第2話 イケ女と付き合えた萌花は有頂天になりました

『さぁ、あなたはどっちを選びますか?』


 あんなことを言ったけれど、もちろん私には朔良さんの秘密をバラすつもりはない。

 たとえ、朔良さんに要求を断られたとしても。

 好きな人を陥れることだけはしたくなかったからだ。


「でも、ふふっ……付き合えるんですね」


 顔の表情筋がゆるみまくっていて、家に帰るべく歩いていると通行人から五度見くらいされた。

 今の私はピンクのオーラが出まくっているだろう。

 これぞ幸せの可視化だ。

 私の幸せを全国に広めたい。

 そんなことできないのはわかっているけれど。


 ニヤニヤしまくっているから、そばに警察でもいたら何事かと思われてしまうだろう。

 でも、たとえ逮捕されたとしても、今の私ならば受け入れてしまうと思う。

 こんなに幸せなのだから、少しくらい不幸なことがあった方がのちにこんなに幸せでいいんだろうかと悩む必要がないから。


「ふふっ、うふふふふ……」

「姉貴うっせぇぞ」


 朔良さんとこれからどんなことをしようか考えていると、いつの間にか家の中に入っていたようだ。

 金髪で生意気で顔も合わせたくない弟が目に入る。

 まあ、私も金髪なんだけど。


 これは外国人の血が入っているから、遺伝的なものだから、仕方ないことだとあきらめるしかないんだけど……少し複雑だ。

 外国人の血が入っていると言っても、私はずっと日本にいるから特別外国語が得意というわけではないけども。


「はー……幸せな気分が一気にどっか行きました。あんたのせいで」

「は? そんなん知るか。俺の知ったことじゃねぇ」


 私とこいつ……弟の琉璃は仲があまりよろしくない。

 いや、すっごく悪い。険悪だ。

 特に理由などなく、本能が仲良くするのを拒んでいるとしか言いようがない。


「この後あいつとデートの予定入ってテンションあがってたのに姉貴のせいで一気に萎えたわ」

「それこそ知りませんよ。というか、あいつって……前にうちに連れてきてたイケメンですか?」

「あぁ、そうだよ。くっそ、このままじゃイライラしてだめだ。あいつに電話すっか」


 そうブツクサ言いながら、琉璃は自分の部屋へ行く。

 そうか、あのイケメンとデートか。腐女子なら喜びそうなシチュエーションだ。だが、あいにくわたしは男同士の関係に興味なかった。

 わたしは女の子が、琉璃は男の子が好きだ。

 決して異性と交わることのない姉弟なのかもしれない。


 二人揃ってまったく異性に関心がない。

 それはわたしたちの唯一似ていて、そして認め合っているところだと思う。

 どっちかがもし異性に興味がある……世間では一般的と称される人間だったら、たぶん私たちの確執は相当深いものになっていたかもしれない。

 異性に興味のある方が「それはおかしい」とか「気持ち悪い」などの言葉を平気で使っていたかもしれない。


 まあ、もしもの話はしなくてもいいか。

 それよりも、私には大事なことがある。


「――朔良さんとのお付き合い、楽しみですなぁ〜」


 ぐへへという気持ち悪い笑みを浮かべながら、これからのことを妄想する。

 正式に……多少不正的にだけど付き合えたのだから、これからはこそこそストーカーまがいの行為はしなくてもいいということだ。

 こっそり体操服の匂いを嗅いだり、こっそりハンカチや髪飾りなどを盗まなくてもよくなるのだ。


 そう、これからは、朔良さんにことわってから使用することができるのだ!

 本人の許可があれば、すべて合法。これは犯罪ではない。

 しかも、付き合うとなると、合法的にイチャイチャが可能!

 手を繋いだりハグしたりキスもしちゃったり――!?


「きゃあああ〜! どーしよー!」


 恋する乙女の叫びが家中に響き渡る。

 また琉璃に「うるさい」と怒られそうだけど、あいつは男の前で猫をかぶるから電話中はなにも言ってこないだろう。

 それをいいことに、私は色々妄想をふくらませた。


 やっぱり定番の朝迎えに来てくれるとかやってほしいな〜。

 「まだまだ寒いね」みたいなやり取りをはさんで、そして朔良さんに手を握られて、「これで寒くないだろ?」みたいな?

 ……やばすぎる。興奮しすぎて鼻血出てきた。


「うへへぇ、もう朔良さんなしでは生きていけない気がしますねぇ〜」


 まだ付き合ってからなにもしていないのに、もう依存性になっている。

 でも、それくらい好きってことなのだろう。

 きっとそうだ。

 そういうことなら、朔良さんに嫌われないように徹底的に管理しなくては。


「よし、腕がなりますねぇ……」

「姉貴骨折でもしたのか? 骨粗鬆症?」

「やかましいっ!」


 いつの間にか琉璃は電話が終わっていたようで、冷蔵庫からオレンジジュースを取りながら訊いてくる。

 私を馬鹿にしているとしか思えなかったから渾身の蹴りを入れようとしたのだが、あっけなく避けられたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る