第7話 萌花は小学生の時に読んでいた童話の内容を思い出しています

 とある国のお城に、一人のお姫様が住んでおりました。そのお姫様は、普通のお姫様とはどこか違っていたのです。


「姫様! 敵がすぐそこに迫っています!」

「わかったわ」


 一人の騎士がそう告げると、お姫様は窮屈なドレスを脱ぎ捨てます。

 そして、素早く武装が完了しました。

 するとなんと、お姫様は戦場に向かって一目散に駆け出したのです。


「敵が何人来ようが関係ないわ。私は〝たたかうお姫様〟なんだもの」


 お姫様はかっこいい笑みを浮かべ、お城を出ます。

 そこには、たくさんの兵士がおりました。

 みな毎日の戦闘で疲れきっており、動けるものはあとわずかです。

 それでも、お姫様は諦めませんでした。

 なんて言ったって、〝たたかうお姫様〟なのですから。


「さあ、戦えるものは私と共に来なさい。共に敵を倒すのよ」


 お姫様は短く声をかけると、すぐに敵が迫ってくる方向へ目を向けました。

 敵の数はおよそ1000、それに対してお姫様の軍勢は、動けるものがおよそ50です。

 お姫様の表情が一瞬険しくなるものの、すぐにいつものような笑顔を浮かべました。


「……恐れることはないわね。なんたって、あなたがいてくれるのだから」

「姫様、敵が……!」

「さあ、行きましょう! 平和を勝ち取りに!」


 お姫様は戦いの先にある平和を見据え、敵に立ち向かって行きました。


 ☆ ☆ ☆


 お姫様が戦う少し前のことです。

 お姫様はいつも通り、近くの森を散歩していました。

 森はすごく落ち着いていて、日々の戦闘を忘れさせてくれるようです。


「すごくいいわね。ここには敵も来ないし」


 敵は無闇に町の人や建物を壊したりしないのです。

 敵にもいいところがあるようです。

 しかし、なぜ敵が攻めてくるのかは、わかっていません。

 昔は仲良く平和に暮らしていたはずなのに……


「どうしてこうなったのかしら……」


 お姫様は誰に言うでもなく、そう呟きました。

 この頃はまだ、〝守られるだけのお姫様〟でした。

 力も知恵もない、無力なお姫様だったのです。


「せめて、理由がわかればいいのだけれど……」


 お姫様は毎日悩んでおりました。

 戦いは苦手で、平和が一番だと思っています。


「ふぅ……ちょっと疲れたわね」


 目の前にあった岩に腰かけ、少し休憩します。

 一面緑に囲まれた森は、お姫様の心を癒してくれるようです。

 小川のせせらぎや小鳥の鳴き声が、お姫様の耳に届きます。


「そうだわ。焦っていても仕方ないのよ。いつかきっと、また平和になる時が来るのだから……!」


 お姫様は前向きでした。

 悲しんでいても、悩んでいても仕方ないのです。

 何か行動を起こせば、何かが変わるかもしれないのですから。

 逆に、何もしなければ、事態は進展しないのです。


「頑張るしかないわね。私も戦えるようにならなきゃ」


 お姫様は岩から離れ、再び歩き始めようとします。

 その時でした。


「――けて。助けてください」


 どこからか声がしました。

 その声は、何か困っているようです。

 すかさず、お姫様も大きな声で呼びかけます。


「だ、誰!? どこにいるの!?」


 困っている人がいるのなら、なんとしても助けたいと思っているようです。

 優しさに満ち溢れたお姫様なのです。

 しかし、一向に声を発した者の姿は見つかりません。

 お姫様は焦って、自分のドレスの裾を踏んでしまいました。


「きゃっ! ……い、いたた」


 バランスを崩して転けてしまったお姫様は、ドレスについた汚れを払いながら立ち上がります。

 すると、目の前に何やら奇妙なものが見えました。


「これは……剣?」


 今までそこには何も無かったはずなのに、突然それは現れたのです。

 その剣のようなものは、草がたくさん生えている地面に真っ直ぐ突き刺さっていました。

 選ばれた者にだけ許される特別な剣のようでした。

 何しろ、その剣のようなものは不思議なオーラを放っていたのですから。


「……もしかして、あなたが「助けて」って言ったの……?」


 お姫様が声をかけると、剣が喋り始めました。


「おお! もしやその綺麗なお声は、この国のお姫様ですね?」


 元気のいい声です。

 さっきの叫び声が嘘のように、すごく明るいのでした。

 お姫様は一瞬、別の人が「助けて」と言ったのかと思いましたが、すぐにこの剣だと気づきました。

 何せ、声が同じだったのです。

