百回転ロープウェイ

相沢 たける

百回転ロープウェイ

 うぉうぉおおおおお、やっぱり台風の日のロープウェイはものすごい勢いで回転する。山頂にたどり着くまであと五分ほどはあるだろうが、こうも回転しているとあと三十分はかかるんじゃないかと思うのだが、ひょっとしたら明日まで待つことになるかもしれない。


 その間はずっと回りっぱなしだ。うーむ、これは困ったものだ。あまりにも目が回りすぎてついさっきゲロをぶちまけてしまい、ゲロという洗剤に私という洗濯物を与えられた洗濯機の様相でこのロープウェイは回転し続けている。


 果たしていつまで回り続けるのだろうか。私は椅子の角の頭をぶつけ、天井に膝を打ち、椅子の下の暖房から風を送り出すための送風口のギザギザに腕の皮をすりむかせて、私は一人、絶叫を上げている。おーい、誰か助けてくれー、と最初の方は言っていたが、段々これが気持ちよくなってきて、最終的には「あーああー」と無意味な言葉を発するようになっていた。ついに精神まで回り始めた。


 ジェットコースターよりもスリリング。


 これは新しい発見かもしれない。


 なぜ私がこんな日にロープウェイに乗車したかというと、よくわかんないけど発着場にたどり着いたら、誤作動かなにかは知らないが勝手にこれらが動いていて、止め方がわからずにもしかしたら山頂の方に止める機構があるのかもしれないと思い至ったからである。最初は無風が続いていたが、次の瞬間突風が吹き、風は止むことなくこの一台に襲いかかったというわけである。まったく馬鹿馬鹿しいことこのうえない。というわけで私は立ち往生、ならぬ回り往生してしまったわけだ。


 いてっ、私は頭を椅子の背もたれの角にぶつけた。このロープウェイの設計者は、もうちょっと作る上で配慮すべきだった。これだけぐるんぐるんすることを予期するべきである。私はまたゲロを吐いて、宙で飛び交う血液と混ざり合った。私はまるで宇宙空間にいるような感覚を味わっていた。なんだろう、たしかに体のあちこちは痛みを発しているのだが、未知の体験をしていることに対する喜びもあった。これは帰ったら日記にでも記すべき内容だと思う。いいや、日記とは言わずノンフィクションとして発表するべきだ。


 だが私はついに限界を迎えそうになっていた。そのとき、はっきりと山頂の方で光るものが見えた。このロープウェイは激しく回転しながらも、なけなしの力を振り絞って私をあそこまで運ぼうとしている。ひょっとしたらこいつは天使が運んでいるのかもしれない。この機はすでに死んでいるけれども、私を山頂まで運ぶべきだと勝手に決めつけた神の銘により、しょうがねぇなぁとか鼻くそほじくりながら、天使が私を運ぼうとしているのかもしれない。


 服は、ぼろぼろだった。もう痛みは、なくなっていた。


 誰か助けに来て欲しいとも思わない。


 風がさらに強くなった。今度は反対から吹いたようで、いったん逆さになった状態で宙に止まり、さっき回っていた方とは逆の方向からこの機は落ちていった。しかし鋼鉄のロープは大きくたわんだだけで、ごくわずかにぶちぶち、という音が窓の外で聞こえたが、なんとか落ちずに身を持ちこたえた。私はといえば、椅子へと落下して窓ガラスに頬を張り付かせ、霞がかった夜景を一瞬だけ見た。一瞬というのは、つまり衝撃で意識を失ったからで、私が目覚めたとき、床に投げ出されて天井を見つめていた。


 間違いなく私が乗っていた機の天井であった。


 助かったのか……?


 私は窓から見た景色に、思わず目を疑った。


 辺り一面ヒマワリが咲いていた。

 

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