんの噂は色々と耳に入っていますよ。お元気そうで何よりです」


 どんな噂なんだろう……。

 門前払いされずこうして相手してくれているってことは、そこまでひどい噂ではないと思いたいが……。


「森ねこ亭の皆さんはお元気ですか?」


 あの宿に泊まっていることも把握しているのか。

 いや、これは逆か?

 もともと森ねこ亭の方を知っていて、そこに俺が入り込んだという順番なのか。


「宿屋一家はみんな元気だよ。なんか妙に世話になってるから、娘さんには冒険者になるための指導なんかしてるんだ。ひとまず魔法を覚えさせようと思ってるんだけど、なかなかね」


 ピクニックやらキャンプやらで、本格的な指導が行えていない。


「ほほう、ケインさんが指導ですか。それは羨ましい。ぜひうちの娘にも指導をお願いしたいところです。実は娘には魔導の才能がありましてね、魔導学園へ通わせているのですよ。まあすごい才能というわけではないですが、ある程度でも魔法がちゃんと使えるとなると将来の選択肢が広がりますので」


「そうか……。セドリックには世話になったし、今日もまた世話になりにきてるからな、引き受けてもいい。ただ、俺は独学だからな。すでに学園で学んでいるなら、余計なことになるかもしれないぞ?」


「なるほど。では一度、娘と話し合ってみましょう。もし希望するようなら、よろしくお願いします。その時は……森ねこ亭の、ディアーナちゃんでしたか、歳も近いので仲良くしてもらえたら嬉しいですね」


「詳しいな。立派な商会の商人ともなると、そこまで把握しているものか?」


「ああいえ、そういうわけではなく、関わりがあったので覚えているだけですよ」


「関わり?」


「もう十年ほど前になりますか、宿の開業に関わったんです。要は援助ですね」


「え、えっと……こう言ってはなんだが、どうしてあんな場所で開業する宿屋に援助したんだ?」


「いえいえ、あの場所で開業するからこそ援助した――っと、これではわかりませんね」


 では少しばかり説明を、とセドリックは続ける。


「うちの商会はそこそこ大きいものの、やはり王都を代表するような大商会と比べるとまだまだです。中堅と大商会の中間くらい、とでも言えばよいでしょうか。ユーゼリア騎士団の遠征になんとか関われるくらいのものなのです」


 遠征……。

 頑張ってねじ込んだ遠征の成果が振るわなかった、これは俺のせいとも言えなくもないのだろう。

 一般には伏せられているからセドリックは知らない。

 知らない……よね?


「き、騎士団の狩りは期待したほどではなかったか……?」


「はは、確かに成果はやや控えめでしたね。しかし、それとは別に得がたい出会いがありましたので」


 セドリックはにっこりと微笑む。

 どうやら本心っぽいが……出会い?

 騎士団と縁を結べたということかな?


「私はこの商会を大きくしたいと思っています。叶うなら、この王都で一番の大商会へと。しかしながら、それはなかなか難しい。商会は縄張りを持つもので、大きくしようとするならどうしてもどこかとぶつかることになるのです。要は王都という限られた土地を巡って領土争いをするようなものですね」


「ふむ……。ふむ?」


 もしかして――


「森ねこ亭のある地区は空いている?」


「おや、これは話が早い。仰る通りで、あの地区だけは他の商会の影響力が及んでいないのです。ヘイベスト商会の躍進のためには、あの地区を押さえるしかない。そこで、あの地区で何かしらの商売を始めようとする人の手伝いをするのです」


「なるほど……。でもあんまり発展しているようには思えないな。これまでにどれくらい関わったんだ?」


「まだ森ねこ亭だけですね」


「えー……」


 ダメじゃん。

 足がかりにするその足がかりの段階で躓いちゃってるじゃん。


「はは、いやいや、まだわかりませんよ。まだ十年ですから」


 俺の呆れ顔から言いたいことを察したらしく、セドリックはそう言って笑う。

 それはいつもの人の良さそうな笑顔ではなく、何か企んでいるような、ちょっとした悪徳商人のような笑みだ。


「もしかすると、そう遠くない未来に大きな変化が訪れるかもしれませんからね」

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