第5話 鳥を愛する者 2/5
ところで、俺にはオレっ
うん、微妙に言いにくいと思う。
他にも『アイウエ』ときて『オ』がないのも気になるが……まあいい。適当に縮めて勝手にアイルと呼ぶことにしよう。
で、そのアイル。
自分の〈猫使い〉発言により、室内の空気がはっきりと変わったのを怪訝そうにしている。
「おうおう、なんだぁ? 〈猫使い〉はいねぇのかぁ? ……つか、なんか空気おかしくね? もしかしてオレに萎縮しちゃってる? まあ第八支部の連中じゃあしかたねーか! なんたって、オレは一年で銀級まで駆け上がった期待の新人だからな! はは、きっと来年には金級になってると思うぜ!」
ヒエヒエの空気にもかかわらず、構わずイキり散らすアイルの豪胆さたるや相当なもの。奇抜な姿でお外を出歩くだけのことはある。
だが、俺は切ない気持ちになった。
だって異世界に来て初遭遇のエルフがあれなのだ。
たぶん、普通の格好をしていればアイルは可愛らしいエルフのお嬢さんなのだろう。だが今の彼女は無駄に豪華な服やら靴やら帽子やらと着飾らされた犬猫を目撃したような、何とも言えない気持ちにさせられる。
正直、遺憾の意を表したい。
と、そこで――
「……ノラお姉ちゃん、あのお姉さん、銀級なんだって、すごいね……」
「……すごいねー、私たちよりちょっと上くらいなのに……」
ディアとノラがひそひそ。
アレを素直に『すごい』と言える二人がすごい。
きっと大物になる。
すると件のアイルがこっちを見た。
「こらこら、嬢ちゃんたち、オレはこれでも二十八だからな?」
「――ッ」
一瞬、エレザがぴくっと震えたような……。
気のせいか?
「確かにエルフからすれば嬢ちゃんたちみたいなもんだが、子供扱いは面白くねえぜ。ほら、人で二十八つったら立派な大人、それどころかオバさん寸前だろ?」
「!?!?!??」
一瞬、エレザからすげえ殺気を感じた。
気のせいじゃない。
それは本当に瞬間的――瞬きのような一瞬であったので周りは気づかなかったようだが、俺は気づいてしまった。
おそらく、きっかけは――いや、詮索は無用か。
気づいていると気づかれる可能性を負うべきではないのだ。
なにしろ凄い殺気だった。
思わず戦闘態勢に入りそうになるくらいの恐ろしく鋭い殺気。
俺でなきゃ失禁しちゃうね。
「あう、すみません」
「ごめんなさい」
「いや、訂正したかっただけで怒ってるわけじゃないから……ってちょっと待て。なあ、そっちのメイドはなんでそんな恐い目してオレを睨んでるんだ? オレたち初対面だよな?」
「睨んでなどおりませんよ?」
「いやだって――」
「睨んでなどおりませんよ?」
「……はい」
エレザの圧に負け、すっと目をそらすアイル。
さっきまでの勢いが嘘のようだ。
「そ、それはそうと、嬢ちゃんたちは冒険者なのか? ずいぶん幼いようだけど……」
「わたしたちはお手伝いです!」
「先生と一緒に、冒険者のお仕事を学んでるの!」
「先生……?」
ディアとノラの視線につられ、つい、とアイルは俺を見る。
そしてすぐに片目を顰めた。
「ほーん、お前、等級は何よ?」
アイルはオラついた足取りで俺の前にくるとやや屈み、下から覗きこむように睨んできた。
完全にヤンキーのガンつけだ。
ここでビクついたり、下手に出ようものなら、会話のペースは相手に握られてしまう。舐められるわけにはいかない。
「ふっ、俺か? 俺は黄金の鉄の木級だ」
「え? 金級ってこと?」
「いや、木級ってこと」
「まぎらわしいわ! つか木級かよてめえ!」
俺に怒鳴り、アイルは再びディアとノラに話しかける。
「おい、嬢ちゃんたち、悪いことは言わねえ。こいつから学ぶのは考え直せ。こいつはアレだ、もうなんかすごいアレな感じがする。冒険者のことを学びたいならオレが教えるから。こいつとは縁を切るんだ。な? いい子だから」
真に遺憾である。
受付でコルコルが「うんうん」と頷いているのもまた遺憾である。
だがしかし、視点を変えてみると、このエルフはディアとノラを心配して言っているわけで、そう考えると案外ただのイキりのエルフではないのかもしれない。
「ありがとうお姉ちゃん。……でも、わたしはケインさんに教えてもらうから」
「私もー。先生、すごいんだよー?」
