第二章 凹凸コンビ

第21話 この時はまだ普通の仲だったんだ

「ねーちゃん……! どこだねーちゃん……!」


 俺は必死にねーちゃんを探している。

 服も髪もボロボロで、手足が傷だらけになりながらもなお探し続ける。

 痛い。裸足で外に出たから、小さな石でも踏んだら相当なダメージになる。


 それでも探すのはやめない。

 だってここで諦めたら、きっと後悔するだろうから。

 腕が木の枝にやられて無数の切り傷を作っている。

 多分数日は傷跡が残るんだろうな。


「うわっ!」


 足元を見ていなくて、根っこに引っかかって盛大に転けてしまった。

 手と膝を擦りむいて血が流れ出る。


「ぐすん……」


 涙が出てくる。

 なんで俺ばっかりこんな目に合うんだ。

 どうしていつも不幸な目にあってばかりなんだ。

 そんなことを考えてると、頭上から声をかけられた。


「もー、琉璃はどんくさいですねぇ。立てますか?」


 見上げると、そこには探し求めていたねーちゃんがいた。

 ねーちゃんは俺に手を差し伸べてくれる。

 その手を掴んで立ち上がると、そのまま抱きしめてくれた。


「よしよーし」


 頭を撫でられると、また涙が出てくる。

 泣きながらねーちゃんの顔を見ると、優しく笑ってくれた。


「琉璃がなかなかお姉ちゃんを見つけてくれないから困りました。って、ずいぶん汚れちゃってますね……かくれんぼにそんな必死にならなくても」


 ねーちゃんはそう言いながらポケットからハンカチを取り出して、顔を拭ってくれる。

 そして最後に怪我をした部分に巻いてくれた。

 そのあとねーちゃんはしゃがみこんで、背中を見せてくる。

 おんぶしてくれるようだ。


 俺が乗ったことを確認するゆっくりと歩き出す。

 ねーちゃんの温もりを感じつつ、俺は言った。


「ありがとう、ねーちゃん……」

「やけに素直ですね。どうしました?」


 優しい声で訊かれる。

 さっきまで泣いていたせいか、上手く喋れない。

 だから代わりにギュッと腕に力を込めた。

 するとねーちゃんはクスリと笑う。


「ふふっ、甘えん坊さんですね」

「……」


 何も言わないけど、否定はしない。

 それからしばらく無言が続いた。

 俺が眠ってしまったと思ったのか、ねーちゃんは口を開く。


「別に、人それぞれでいいと思うのですよ」


 それは独り言のように小さいものだった。

 だけど何故か耳に入ってくる。

 きっとそれは、俺に……ねーちゃん自身に向けた言葉だと思ったから。


「私も琉璃も、ただ人を好きになっただけなのに。それが同性であろうと……それのなにがいけないんでしょう?」


 淡々とした口調だったけど、どこか悲しさを感じる。

 その証拠に少し震えているように思えた。

 俺は何も言えない。

 ただ黙って聞いているだけだ。

 それでも、ねーちゃんはそのまま続ける。


「私は、たとえ世界中を敵に回しても……自分の想いを貫きたいのです」


 その気持ちだけは絶対に変わらない。

 強い意志を感じた。

 この人は本気だ。声でわかる。それくらいの覚悟が込められている。


「どんな障害があっても、どんなに批難されようと、私は自分が間違ってるとは思いません。だから琉璃も、諦めなくてもいいのですよ?」

「でも……」


 思わず反論しようとすると、それを遮るように言う。


「確かに世間的には許されない恋かもしれません。ですが、それがなんです? 愛することは自由でしょう?」


 迷いのない真っ直ぐな返しだった。

 俺はその言葉になにも言えず、また黙ってしまう。

 それでもねーちゃんは話し続けた。


「それに、世の中にはもっと凄い人たちがいるじゃないですか。男同士だろうと女同士だろうと、なんなら動物が恋愛的に好きって人もいますし」


 そう言って軽く笑っているようだった。

 多分俺を元気付けてくれてるんだろう。

 ねーちゃんの優しさに感謝しつつ、俺は思ったことを口にする。


「ねーちゃん、俺……頑張るよ」

「うんうん、その意気です! 応援してますよ!」


 そうこうしているうちに家に着いたみたいだ。

 玄関前で下ろしてもらうと、ねーちゃんは笑顔で言う。

 そして俺の手を握ってきた。

 大きくて柔らかい手に包まれる。

 その手はとても暖かくて、まるで太陽のような安心感があった。


「琉璃、約束します。私はずっとあなたの味方ですから。いつでも相談に乗りますよ?」

「ねーちゃん……ありがとう!」


 俺も握り返すと、ねーちゃんは満足げに微笑んだ。

 そして小さく呟く。


「ふふっ、やっぱり琉璃は素直な方がいいですね」

「え?」


 よく聞こえなかったので聞き返したら、なんでもないと誤魔化された。

 首を傾げる俺を尻目に、ねーちゃんは先にドアを開けて家の中に入っていく。


 その後ろ姿を見ながら、俺は思う。

 いつか必ず報われる日が来ると。

 その時までは、この胸にある熱い思いを大事にしていこうと。

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