第7話 鳥を愛する者 4/5
エレザにぶん殴られたアイルは何とか立ち上がりはしたものの、その両足はぷるぷると震えていた。
ぶん殴られたダメージによるものか、それとも恐怖によるものか、もしくはその両方か、傍目には判断がつかないが、それでもアイルはああも効いていないと叫ぶのだ。ここは敢えてそれを信じ、戦いを続けさせてやるのが武士の情けというものだろう。
その考えはエレザも同じようで、右の拳をぐっと握りしめ、アイルに見せつけるようにして言う。
「わかりました。では次はもう少し強めにいき――」
「待って! ちょっと待って! まず言いたいことあるから! 聞いて!」
戦闘の再開をアイルは慌てて止める。
「考えてみればアンタとの勝負はこれで終わりだと思うんだ! オレはアンタの後輩をぶっ飛ばした、で、先輩のアンタはオレをぶっ飛ばした! ほら、お相子だろこれ!? 先輩後輩のよしみで戦うことにしたんならこれで終わりだ! そうだろう!? なあそうだろう!?」
アイルは身振り手振り、ちょっと必死な様子で訴えてくる。
その目端からちょちょぎれているのは涙か、それとも目にも入っちゃった回復ポーションか。
「どういたしましょう?」
「ふーむ、確かに一理ある」
「だろう!? ならそっちのメイドと戦うのはもう終わり! 終了! そもそも〈猫使い〉と戦うなら、まずあの食いしん坊と戦えって話だったんだから!」
「というわけらしいぞ?」
「わかりました。しかし、わざわざ私と戦うのを避け、より強いケイン様と戦いたいとは、エルフの考えることはよくわかりませんね」
「え」
エレザの言葉に、アイルはぴたりと動きを止める。
「な、なあ、〈猫使い〉ってアンタより強いのか?」
「道具頼み、さらに試合という枠組み内であればよい戦いをすることもできるでしょうが、何でもありとなれば普通に負けるかと。そうでしょう?」
「そりゃ何でもありなら……」
「ええぇ!? お前、木級だろ!?」
「登録したては誰だって木級だろ。上の等級にしてくれってお願いしても断られちゃったし……」
まあ今となっては木級でいいと思っているので未練はない。
ノラとディアの指導がなければ、冒険者を引退してもいいくらいだ。
「くっ……。ま、まあ、ただの木級に通り名なんてつくわけねえからな! やってやろうじゃねえか!」
こうして、俺とアイルの再戦は実現した。
もしものことを考えて、とエレザによっておちびーズは離れたところに退避させられる。
もしもって、いったいどんな想定をしているんだろう?
ちなみに雑木に刺さったままのシセリアは放置だ。
「っしゃー! やるぜー! やったるぜー! おるぁー!」
アイルの威嚇が喧しい。
攻撃はまた風の魔法だろうか?
通り名は〈緑風〉だし、きっと風の魔法が得意なのだろう。
ふむ、ここは敢えて俺も風の魔法で対抗してみるか?
風の斬撃――はダメだな。魔獣用だ。もし加減を間違えたら大変スプラッタなことになる。
となると、アイルみたいに巻き上げるような地味なもの?
う~ん……。
よし、適当に竜巻でもおこそうか。
それで洗濯機に放り込まれたぬいぐるみみたいにグルングルンさせてピヨピヨの戦闘不能状態にするのだ。
そう決めたとき――
「ちょっと待て! それはなんだ!」
アイルが慌てた様子で俺を指差してくる。
いや、俺ではなく……俺のちょっと横?
