第11話 働きたくないでござる

 砦には風呂がなかった。

 そこで新参者からの『御挨拶』と風呂場を作ってみたところ、砦の皆にすごく喜ばれた。どうもこの砦は水で苦労しているらしく、ならばと貯水槽を作って満たし、存分に水を使えるようにしてあげたらさらに喜ばれた。

 この一働きは、その日のうちに砦の誰もがすっかり友好的になるくらいの影響があり、異世界に来て初めてのお泊まりは穏やかなもので終わらせることができた。


 そして翌日、俺はさっそく森へ入って狩猟を行う。

 遭遇した魔獣はみんな金――当面の生活費となる。

 生きるためという意味ではサバイバル時代とまったく同じ、ただの狩猟なのだが、それでも『お金』にかわるとなると、つい張り切ってしまうのは拝金主義が染みついているせいか……。


 まあともかく、やることはいつも通りだ。

 違うとすれば、お手伝いさんが付いてきていることくらい。

 怪我をしているわけではないものの、血を失って体調が万全とはいえないシセリアが俺の小間使いに任命されたのだ。


 もしかして監視役だろうか?

 最初はそう勘ぐったが、シセリアを連れて森で活動するうちにそれはないと考えを改めることになった。


 シセリアは果実を見つけると素直に喜ぶ。食べて「うひょー!」と素直にはしゃぐ。例えるならそれは無邪気な犬のような……見た目は格好いいのに落ち着きのないアホ犬、シベリアンハスキー的な……。

 これだと、サバイバル生活中、ちょいちょい餌をたかりにきていた子犬(?)の方が落ち着きがあるな……。

 うーん、シセリアこれ、邪魔だからって厄介払いされてんのかもしんないね。


「ぬぐおぉぉ……!」


 俺が密かに気の毒に思っていることなど露知らず、シセリアはスモモ(もどき)がなっている木によじ登ろうと四苦八苦している。


「微笑ましくはあるんだがなぁ……」


 シセリアって騎士に向いてないんじゃないかな?



    △◆▽



 砦での生活が思いのほか馴染み、生活費のために魔獣を狩るのがそれなりに楽しかったためだろうか。

 気づけば五日が経過して、砦を離れる日がやってきた。

 俺は帰還する遠征団に同行し、異世界へ来てから三年目にしてようやく『都市』に訪れる。


 ユーゼリア王国の首都――ウィンディア。

 立派な市壁に囲まれた都市ではあるが……だからと、魔獣たちがひしめく森から二日という距離はやはり近すぎると思う。

 ここに領都を構えることにした当時の辺境伯は、いったい何を考えていたのだろうか?

 あの森は、その向こうのアロンダール山脈に住む竜の一家のものだから、じわじわと切り開いていくことすらできないのに……。


「ではケイン君、ひとまずここでお別れだが、何か困ったことがあれば遠慮せずに団を訪ねてくるといい。もし入団する気になったら、それこそ遠慮せずにな」


 都市に入ったあと、別れ際に隊長さんは言った。

 うーむ、まだ俺を騎士団に引き込むのあきらめてないのか……。


 帰還の道中、熱心に誘われたし、仲良くなった騎士や従騎士たちまで入れ入れと誘ってきた。終いには入団しなくてもいいから騎士団に居てくださいとか、おかしな事まで言いだす始末だった。


