第14話 イケ女は萌花と行きたいところがあるそうです

「萌花、ちょっといいか?」


 放課後。教科書をカバンに詰めていると、朔良さんが話しかけてきた。

 あまりの展開に、私は教科書を持つ手が震える。


「朔良さん!? ついに私のことを!?」

「え? 何の話だ?」

「デスヨネー」


 いや、うん……わかっていた。わかっていたさ。

 でも、少しくらい期待してもいいじゃないか!

 そんな思いでいっぱいになる。


「お前……なんかあったのか?」

「へっ? ななな何もないですよー?」


 動揺しすぎて変な声が出てしまった。

 これでは何かありましたと言っているようなものではないか。

 しかし、朔良さんはそれ以上追及することなく、「そうか」と言って会話を終えた。


「…………」


 私の中で、モヤモヤとした感情が生まれる。

 朔良さんにとって、私はその程度の存在だったのだろうか。


「いや、実は話したいことがあるんだ」

「……話したい、こと?」


 朔良さんの口から放たれた言葉を聞いて、一瞬思考停止する。

 そしてすぐに理解する。

 ああ、そういうことか。


「はい、わかりました!」


 私は満面の笑みを浮かべて答える。

 ふふーん、私は朔良さんのことをわかっている。

 朔良さんは改まって私に向き直った。

 つまり、これは……告白されるのだということに他ならない!


 きっとそうだ。

 だって、こんなにも真剣な表情をしているのだもの!


「あのな、萌花……」

「はい!」


 私は目をキラキラさせながら返事をする。

 心臓が激しく鼓動している。緊張で吐き気がした。

 朔良さんは深呼吸をして息を整えると、意を決したように口を開いた。


「今日の帰り、というか今だな……今から寄り道しないか?」

「……へ? あっ、あー、全然大丈夫ですよ」


 告白ではないとわかった瞬間、急激にテンションが下がった。

 まあ、よく考えたらわかることだったのだが……

 告白ならもっとロマンチックな雰囲気にするだろうし。

 というか、それだと私が困ってしまう。

 だって、ムードもへったくれもないじゃないか。


「どこ行きますか?」


 私は気を取り直して尋ねる。

 すると、朔良さんはキョトンとして首を傾げた。


「あれ、言ってなかったっけ?」

「えっと……何をですか?」


 なんのことかさっぱりわからない。

 今日どこかに行くなんて聞いていないぞ。

 朔良さんは頭をポリポリ掻くと、「あー」とか「うー」とか言っている。

 それからやっと決心がついたようで、再び私を見据えた。


「……クレープ屋」

「へ?」


 思わず間抜けな声を出してしまう。

 予想外すぎる答えに、頭が追いつかなかった。

 朔良さんは顔を真っ赤にして俯いている。

 その姿はとても可愛らしいが、今はそんなこと考えている場合じゃない。


 なんでクレープ屋?

 なぜそんなところに行きたがるのだろうか。

 朔良さんのイメージとかけ離れすぎていて、頭の中は疑問符でいっぱいになる。


「そ、それだけです……か?」


 恐る恐る聞くと、こくりと小さく首を縦に振った。

 ……なんだこの可愛い生き物は!

 普段とのギャップがありすぎて、もう胸キュンどころの騒ぎじゃなくなる。

 萌え死ぬとはこういうことを言うのだろうか。

 いや、絶対に違うと思うけど。


 しかし、一体どうしたというのだろうか。

 朔良さんって甘いもの好きだったかなと思い返すが、記憶の中にそれらしき情報はない。

 それに、今まで食べたとしてもコンビニスイーツくらいなものだし。


 ますます謎が深まるばかりである。

 でも、そんなことは些細な問題にすぎない。

 朔良さんと一緒にいるだけで幸せだからね!


 結局、私たちは二駅先にある駅前のお店に向かうことになった。

 電車に乗って数分後、目的地に着いた。

 駅から出ると、そこは人で溢れかえっていた。

 休日ほどではないが、人通りは多い方だと思う。


「わぁ、人がたくさんいますねぇ」

「そうだなー」

「……」

「……」


 会話終了。

 沈黙が続く。


 いつもなら平然と喋れるはずなのに、なぜか言葉が出て来ない。

 さっきまではあんなにも会話が続いていたというのに。

 やはり、二人きりという状況を意識しているからだろうか。

 朔良さんも同じことを思ってくれていたらいなーなんて淡い期待を抱く。


「……」

「……」


 私たちの間に流れる無言の時間。

 それはとても長く感じられた。

 だけど、不思議と嫌な気分ではない。

 むしろ心地いいと思ってしまう自分がいることに驚いた。


 そして、ふとあることに気づく。

 ――手、繋ぎたいかも。

 そう思った時には既に手が動いていて、気づいた頃には朔良さんの手を掴んでいた。


「!?」


 突然の行動に驚いているのか、朔良さんは目を大きく見開いてこちらを見る。

 私は「やってしまった」と思って咄嵯に手を引っ込めようとした。

 だが、それよりも早く腕を引かれて引き戻される。

 そして、そのまま朔良さんの手に包まれた。


 ああ、温かい……安心する。

 心の底からホッとしたような感覚に陥る。

 朔良さんの顔を見ると、耳まで真っ赤になっていた。

 きっと私の顔も同じように赤く染まっていることだろう。


「……行くか」

「……はい」


 お互いにぎこちない動きで歩き出す。

 このまま時が止まればいいのにと、本気で思った。

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