第6話 萌花はもう見てわかる通りにぐったりと力尽きています

「――っと、話しすぎてしまいました。すみません、好きなもののことになるとつい熱くなってしまって」

「い、いえ、お気になさらず……」


 あれから数時間百合について語っていた彼だが、おもむろに時計を見たあとに語るのをやめた。

 私も百合は大好きだけど、ここまで熱くなられるとついていくのに一苦労だ。

 もう意識が飛びそうになっている。


「今日は泊まりに来ているのですが……先にお風呂入ってもいいでしょうか? すぐに済みますので」

「あ、は、はい。ごゆっくり」


 なぜこの家の子である私よりも先に入ろうとするのか疑問に思ったが、それにツッコむだけの気力がなかった。

 まあ、先に入って風呂上がりの姿見せるのもなんか抵抗があるしいいか。

 そう思うことにした。


 琉璃もついていくみたいで、リビングには私だけがポツンと一人取り残された。

 そんな中で寂しさやむなしさが込み上げてきて、もうこのまま寝てしまおうかとも考えた。

 しかし、思っていた以上に琉璃たちは早く風呂を出てきたのである。


「え、は、早かったですね……」

「あー、シャワー浴びてさっさと済ませてきたんだよ」

「早く琉璃くんとたくさんおしゃべりしたりゲームしたりしたいなと思いまして」

「えー、やだ照れるじゃん♡」


 琉璃は姉の前でもお構いなしにメスになった。

 ……まあ、そんな変態は置いておいて。


 というか、いくらなんでも早すぎる気がする。

 私に気を使ってくれたのだろうか。

 それだったら先に入りたいなんて言わないはずだ。

 なんだかよくわからない子だなぁ……


「では、僕たちはイチャイチャしてきますので」

「ちょっ……! わざわざそんなこと言わないでよー♡ 恥ずかしいじゃん♡」

「あ、はい。お好きにどうぞ」


 私は考えるのも嫌になって、バカップルから逃げたくてすばやく風呂場に向かった。

 私が席を立ったあとでイチャつく気配を感じたが、徹底して無視を貫く。

 相手をしていたらキリがない。

 深く考えることをやめ、イチャイチャオーラを遮るように浴室の扉を閉める。


「ふー……ん? うーん、やっぱりちょっと太ってきたような気がしますね……」


 服を脱ぎ、自分の身体を鏡越しにまじまじと見ると嫌なところに目がいった。

 ほどよく育った……育ちすぎた胸がどんどん主張しているからあまり目立たないが、悲しいことに自分の状態は自分がよくわかっている。

 幸い胸が大きくて、それよりお腹は出ていないようだけど……


「むむむ……朔良さんは痩せてる子の方が好きだったりするんでしょうか?」


 気になるところはやっぱりそこだった。

 というか、そのこと以外気にならなかった。

 私にとって、朔良さんにどう思われるかがすべてなのだ。

 私の中心は朔良さんただ一人。


 そんな朔良さんの好みの一つも知らないなんて、私は朔良さんの恋人失格だ。

 だからといって引く気はないけど。

 ない……けど、あんなに朔良さんのことを見てきて、色々なことを知っていると思っていたのに、なんにも知らないんだということに気づいてショックが隠しきれない。

 所詮私は、朔良さんの表面だけしか見えていなかったのだ。


「はぁ……とりあえずお風呂に入りますか……」


 私は自分の胸を無意識に揉みながら湯船に浸かった。

 そういえば、いつから女の子を好きだと自覚するようになったのだろう。

 少なくとも小学生の時は男の人と恋愛するものだと思っていたけれど。

 まあ、その時も少し違和感はあったんだよね。


 それでも、周りの子とかが「どの子が一番イケメンだと思うー?」などと言っていた影響からか、男女間でしか恋愛は成立しないものだと思っていた。

 あ、少し思い出してきたかも……

 小学生の頃はよく童話を読んでいた。

 教室の中にそれ用の棚みたいなのがあって――おそらく教師たちが置いていたのだろうが――興味を持って読み出したんだっけ。


 そこで一番読みふけったやつは……確か『たたかうお姫様』というタイトルだった気がする。

 お姫様が戦う!? どういうこと!? ってなって、内容も面白くてつい本屋にダッシュしてすばやく買った記憶がある。

 ……そうだ。そこに出てくるお姫様に惹かれたんだ。

 強くてかっこよくて、女騎士という役職の方が合っているようなお姫様に。


 こんな人が実際にいたらいいのにと、その頃から思い始めていた。

 そうして女の人ばかりに目がいくうちに、自分は少数派なのだと気づいた。


「確かあの本……まだ持っていたような……」


 重要なことに気づいた私は、さっさと洗ってさっさと拭いてさっさと出た。

 これじゃあ、あの二人と同じだ。

 だけどそのことは気にせず、というか気にもならず、真っ白なパンツをはいてグレーの寝巻きを着て髪も乾かさず自室へと急ぐ。


 百合漫画の宝庫となりつつある本棚をはしからはしまで見る勢いで探す。

 すると、一番下の方に明らかにサイズが違う本があるのを見つけた。

 少しくたびれているが、きちんと保管していたおかげでページが破れていたり表紙や中身が汚れているということはないようだった。


「よかった……えっと、どんなお話でしたっけ?」


 そうして、私はまた本を読み込むべくゆっくりとページを開いた。

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