第13話 萌花はついイケ女に将来の夢を話してしまいました
「朔良さん! 私絵本作家になりたいんです!」
「は? いきなりなんだ?」
私は教室に入って早々、借りた絵本を両手に抱えながら朔良さんに話しかけた。
というより、夢を打ち明けた。
突然そんなことを言われても困るだろうが、今言わないとタイミングを逃してしまう気がしたのだ。
「……そうか」
朔良さんはそれだけ言うと、それ以上なにも聞いてこなかった。
その態度を見て、やっぱり迷惑だったかなと思う反面、優しいなと思った。
私の気持ちを汲んでくれたのだろうか。
それとも、単に聞き飽きてしまっただけなのか。
どちらにせよ、私は気を取り直して話を続ける。
「それで……えっと、だからこの絵本を書いた作者さんみたいに誰かの夢を応援するような本を書きたいなって思ってて――」
「そっか。いい夢だな」
私が話し終えると、朔良さんは優しく微笑んだ。
それはいつものように眩しい笑顔ではなく、どこか切なさを感じさせる笑みだった。
でも、すぐにいつものような快活で明るい表情に戻る。
一瞬のことだったから、もしかしたら見間違いかもしれないけど。
「あたし応援するよ。萌花の描く未来」
「あ……ありがとうございますっ!」
思わず涙が出そうになった。
それほどまでに嬉しかった。
応援してくれる人がいるってことが。
私は一人じゃないという実感を持てたことが。
「でもさー、これ本当に面白いよな。この本貸したかいあったよ」
「はい! すごく面白かったです!」
「だろ? 他にも色々あるから見てくれよ!」
「もちろんですよ! ぜひ読みますね!」
朔良さんのオススメならどれもハズレではないだろう。
それに、彼女のセンスは確かなものだ。期待できる。
「それにしても、お前とこういう真面目な話するのなんだか新鮮だな」
「え、なんですか……人を不真面目みたいに」
「変な話しかしてこなかったじゃねぇか」
「うっ……それは……」
自覚はある。
確かに私はそういう人間だし、朔良さんだってそれをわかっているはずだ。
だけど、改めて言われると少し悲しくなってしまう。
朔良さんに変なやつとしか認識されていないのではないかと思ってしまう。
いや、実際そう思うのが普通だ。
弱みを握って脅して、変態的なことをたくさん言ってきたのだから。
嫌われても仕方ないくらいのことをしてきた。
「別に悪口言ってるわけじゃなくて、良い意味で言ったんだよ。なんかこう……素っていうかさ」
「素……?」
「うん。飾らない感じがいいと思うぞ」
〝飾らない感じがいいと思うぞ〟
その言葉が何度も頭の中で反響する。
飾りのない私が好きと言ってくれたような気がしたからだ。
私らしくいてもいいんだと言われた気がした。
それがとても嬉しくて、自然と頬が緩む。
「……ふへへ」
「気持ち悪い笑い方するんだな……」
「ひどい!?」
せっかく人が喜んでいたというのに……
やっぱり素直には喜べなかった。
まあ、これもいつも通りなのだけれど。
「ほら、もうすぐチャイム鳴っちまうから早く席着け」
「あ、はい」
朔良さんに注意されてしまい、自分の席に着く。
優等生として振舞ってる私がだれかに注意されるなんて。
しかも、それがよりによって想い人だなんて。
だけど、なんだか悪い気はしなかった。
むしろ心地よかった。
そんな風に思える相手に出会えたことに感謝したい。
これから先どうなるのかわからないけど、きっと大丈夫だろう。
私の心の中にはいつも彼女がいるから。
「おーい、授業始めるぞ〜」
先生が入ってきて、授業が始まる。
私は教科書を開いて準備しながら、チラッと横目で朔良さんを見た。
すると、目が合ってしまった。
彼女は驚いた顔をしたが、すぐにふっと笑ってこちらに手を振る。
やっぱり好きだなぁ……
その笑顔を見るたびに胸が高鳴り、顔が熱くなる。
私はそんな自分に呆れながら苦笑した。
どんなに変態的な妄想やストーカー的行動をしようと、この純情は隠せない。
ただ好きの二文字を知られるのがこわくて、ついいつもそれに逃げてしまうのだが。
でもいつかちゃんと言えるといいな。
――あなたのことが大好きです、と。
「んー、それはしばらくは無理ですかねぇ……」
朔良さんとイチャラブその他もろもろをしたいというのもまた、事実だから。
厚いメッキで大事な本心がガチガチに固められている。
それを剥がすのはかなり骨が折れそうだ。
「……」
私は深いため息をつく。
朔良さんと一緒の空間にいるだけで、一緒にお話ができるだけで幸せだというのに、それ以上を望むとは……欲張りにも程がある。
――朔良さんの心がほしいだなんて、おこがましい。
私はこんなにも、汚れているのだから。
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