これは恋なんかじゃありません!

ひなみ

第1話 大好きなんかじゃありません

 桜がふわりと舞う4月。晴れて私は3年生になった。

 先生や両親が言うには今年は勝負の年なのだとか。正直私はこの先どうしたいとかのビジョンがまったく定まってない。ただ何となく過ごしているのはいけない事なのだろうか、なんて考えてる。


「せんぱぁ~い!」


 正門の方から聞こえてきた、飛びぬけて大きく明るい声に視線を向ける。

 その声の主は満面の笑みでこちらを目掛けて駆けてきた。


「うわ、新学期早々出た」

 それを引いたようなテンションで言うと、

「ちょっとなんですか、その生ゴミを見るような目は。まったくもう……ありがとうございます!」

 彼女は両手でピースサインをしながら片目でウインクをした。


「きっも」

「通算253回目の『きっも』いただきました! 記録目指して、本年度もよろしくお願いします!」


 この子は1年後輩の美緒みお。家が近く、同じバレーボール部という接点もあってちょくちょく遊びに行ったりする仲だ。

 誰かを悪く言ったりとかもないし、怒ってるところも見た事がない。基本的には穏やかな性格の子。

 ただ、私に対しての態度だけが異常そのものだ。


「カウントすな。そういうのやめたほうがいいって前にも言ったよね?」

「え、うーん。そうでしたっけ? 美緒、わかりませーん!」

 彼女はわざとらしく首を傾げるとちょこんと舌を出した。

「回れ360度。周りをよく見てごらん?」


 彼女はフィギュアスケーターのように過剰にくるくると3回転トリプルアクセル。それからこちらを見て得意げに口を開いた。


「ふっふーん、なるほどなるほど。先輩の言わんとするところがわかりましたよ。皆、美緒達を見てよからぬ妄想を繰り広げているんですね。でもあの人達から見たら、先輩と美緒はどっちが受けでどっちが攻めなんでしょうね……? あ、ヤバ。想像しただけで鳥肌ゾクゾクします!」


 ほとんど意味がわからないけれど、とにかく早口でまくしたてる。

 いつもの事ながら完全に自分の世界に入ってしまっているようだ。


「うちはあんたの存在にゾクゾクしかしないわ」

 そう言って距離を取るように先に行く。

「光栄です! あ、はや、待って……。でもでも、言っても先輩も美緒の事大好きじゃないですか?」

 その言葉を背に受けたまま更にスピードを上げる。


亜紀あきちゃん先輩、どうして無視するんですか~!? いや、落ち着いて美緒? この放置から新たな気付き……新たな何かに目覚めよとのメッセージ……受信? いやあああああったあああ! ありがとうございまーっす!」


 その背後からの絶叫が私に追いつくと、下腹部のあたりに手を回して背中に頬をすりすりしてくる。いつものシトラスの香りがふわっと鼻腔びこうをくすぐった。


「だー、もう。くっつくなって言ってるでしょ!」

「て言うか『大好き』のとっころぉ、何でいつも否定しないんですか? どうして? どうしてなんですか~?」

「いいから離れなさい。そしていますぐ消えなさい」


 たたたっと、私の正面に回ってきた彼女はエアで眼鏡をクイっとしたまま、


「ふっ。美緒は消えても貴女あなたへの気持ちが消える事はない……」

 言い終えるのと同時に「ふわぁっ」などと口にしながら、とにかく鬱陶しいポーズを決めた。


「やかましいわ。どこぞの乙女ゲーか」

「美緒の攻略対象が1ミリもデレなくてつらい……」


 好き。

 本当は好き。だけど言えない。恥ずかしすぎて言えない。

 でも、私は彼女の事が大好きだ。

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