第3話 萌花はさっそくイケ女に無茶なお願いをするようです

「朔良さん、私とキスしてください!」

「……は?」


 私は優等生らしく朝早くから学校に到着して、教室で朔良さんを待ち伏せ……いや、待っていた。

 朔良さんの家がどこにあるかわからないから、家に押しかけるということもできなかった。くやしい。

 だからこうして、教室の扉の前で何人かのクラスメイトたちを通せんぼするかのごとく、ずっと立っていたのである。

 いつ来るかもわからないし。


「えーと……理解が追いつかないんだが」

「その言葉通りですよ!?」

「それはわかるわ! なんでそんなことしなきゃいけないのかってことだよ!」


 結構強めに拒否されたような気がするけど、ここで引き下がっていられない。

 私は朔良さんと濃厚なキッスがしたいのだ!

 そしてあわよくばおっぱ(自主規制)を触ったり――


「つまりはそういうことですよ!」

「まったくなにもわからないな……」


 こっ、この子、私にあんなことやこんなことの詳細を言えと申すか!

 え、いや、別に言ってもいいんだけどそれはちょっと恥ずかしいというか。

 やっぱり乙女だし? そういうのはまだ早いっていうか? うん、そういうことにしとこう。

 あ、でもやっぱり朔良さんからのお願いなら聞いてあげてもというかこうしてお願いされると興奮するというか……


「はぁはぁ……朔良さんしゅき……」

「急にどうした!?」

「えへへぇ、なんというか今の妄想でおなかいっぱいでお昼ご飯抜きでも大丈夫かもですね。というわけで私のお弁当食べます?」

「さっきから意味のわからないことを言われても困るんだが……というかそろそろ戻ってこい」


 朔良さんが呆れたような、慌てたような反応をする。

 どうしたんだろうと思って朔良さんが見ている方向を見てみると、クラスメイトたちがこちらを見ていた。

 訝しげな感じだったり、困惑していたり、迷惑そうにしていたり……

 少し騒ぎすぎたのかもしれない。反省してます。


「え……えっとぉ……」


 私はいいけれど、このままでは朔良さんのイメージダウンに繋がってしまう。

 女子校でイケメン女子は重宝されるべきなのに!

 必死で言い訳を考えるけれど、焦っているせいなのかいい案が浮かんでこない。

 時間だけがどんどん過ぎていってしまう。


「みんな、お騒がせしてごめんね。あたしが宿題見せてって言ったら自分でやれって言われちゃってさ〜。それだけだから、でもうるさかったよね」

「なんだそういうことか……」

「ふふっ、朔良ちゃんが宿題忘れるのってらしいね」

「萌花ちゃんは成績いいもんねー。萌花ちゃんに頼んじゃうのわかるー」


 朔良さんの機転のおかげで、事なきを得た。

 大きな声で喋っていたとはいえ、みんなからは離れているし自分たちの会話に夢中だった子も多いだろう。

 そういうことで会話の内容を誤魔化してくれたのだろうが、ここで一つの疑問が生まれた。


 ――それだけ機転を利かせられるのに、なぜ私が秘密を覗いた時に誤魔化せなかったのだろうか。

 とっさの判断力も優れていそうだし、私に弱みを握られたあとにもいくらでも反撃とかすることができたはずだ。

 ……いや、そうか。ここで私を助けたことで一つ貸しにして、歪な関係を終わらせようというたくらみかもしれない。

 そうなると非常にまずい。

 まだ私は朔良さんとなにもできていないのに……!


「萌花」

「ひ、ひゃいっ!?」

「なんでそんなびっくりしてんだよ……」


 いきなり声をかけられたことで、驚きすぎて肩の関節が外れるかと思った。

 リアルに飛び跳ねることってあるんだな……


「え、えっと、なにか……?」

「あー、いや、大したことじゃないんだけど……さっき話してたようなことはできないけど……軽めなお願いなら聞けるからさ。もうあんなこと言ってくるなよ」


 それだけ言って、朔良さんは自分の席へと逃げるように去っていった。

 さっきの話……どれのことだろう。

 もしかして、一番最初のキスの話だろうか。

 ということは、キスはできないけど他の恋人らしいことはできるということだろうか?


 え、それってつまり過激なことじゃなければなんでもオッケーということ……?

 その瞬間、私の頭の中には数々の案が浮かんできて溢れだしそうになっていた。

 キスより軽いもの……手を繋ぐ、一緒に登下校、食べ物や飲み物のシェア、デート、通話……挙げ出せばキリがなかった。


「ぐふふ……うへへ……朔良さんとそんなことできるのかぁ……まずはなに頼もうかなぁ……」


 私は担任の先生が来るまでずっとその場に立ち尽くしていた。

 ……というより、朔良さんとできることの妄想が止まらなくて、なかなか現実に帰ってこられなかった。

 その日の授業中、ヨダレを垂らしながらずっと朔良さんのことを考え続けていた。


「……で、あたしにしてほしいことがこれだと……」

「はい! 一緒に登下校とかも最初にしたいなと考えていたんですけど、家の場所知っちゃうとストーカーしそうだからそれはもう少し仲良くなってからにしようと思いまして」

「え、あたしの家まで来る気だったのか……?」


 誰もいない静かな教室に二人きり。

 それだといかがわしいことを想像する人もいると思うが、あいにくそれは禁止されている。

 だから私は、なでなでしてもらうことにした。


「てか、教室に二人きりで頭撫でてるとか傍から見たらめちゃくちゃ変な構図だな……」

「そうですか? わりと定番だと思いますけど」


 朔良さんの手つきは恐る恐るという感じで、決して上手いというわけではない。

 だけどこれはこれで嬉しいから、幸せを感じて最終下校時間まで朔良さんとくっついていたのだった。

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