 間違いなく、この剣が「助けて」と言いました。


「「助けて」って、一体なんのこと? 何をどう助けたらいいの?」

「そのことならば簡単です。私を抜いてください。どんなことでもしますので!」

「どんなことでも……?」

「ええ、もちろん! 私を奴隷のように扱っていただいても構いません!」

「ちょっと! それじゃあ、私が悪者みたいじゃない!」


 でも裏を返せば、それほどまでに困っているということでもあるようです。

「何でもするから助けてくれ」、そのセリフは本当に困っている人しか口にしないのですから。

 お姫様は剣を助けることに決めました。


「とはいえ、どうやって助けたらいいのかしら……?」


 地面に突き刺さった剣を抜いたことがないお姫様は、ひたすら戸惑います。

 剣の周りを歩き回り、険しい表情を浮かべています。

 そして、普通に剣を両手で持ち、力いっぱい抜こうとしました。


「とりゃー! ……お?」

「ありがとうございます! いやー、これで自由になれました! 実は持ち主に見放されてしまって困ってたんです~! 一生あなたについていきます!」


 剣を抜くことに成功したお姫様ですが、剣がうるさすぎて、もう一度地面に突き刺そうかと考えてしまいました。

 しかし、自分を頼ってくれている剣を見放すことは出来ませんでした。

 それに、お姫様はどうしても剣が必要なのです。


「そう、ありがとう。じゃあ、早速だけど、あなたにやってもらいたいことがあるの」

「お! いいですよ! 私に出来ることであれば!」


 お姫様は真っ直ぐ剣を見つめ、強い願いを口にします。


「お願い。戦いを、止めて欲しいの――!」


 ☆ ☆ ☆


 こうして、今に至ります。

 お姫様は剣術を極め、ずっと力を高めてきました。

 この日のために、平和を勝ち取ることが出来るであろう日のために、ずっと腕を磨いてきたのです。


「さあ、行きましょう! 平和を勝ち取るのです!」


 そう叫ぶと、勇敢に敵に立ち向かっていきました。

 お姫様が剣を振ると、敵が次々に倒れていきます。

 しかし、敵の体に傷はついておらず、ただ眠っているだけのように見えます。

 そう、それこそ、剣が持っている力なのです。


「相手にダメージを与えず、戦う気持ちをなくすことが出来る! それが私! イッツミー!」

「少し黙っててもらえるかしら」


 お姫様は呆れながらも、軽やかに戦います。

 戦場に咲く花のように逞しく、決して枯れることはないのです。


「さあさあ! 敵が少なくなってきましたよ、お姫様」

「ええ、そうね。さっさと終わらせるわ――っつ!」

「お姫様!」


 敵の攻撃を受けたお姫様は、痛みで顔を険しくさせます。

 しかし、この程度ではお姫様はやられません。

 より一層力が入ります。


「いくわよっ!」

「りょーかいです、お姫様!」


 お姫様は剣を心を一つにし、敵に大斬撃をお見舞いします。

 たった一撃で、全員が倒れる。


「初めからこうしていればよかったのでは……」

「それは言わないで。それに、成功するかどうかわからなかったし」

「左様ですか」


 お姫様と剣が言い合いをしていると、敵が起き上がりました。

 敵は何がなんだかわからないという顔をしています。


「俺たちは一体何をしていたんだ……?」

「確か、月が消えて……それで……」


 敵はやっと、自分たちがしたことを思い出したようです。

 やはり、敵には事情があったらしいです。


「なるほど……そういうことなのね」


 敵……いや、敵だった人達の住んでいる国は、すごく月が綺麗に見える国なのです。

 その綺麗な月は、お姫様の住んでいる国からも眺めることが出来ます。

 しかし、何百年に一度、月が消えてしまう日があると言います。

 その日は、その国の人達が戦いを望むようになってしまうのです。


「満月の夜に変身するオオカミ男みたいなものね……」


 敵だった人達は申し訳なさそうにしています。

 お姫様はその人達に近づくと、こう言いました。


「あなた達は何も悪くないわ」

「……こんな俺たちを、許してくれるんですか?」

「許すも何も、元々は仲良くしてたじゃない」


 お姫様は優しく笑い、そして手を伸ばします。


「帰りましょう、みんなで」


 こうして、お姫様は平和を取り戻し、またみんなで仲良く暮らしたのでした。


「めでたしめでたし、ですね!」

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