敵役適役シンデレラ
相沢 たける
敵役適役シンデレラ
衣装替えをした私は、更衣室の前にひざまずいている雑木役のおばちゃんにびっくりして悲鳴を上げてしまった。なにをしていらっしゃいますの? お姫様役の私は問いただしそうになったのだが、まだ本番じゃないからこんな口調じゃなくてもいいことに思い至り、「なにしてんだ、クソババァ」
こう言ったのは私ではなかった。
私の代わりにセリフを述べたのは、沼地役のおじちゃんだった。おばちゃんとおじちゃんは兄妹である。昔から同じ家に住んでいるそうだ。田舎だとそういうことが起こる。
「いや、まだかまだかと待ってたんだ。ずいぶんなげぇこと待たされたもんだからねぇ。待つのはうんざりだよ」
私はなにか言われんじゃないかとビクビクしながら更衣室を出た。更衣室といっても簡易便所のような狭い箱である。私は緑のドレスに身を包み、あら美しいこと、と鏡の前で裾を広げたり踊り狂ったりしていたから時間を食ってしまったのだ。
まったく、町内会館で演劇なんて。私の王子様たる男は、四二歳独身の漁師である。ざけんなぼけぇ。
その漁師がやって来た。
「おう、今日はよろしくね。なに、緊張することはないよ。僕だって緊張しているんだからね、ぐわははは」
うわ、汗臭い。笑い声が汗臭いってどういうこっちゃねん。あぁ、早く帰りたいよう。
ついに劇が始まった。といっても劇場はかなり小さい。教壇くらいの狭さだ。しかも控え室は隣の和室っていうね。どうか私に同情して下さい。
私のセリフ「あら、王子様ではないですか。こんなところにガラスの靴が落ちてございますわ。きっとどこかの馬の骨たる自信過剰なバケツ片手に世界へ復讐を誓っているろくでもない小娘の持ち物に違いありませんわ。……どうです、王子様。割ってしまいませんこと。そうすればあの娘は発狂して宝石の涙を流すかもしれませんことよ」
王子様のセリフ「そそそ、そんなことより姫君。僕たち一緒に踊らないかい? ほら、舞踏会では僕たちペアになれなかっただろう」
私「えい」ガラスを割って額をぬぐう。「これでよしですわ。ほらそこの大臣、突っ立ってないでこれを布でくるみなさいまし。そうしたらあの小娘を今すぐ馬で追っかけて、これを見せつけなさいまし。くふふ、今からあの小娘がどんな顔をしてどんな行動に出るのか楽しみですわ。そうそう大臣、あの小娘が涙を流したらすぐにハンカチで包んで持っておくんなさいまし。私の指に新たな宝石がやってくる瞬間ですわ、おーほほほほほ」
大臣のセリフ「そ、それはいけません、王女殿下。あの女が雇われている家では猟銃が壁に掛けられているということ。そんなことをしたら王女殿下に復讐に来るのが目に見えております」
私のセリフ「あなたも頭が回らないわね。どうして私がやったとわかるのかしら」
大臣のセリフ「姫様以外にやりそうな人がいらっしゃらないからでございます」
私のセリフ「それならこの小男のせいにすればいいわ。ね、王子、いいでしょ、お願い」
王子様のセリフ「……う、うむ、よいだろう」
私「さ、行ってらっしゃい、大臣。ほら早く行きなさいよ」私は大臣のケツを蹴り飛ばす。
大臣は部下を連れて街道を行く。途中で雑木と沼の脇を通り抜ける。ついに大臣は小娘と呼ばれた女のもとにたどり着いた。
「あら、こんな夜中に、お忙しい中ご苦労様です。なにか配達でございますか?」
大臣は包みを開け、氷のような無表情で粉々になったガラスを撒き散らした。
「さぁ、残念だったな。お前さんの大事にしていたものはすべてバラバラになった。くくく、泣きたいのなら泣くのだな。これが権力というものよ」
「あらそうですか。でも私、今日ローファー履いていったのです、大臣さん。それはあのお方――お姫様のことよ――が私にいじわるすると思って、わざと階段に置いておいたの。それより、泣きたいのは、大臣さん、あなたじゃないの?」
敵役適役シンデレラ 相沢 たける @sofuto
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