 そんな騎士団の面々が去って行くのを、俺は少し見送る。

 足取りが軽そうに見えるのは、きっと気のせいではないだろう。


 遠征帰りは三日の休みが与えられるとシセリアが言っていたし、それでみんなウキウキしているのだ。

 まあそのあと、王都の公園にある訓練場で鈍った体を叩き起こす厳しい訓練が待っているようだが……。


「ではケインさん、私たちも」


「ああ、行こうか」


 セドリックに促され、俺は商会隊と共にヘイベスト商会へ。

 で、お待ちかねの魔獣の買い取りだ。

 買い取り品については、おおよその事を先に手紙で伝えてあったらしく、査定はとんとん拍子で進み、俺は大金を得ることになった。


「ケインさん、お確かめください」


 セドリックが金貨をどっさり寄こしてくる。

 数えるのは面倒くさいので、そのまま〈猫袋〉に放り込む。


「これでどれくらい優雅に生活できる?」


「そうですねぇ……この都市で優雅となると、おおよそ二年といったところでしょうか」


 二年か……。

 そう聞くとそこまでたいしたものでもないな。

 まあちょろっと狩りをして、当面の生活資金を得られたと考えれば充分だろう。あとはこの資金が尽きないうちに、さらなる大金を稼いで悠々自適な生活を実現させるだけだ。


「ケインさん、お急ぎでなければ一緒に食事でもどうです?」


「あ、食べる食べる」


 ここからは完全にノープラン。出たとこ勝負の俺に急ぐ用などあるわけもなく、俺は誘われるまま、貴賓室らしき部屋に案内されて少し遅めの昼食をご馳走になる。

 のんびりと会話をしながら楽しむ食事は実に優雅。

 素晴らしい――そう密かに感動しつつ、やはりスローライフはクソだな、と再認識する。


「あ、そうだ。ケインさん、森で集めた果実などを、一部でいいので個人的に買い取らせてはもらえませんか? 妻と娘へのお土産にしたいのです」


「ん? それくらいあげるけど?」


「いやいや、あの森の果実は魔力が豊富に含まれる貴重品です。頂いてしまうわけにはいきませんよ」


「……そうなの?」


 とくに断る理由もなかったので求められるままに売ったのだが……これがなかなかよいお値段。

 マジかよ、シセリアの奴めっちゃ貪り食ってたぞ……。

 いや、だからこそ貪ってたのか?


 まあ食いしん坊のことはいい。

 それよりもこれから、ここからだ。


 悠々自適に暮らすと決めて森を出た。

 懸念材料だった当面の生活費もこうして手に入った。

 だが所詮は二年、人生はまだまだ続く。

 つまり金はもっともっといる。


「楽して大金が稼げる方法はないものかな?」


「はは、知っていたらもう私がやっていますよ」


 セドリックに笑われる。

 確かにその通りだ。


「ならさ、苦労はするものの、大金が稼げる方法とかは?」


「ケインさんはもうすでに大金を稼がれていますが……?」


「もっと必要なんだ。希望は一生楽に暮らせるくらいの一攫千金。なんかそういう話はないかな? 多少の苦労は目を瞑るから」


「ええぇ……。うーん、ケインさんのできそうなこと……それこそ今回のように遠征に同行して狩りをすればよいのでは? 年に三回だけ、短い期間働くだけで優雅に暮らせますよ?」


「それはその通りなんだが……」


 セドリックの提案は納得できる。

 だが、年に三回だとしても、なんかもう面倒くさいのだ。これまでのサバイバル生活を思えば楽ちんなのは確か。でも面倒くさい。魔獣は金になると張りきって狩ったものの、こうして金に替えたあとはその熱も冷めてしまった。何というか、飽きた。


「飽きたの一言で片付けられる金額ではないと思うのですが……。まあ気が乗らないのであれば、仕方ありませんね」


 それからセドリックは収納魔法が使える魔導師として王宮に売りこみをかけるとか、魔法鞄を作るとか、あれこれ考えて案を出してくるが、どれも地味に働いて地味に金を得るものであったため、興味を惹かれることはなかった。


「やはり気が乗らないな……」


「ケインさん、あなた……働きさえすれば、いくらでもお金を稼げるだけの能力があるのに……」


「働きたく、ないんだ……」


「多少の苦労は目を瞑るという話はどこへ……。いや、砦では働いていたじゃないですか」


「あれは働くって言うより、王都で生活するための資金が欲しくてちょうど良かったから魔獣を狩っただけなんだよ……」


「世間ではそれを『働く』と言うと思うのですが?」


「んんー?」


 そうかもしれない。

 だが、違うんだ。

 少なくとも、俺の中では違う。証拠に、また森で狩りをしてお金を稼いではどうかと提案されても、まったくやる気がでない。


「そうなると……あとは冒険者でしょうか。高位の冒険者であれば、一回の依頼で高額の報酬を得られるといった話も聞きますが……」


「冒険者……冒険者か……」


 ふむ、ちょっと考えてみるか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る