俺はマッチングアプリを始める

かもんべいべ

第1話 インストール

 月額5500円、俺には正直高過ぎる。

 大抵の携帯ゲームならそこそこの良い課金にはなるだろう。


 携帯ゲームをやる習慣が無い俺にはもちろん課金の習慣はない。

 だからこそ【マッチングアプリ】へ月額5500円注ぎ込む事に抵抗があったのだ。

 

 俺は宏也。広島県在住。出身は千葉県。

 仕事は電気技師をしている。


 2年前、大手企業に勤めていた俺は会社特有の組織ってやつとデスクワークが嫌になって退職した。

 新卒で地元の千葉から広島へ赴任し、ずっと勤めてきた会社だったが躊躇いはなかった。

 

 地元に帰る選択肢もあった中で、広島の街並みや住み心地を気に入っていた俺は結局そのまま留まった。

 今の勤務先は家族経営でやってるような小さな電気工事会社。大手で電気部門を担当していたとはいえ、畑違いの職人という道を選んだわけだ。

 

 たまたま縁あって入れた会社だが、ウザい組織的なものも無く良い人ばかりだし、仕事内容も自分的には楽しくて日々充実している。

 

 【充実してるなら良いじゃん】


 誰しもがそう思うだろう。


 ただ…1つ問題がある。


 そう、俺の年齢は29歳だ。

 もうアサラーへのゲートが開かれ、なんなら片脚を突っ込んでいると言っても過言では無い…

 

 世間一般で見れば、まだまだ若いしこれからだって感じなのはわかっている。

 焦る必要もないのだろう。

 

 だが、友人の多くは結婚し子供も産まれ、マイホームを建て、俺には眩し過ぎる幸せっぷりをSNSで公開しまくっている。

 それを微笑ましく、羨ましくなる一方で、独り身という名の塞がらない傷口に塩を擦り込まれてる気分にもなる。


 俺に彼女はいない。もちろん子供もいない。マイホームなんて夢のまた夢。

 住んでいるのは1Kで8畳の築20年のマンションだ。幸いリフォームされてるおかげで不自由はしてないが。


 最近思うのは、この年齢になると新たな異性との出会いが無い。出会いが無いのは職業柄の影響もあるが、それ以前に友人も既婚者が増え、若かりし頃のように紹介や合コンといったものが全くと言っていいほど無くなった…


 そして気付いた。


 「このままじゃ彼女できんわ…」


 1人切なくボソッと呟いてしまった。

 

 誰がどう考えても、この状況は100%近くがそう思うだろう。


 出会いやきっかけが無い者には簡単に彼女なんてできない。これが現実。

 モテて仕方のない人は話が別だが…


 その瞬間にふと思い出した。

 数ヶ月前、先輩に勧められたマッチングアプリの存在を。


 それは先輩と飲んだ日の事だ。


 「宏也、最近彼女とどうなん〜?」


 「もう別れたっすよ。」


 「まじか。次おらんのん?」


 「いないっすよ。てか出会いが無いんで。」


 「じゃあお前、マッチングアプリやれば?」


 「え!?まさかのマッチングアプリっすか?」


 「俺、これで結構女の子と会えたし、中には可愛い子やスタイル良い子もおったで!」


 そう言うと先輩はアプリを見せてきた。


 ひとつ言える事は、先輩はめちゃくちゃイケメンだ。まだ誰とも付き合わず、吟味してる途中だとか。


 「けど、俺やっぱマッチングアプリとかって抵抗あるっすよ。」


 「意外とやってみたら普通やし、ほんまに会えるけん!インストールだけでもとりあえずしとけば?」


 「いやぁ〜、ちょっと考えるっていうか悩むことにしますわ…」


 この時の先輩との会話を思い出した俺は、親指を自分でも驚くほどのスピードでアプリ検索画面まで走らせていた。


 いざ検索すると、色々なものがあり過ぎてどれが良いのやらさっぱりわからない。

 しかも先輩に勧められたアプリもどれだったか思い出せないという…


 「これ★4.4だし良さそうじゃん。」


 レビューも見ず★だけを見て勢いのままにインストールボタンを押してしまった。


 俺が人生で初めてマッチングアプリをインストールした瞬間だ。


 何故だか妙な高揚感が俺を包み込んだ。今までに経験したことのないような感覚。

 まだ何も始まっていないのにドキドキやワクワク、ハラハラといったものが押し寄せて来る。


 29歳の秋、俺はマッチングアプリをインストールした。

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