いったい何かと左を見ると、そこには小さなもやもや亜空間が発生しており、その縁に前足をかけてにゅっと顔を突き出している普通サイズのシャカがいた。
「なんだ、また出てきたのか」
「にゃーん」
この声音の感じ、今は機嫌が良いようだ。
「こいつの名前はシャカだ。以上」
「いや『以上』じゃなくて! おかしいだろ! なんだその猫!?」
「おいおい、〈猫使い〉が猫を使うのがおかしいってのか?」
「いやその使う猫が問題なんだよ! そいつただの猫じゃねえだろ!? 精霊とも幻獣とも違うようだし!」
「その通り。こいつは俺の心に住む猫だ。ときどき勝手に出てくる」
「お、おお!?」
簡単に説明してやったところ、アイルは目を見開いて言葉を詰まらせた。
何をそんなに驚くのか。
いやまあ驚くか。
「お……お前、心の中に猫が住んでいて、それで平気なのか……?」
「そんなこと俺が知るか!」
「お前が知らなきゃ誰が知るんだよ!?」
「深く考えないようにしてるんだよ! 心の中に住んでる猫が気分次第で現実にまで出てくるとか恐いだろ!」
「そういう問題か!? ちくしょう、どえらい奴に絡んじまった……。おい、嬢ちゃんたち! やっぱりこいつはアレだぞ! かなりアレだ! 悪いことは言わないから距離を置け!」
アイルは離れて見学しているノラとディアに呼びかける。
が――
「えー、シャカちゃん可愛いよー?」
「可愛いです。そのうち撫でさせてもらいたいです」
ねー、と協和音を奏でる。
二人は仲良し。
「手遅れか……!」
そんな二人の反応にアイルはがっくりと打ち拉がれる。
なんでや。
「……いや、まだなんとかなる。あいつらを救えるのはオレだけだ!」
と、ここでアイルがなんか謎の使命に目覚めた。
でもってビシッと俺を指差して言う。
「軽くシメるくらいのつもりだったが……気が変わった! おい〈猫使い〉、オレが勝ったら嬢ちゃんたちを解放しろ!」
「なんで俺を悪者みたいに言うんですかね……」
二人とも、ちゃんと親御さんからお願いしますされて預かっているのに……。
まあいい。
「わかった。お前が勝ったらな。では、さっさと始めよう。このあと薬草集めもしないといけないんだから。――あ、この勝負でお前が負けたら薬草集め手伝ってね」
「な、舐めんなよ! お前には手加減なしだかんな!」
その気合いに反応したのか、アイルの周囲に風が渦巻いた。極彩色な衣装は大きくなびき、雑木の枝が揺れてざわざわと音を立てる。
その様子――普通であれば『実力者が本気になった!』と慄いたりするのだろうが……アイルのちょんまげが嵐に翻弄される椰子の木に見えてしまって面白くて困る。
と、そこでエレザが開始の合図。
「では――始め!」
「いくぞオラァ――――ッ!」
「うにゃにゃにゃにゃにゃにゃ!」
「え?」
開始と同時、まず動いたのはなんとシャカ。
猛烈な勢いで猫パンチの連打。
いったい何を、と思った瞬間――
ゴウッ――と。
アイルの居るその場に、間欠泉みたく竜巻が発生した。
「ぎぃぃぃやぁぁぁ――――――――ッ!?」
アイルは為す術なく竜巻に呑み込まれ、俺がイメージしていたようにグルングルン回り始めた。
「うーん? あ、もしかして、ちょっと規模の大きい魔法を使おうとするとお前が代わりにやるのか?」
「にゃ」
そうだ、とばかりにシャカは鳴く。
でもなんでまた代わりに……?
謎が一つ解けたものの、また一つ増えた。
猫は不思議がいっぱいだ。
「参ったぁぁぁ! オレの負けぇぇぇ! 参ったからこれ止めてぇぇぇ――――――ッ!」
始まって間もないというのに、アイルは敗北を認めた。
俺まだ何もしてないのに……。
それに困ったぞ。
あの竜巻ってどうやって止めるんだ?
どうしたものかと、俺はうにょんうにょん腰振りダンスをする竜巻を眺めていたが――
「あ」
なんということか、不運にも雑木に刺さっていたシセリアが吸い込まれて竜巻入りした。
あの竜巻、なかなかの吸引力だ。
「なぁぁんでぇぇあうぁぁぁ――――――――ッ!?」
「オレの負けだって言ってるだろぉぉ! 早く止めてくれよぉおおぉ――――――――ッ!」
奏でられる悲鳴の不協和音。
あの二人は仲良しではないようだ。
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