アイルの申し出をディアとノラは断った。
良い子たちだ。
帰ったら異世界のお菓子をたくさん用意してあげよう。
「ちっ」
こうなると面白くないのはアイルで、再び俺を睨みつける。
「なあ、ケイン先生とやら、よく聞けよ。もしこの子たちがおかしなことになっていたら、オレがシバきに行くからな? エルフは長生きなんだぜ」
脅し――なのだろう。
だがこれにより、俺の中でアイルの印象が『残念イキりエルフ』から『ヤンキーだけど面倒見のいいお姉ちゃん』へランクアップした。
もうヤンキーなんてものは絶滅危惧種だが、俺の子供の頃はまだわりと生息しており、家の近所にも腰まである髪を脱色して金髪なんだか茶髪なんだかわからない色になったお姉ちゃんがいた。鞄には教科書の代わりにスパナとかチェーンとか詰めていて、いつも鉄パイプを持ってる危ない人だったが、子供には優しかった。会うたびに飴とかお菓子をもらったものだ。懐かしいなぁ……。
「こ、こいつなんで急に遠い目になってんだ……? なあ嬢ちゃんたち、いいのか? 本当にこいつが先生で……」
しつこいエルフめ。
そんなこと言って、もし二人が俺を危ない人みたいに思うようになったらどうしてくれるんだ。
ここはとっとと立ち去った方がいいだろう。
「さて、エルフのお姉さんは用があるようだし、ここらで俺たちは仕事に向かうとしようか」
はーい、と返事をするディアとノラ。
それから「ばいばーい」とアイルに挨拶。
アイルも苦笑気味の笑顔で小さく手を振って挨拶を返す。
なんか面倒くさいエルフだが、そう悪い奴ではなさそうだ。
△◆▽
こうして俺たちは冒険者ギルドを後にし、ひとまず都市から出るために市門へと向かい始めた。
ところが、である。
「……うぉらぁぁ……! まぁてやぁぁ――――ッ……」
しばらく歩いたところで、アイルがなんか凄い勢いで追って来た。
いったい何事だ?
まあともかくここは――
「行け! ペロ! 十万ペロペロだ!」
「わおーん!」
俺の指示を受け、ペロが迎撃に出る。
てててっ、と道を駆け抜け、勢いそのままにぴょーんと跳び上がってアイルに襲いかかった。
が、しかし。
アイルは襲いかかったペロをあっさりとキャッチ。
これまでか――。
かに思われたが、ペロは諦めなかった。
猛然とアイルの顎をペロペロし始めたのである!
まあアイルはものともせずにそのまま走ってくるんですけどね。
で、アイルは俺たちに追いつくなり叫ぶ。
「おいこらぁ! てめえが〈猫使い〉じゃねえか!」
……はい?
「どこにも猫なんていねえし、連れてるのが狼だったからすっかり騙されたぜ!」
アイルは俺を睨みつける。
一方で、律儀にペロを受け取りにいったラウくんにペロを返品。
「俺が〈猫使い〉? いや、初耳なんだけど……」
「なんで本人が知らねーんだよ! ギルドに居た奴らに聞いたら、お前がその〈猫使い〉だって言ってたぞ!」
「はあ? どういうことだ?」
「せんせ、せんせ、ほら、シャカちゃんが口からお水をざばーってしたからだと思うの」
ちょいちょい俺の服を引っ張りながらノラが言う。
「あー、ああ、あれでか。いやあれ一回で俺って〈猫使い〉にされちゃったの? 安直すぎるだろ。つか俺って他の冒険者たちに〈猫使い〉って呼ばれてるの……?」
もうあだ名に格好良さを求めるような歳でもないが、さすがにもうちょっと何とかならなかったものか。〈猫使い〉とか、どう頑張ってもファンシーな印象しか受けないだろこんなん。
「可愛いと思うの。私は好きー」
「可愛いよねー」
ねー、とノラとディアはハーモニーを奏でる。
ほっこりした。
「ほら、やっぱりお前が〈猫使い〉じゃねえか」
「釈然としないが、どうやらそのようだ。で、何だって? こう見えて俺たちは忙しいんだ。これからみんなで薬草を集めにいかないといけないんでな」
「この人数で薬草集めって、効率いいのか悪いのかわかんねえことやってんじゃねえぞ。それよりオレと勝負しな!」
「いいだろう! おるぁッ!」
「ぐあ!? キュ~……」
俺の男女平等チョップを額に受け、アイルはその場にどてーんとひっくり返った。
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