第9話 職業選択の不自由

 連れてこられたのは隊長さんの執務室。

 魔獣蠢く大森林に面する砦ということもあり、室内は仕事をする机、座る椅子、書類などをしまう棚、以上――といった、華やかさなど欠片もない簡素な、実務一辺倒の装いであった。

 そんな部屋にテーブルとイスが運び込まれ、そのあと隊長さんは一度退室、しばし待つとお茶とクッキーっぽいお菓子をわざわざ用意してくれた。


「こんな場所なのでね、ろくなもてなしもできないが、この菓子はそう悪いものでもないはずだ。遠慮なく食べてくれ」


「ありがたく」


 勧めてくれているのだ、ここは本当に遠慮なくいただいておこう。

 なんせつい最近まで、シルが持ってきてくれたときしか食べる機会のなかった貴重品なのである、お菓子というやつは。


 で、まずは一つ、クッキーのつもりで口に運んでみると、意外な固さにちょっと驚く。あとけっこうな甘さ。だが悪くない。いや、これけっこう美味しい? よし、もう一つ――。


「口に合ったかな? ふむ、娘がわざわざ持ちこんできたものだから不味いわけはないか。なにか君に礼をすべきだと、巻き上げてきたかいがあったな」


「……」


 急に食べにくくなったぜ……。

 これ、娘さんのささやかな楽しみだったんじゃないの?

 ちょっと居たたまれないので、あとでシセリアのお見舞いに行ってなんか果物でもあげることにしよう。


「では食べながらでいいので聞いてほしい」


 ガリゴリお菓子を噛み砕いていると、まず隊長さんはここ二年ほどの間に起きた森の異変について説明を始めた。それは主に魔獣の生息域の一時的な変化についてで、今回を含めると三回あったらしい。


「おそらく今回もこのまま収まるのだろうが……確信を得るためにも君の話を詳しく聞きたい。ここ数日の、森の様子などをね」


「森の様子か……」


 困ったな、平和なもの、としか答えようがない。

 いつもなら探さなくても遭遇する魔獣に会わないんだから、むしろ普段よりものどかになっていたくらいなのだ。

 その旨を告げたところ、隊長さんはすこし考え込んでから言う。


「そうか……。これは魔獣が移動する原因を突き止めないことには安心はできないな。この三度の異変は長い期間に及ぶ予兆――大暴走の前触れという可能性もある」


 大暴走……確か魔物が集団で大移動する現象のことだ。

 もし発生したら、騎士団で対処しないといけないのだろう。

 大変だなぁ、と他人事に思う。

 俺はもう森を出るからね、関係ないからね。


「ところでケイン君、ちょっと騎士団の一員になってみないかい?」


「え?」


 おや、またなんか唐突な勧誘がきたぞ。


「大暴走を警戒している状況だからね、いざ起きてしまった場合のことも考えて、戦力を整えておきたいんだ。狂乱鼬を簡単に仕留められる君ならば、すぐに我が団の騎士として迎えられる。どうだろう、興味はないかね?」


「興味はあるけど、実際になるのはちょっと……ってか、騎士ってそんな簡単になれるものだっけ?」


 騎士つったら、領主から土地もらうかわりにいざとなったら戦いますよっていうもの……だったような? ユーゼリア騎士団なんて国の名前がついた騎士団なら、任命するのは王様か? え、森から出てきた得体の知れない若造(見た目は)にいきなり土地くれるの?


「ああそうか、君はうちのことをよく知らないと報告を受けていたな。では、戸惑うのも無理はない。うちはすこしばかり特殊なのでね、簡単に説明しようか」


 入団する気はまったくないんだけどな……。

 まあ聞くけども。


「王国がまだ大国の一部、辺境伯領であった頃、この領の役割は大森林から魔獣が溢れださないようにすることだった。要は蓋だ。まあこれは仕方のない事なのだが……ただ、ね、どうも過去に剛気な領主がいたらしく、領都――現在の王都をここから二日日ほどの距離に構えてしまったんだよ」


「二日って……それ、いざ大暴走とか起きたら危ないんじゃ?」


「もちろん危ない。だから常に備えておかなければならず、そこで生まれたのがユーゼリア騎士団だ。普通、騎士は君主から土地を授かる代わりに軍役を負う。平時は基本領地住みだ。一方、こちらは王家からの給金、それと王都に家が与えられる。我々は王都に住み、いざ大暴走が起きた際には直ちに対処することが求められる」


「それは……王家の私兵なのでは?」


「そうだね。だが、ただ私兵としてしまうと対外的に印象が弱く、また騎士よりも重要視される私兵とはどうなのかという話もあり、特殊な騎士ということで落ち着いたわけだ。ユーゼリア騎士団の騎士は、称号としての性格が強いんだよ」


「なるほど……」


「このような経緯のある騎士団なのでね、強者に対して門戸が広く開かれている。実力とやる気があれば、いきなり騎士になることも可能だ。どうかな、試しに入団してみないかね?」


 隊長さんは気軽に言ってくるが、入団は楽でも団員になってからが大変な気がする。きっと悠々自適など入り込む余地のない、規律正しい灰色の生活が待っているに違いない。

 うん、やはりお断り一択だな。


「あー、せっかくのお誘いだけど、集団行動とか向いてないんで……」


「む、そうか……」


 やんわりとお断りすると、隊長は心なしかしょんぼり。


「まあ娘の恩人に無理強いするわけにもいかないからな。君の気が向いてくれることに期待しよう。その時は尋ねてきてくれ」


 そう言う隊長さんの様子は自然で、気分を害したようでもない。

 ダメもとで誘ってみた、くらいの話だったのかな。


「それで君はこれからどうする?」


「王都へ行こうかなーと。鼬の買取もそっちでやったほうがいいらしいんで」


「そうか……。ふむ、一つ提案なのだが、このまま王都へ向かうのではなく、あと五日ほどこの砦に留まって、我々が帰還する際に同行するというのはどうだろう?」


「なんでまた?」


「実は手強い魔獣が出没するせいで狩りの成果がかんばしくない。間引きが満足に行われないのは問題だ。それと、せっかく同行してくれているヘイベスト商会に面目が立たないというのもある」


「あー、なるほど……」


「君にあれこれ指示をするつもりはない。好きに狩りをして、商会に売ってもらえればそれでいい。この提案を受けてくれるなら、こちらは寝泊まりする場所、それから食事を提供しよう」


「ほほう」


 しょぼい見返りに思えるが、狩った魔獣をそのまま買い取ってもらえる砦に『居られる』というのはでかい。さっさと王都へ向かうよりも、ここで狩れるだけ狩って当面の生活費を稼ぐ方が合理的だ。

 何気にこの提案は渡りに船かもしれない。


「わかった。やっかいになるよ」


「ありがたい。ではさっそく部屋を用意しよう。君の行動を制限するつもりはないが、それでもこの砦での取り決めというものがあるのでね、あとで人を向かわせるからその辺りのことを聞いてほしい。なにか要望があれば私に言ってくれ」


 提案を受け入れたことで隊長は嬉しそう。

 俺が頑張って魔獣を狩ったとしても、団としては商会に対しての面目が保たれる程度の話。そんな嬉しそうにするほどのことでもないと思うが……いや、その面目が大事なのかな?

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