第10話

終業式当日、午前中で学校が終わった。僕はコンビニの袋をぶら下げて、屋上へ向かった。

僕が踊り場に着くと、君はまだいなかった。いつもの場所に腰を下ろそうとした時、屋上へ続く扉の窓から彼女の姿が見えた。彼女はまた屋上の縁に立っていた。僕が扉を開けると、彼女は振り返った。

「別に死にたいわけじゃないよ。」

(またか。)

「そんなことよりさ、これ。」

僕は早くプレゼントを渡したくて、彼女の話を適当に流してしまった。彼女はすごく悲しそうな顔をしていた気がする。それでも僕が、

「誕生日おめでとう。」

そう言ってプレゼントを手渡すと、彼女はとても嬉しそうに笑ってくれた。

「開けてもいい?」

僕が頷くと、彼女はいそいそと包みを開けて、中から箱を取り出した。そして箱の中身を見て、一瞬とても驚いた顔をしたように見えたが、すぐに満面の笑みを浮かべた。

「えー!ちょー可愛い!!」

そして、僕に包みと箱を渡して、時計を左手首に装着した。

「どう?似合う?」

「うん、とっても。君のために作られたみたいだ。」

彼女はしばらく嬉しそうに色んな角度から時計を眺めていた。

「降りておいでよ。危ないよ。」

僕がそう言った瞬間、彼女の顔から笑顔が消えた。そして、彼女は首振った。

「私は、帰りたい。」

僕は彼女の言っている意味がわからなかった。

「私は私の原点に帰るの。」

彼女は空を指さして、そう言った。僕はその瞬間はっとした。

「君は、死にたいの?」

「別に死にたいわけじゃないよ。ただ生まれてきたくなかっただけ。」

彼女の何度も聞いた言葉には、続きがあったのか。

「僕には、君がこの世で不自由してるようには思えない。なのにどうして?」

彼女は目を細めて、少し口角を持ち上げた。

「君には、私はみんなに好かれる人気者で、常に友達に囲まれて、たくさんの愛情を受ける幸せな人間に見える?」

僕は頷いた。僕の目にはほんとにそのままのイメージで彼女が写っていた。

彼女は笑った。

「そっかー。私も小学生まではそう思ってた。でも、違ったみたい。」

彼女は悲しそうに笑っていた。

「私が中学に上がったぐらいかなー?母親が再婚したの。いい話だと思うじゃん?私も初めは喜んだ。でもそいつが最悪なやつでねー。ムカつくとすぐ、手出すんだ。」

彼女はスカートをめくって太ももを見せた。そこには目を疑うような、大きな痣がいくつもあった。もしかしたら、もっと別のところにも傷をつけられたのだろうか?

「それまでは母子家庭だったけど、お母さんはしっかり愛情を持って育ててくれてたと思う。だからとっても幸せだった。でも、再婚してからは、人が変わっちゃった。私が殴られてても、知らんぷり。」

彼女は今にも泣き出しそうな顔をしていた。

「だから、中学はほとんど家に帰らずに友達の家を転々としてた。私が家に帰ってこなくても、あの二人は心配すらしなかった。高校生になって、毎日家に帰るようになったら、あっちが帰ってこなくなった。はは、笑っちゃうよね。」

そう言う、彼女の顔に笑みはなかった。強い悲しみと怒り。ただ、それだけが感じられる。

彼女は一息ついた。彼女の話を聞いて、何も言えない自分が情けなかった。でも、どんな言葉をかけていいかわからなかった。

「友達に関してもそうだよ。」

「え?」

「君の目には私は友達に囲まれている幸せな人間に見えるかもしれない。でも、本当は違う。私は物理的にはひとりぼっちではない。でも、私には私を1番に思ってくれる人がいない。普段、私の周りにいる人には、他に1番の子がいて、私は2番目、またはそれ以下でしかない。親にも誰にも愛されない。産まれてくる場所を間違えちゃったみたいなんだよね。だから一旦帰る。それだけの事。」

彼女の目には今にもこぼれ落ちそうなほど、涙が溜まっていた。

(誰の1番でもない?誰にも愛されない?産まれてくるところを間違えた?じゃあ、僕はどうなるんだ!)

「僕は、僕は君が...」

僕がそこまで言いかけた時、下から叫び声が聞こえた。そして、女子の先生を呼ぶ声。

「あ、急がないと。絶対今日がいいんだよね。」

彼女は綺麗な涙を流しながら、僕を見つめて、微笑んだ。

「ありがとうね。」

(嘘だ。嫌だ。またイタズラだろ?また、冗談だよ、と言って笑ってくれるんだろ?)

僕が彼女に近づこうと1歩踏み出した瞬間だった。

「じゃあね。」

彼女はそう言って、後ろに身を投げ出した。

「茜!!!」

僕がそう叫んで、下を見た時、彼女は今までにないくらい美しい笑顔で微笑んでいた。どうして、どうしてこんな時に。


僕は、僕は君が1番だと思ってた。そして、君の1番になりたいと思ってた。

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