学校が縮む!

相沢 たける

学校が縮む!

「きゃーっ」


 僕はその声に驚いたわけじゃない。ゴゴゴゴゴ、と、まるで魔王が目覚めるような音が教室中に響き渡ったからだ。


 教室中? いや、正しくは学校中だ。


 何が起こっているんだ? 最初に気がついたのはどうやら僕だった。


「見て、天井が、どんどん近付いてくる!」


 なんてことだ。今までこんなことがあっただろうか。


 いや、ないね。初めてだ。


「みんな、地震よ伏せて!」と先生が叫ぶ。先生はどうやらパニックに陥っているらしい。これは地震じゃないことくらい、みんな気づいていた。


 地面はたしかに揺れていた。だが、それだけじゃない、そう壁も迫ってきていた。

「どうしよう、助けて、ママ」隣の明子が顔を伏せて泣いていた。


 その隙にも、教室は動き続けていた。僕は意を決して、扉を開けて廊下に出た。


 な、なんなんだ、これは。


 まるで成長痛で関節が軋むような音を、何千倍何万倍にした様な音を響かせて、校舎が、校舎が、ゆっくりと縮んでいくじゃないか。


 窓から眼下を見る。本来舗道があったはずなのに、そこと校舎の間に大きな溝が生じていた。その溝は大きくなっていく。一秒間に、約三十センチくらいだろうか? なんせこの距離だとよくわからない。


 教室の中から声が聞こえた。「みんな机の下に、ヘッドダウン」


 僕は教室に飛び込んだ。「ダメだ。みんな早く逃げないと。校舎が、校舎が小さくなっているんだ!」


 教室中からどよめきが生まれた。なんだって? しかしそのどよめきもすぐに収まる。なんせ黒板が教卓を押しつぶしているのだから!


 一斉に、彼らは立ち上がって廊下に出た。訓練のときのように、列を成している時間もなかった。


 僕らは逃げた。ここは三階だ。僕たちは四年生だった。階段を降りている途中、後ろから六年生が迫ってきた。


「おら、どけよ下級生ども!」


 僕らの大勢が彼らのために道を空けなきゃならなかった。が、


「うわ、なんだこれ! 一階が、一階の廊下が全部潰れてやがる!」


 いったいどんな状況だろう。これで逃げ道はなくなったも同然だった。


「タカシ君、私たち死ぬのかな?」


 明子が僕の目を覗き込む。その間にも、上の階段が下の階段との距離は、もう二メートルもなかった。


 このまま死ぬんだな、僕たち……。


 やがて大きな影が迫り来る。僕はとっさに踊り場にある窓を見た。窓の前には、転落防止用の金属棒がはめられていた。ひと目見ただけで、出られないと思った。


 いや、行ける、僕は思った。徐々に校舎は縮んでいく。ぱきん、と折れてくれないものだろうか、あの金属棒。


 バキバキ、と音がし始めた。金属の棒が折れ始め、ついで窓ガラスも圧力に耐えかねて割れ始めた。


 僕たちが見下ろす踊り場は、二階と三階の中間だった。


「明子、飛び降りる覚悟はあるかい?」

「え?」

「飛び降りよう。じゃないと現状を打破できない」


 二人ともあの割れていく窓を見ていたから、考えていることはわかったはずだ。


 明子はうなずいた。


 僕たちは一気に階段を駆け下り、窓から飛び出した。


 僕は明子を抱えていた。僕たちの体は宙を浮き、コンクリートの地面が見えた。結構な高さがあるじゃないか……! 


 地面には大きな影が描かれた。その影は、僕たちの影だと思っていた。


 僕は違和感を覚えた。ふと、顔を上げた。そのときに、僕たちを罵る声が、空から降ってきた。唾まで降ってきた。


 彼と彼女、二人は僕と明子と同じことを考えていたらしい。それもほぼ同じタイミングでだ。


 彼らは僕らの真上にいたんだ。


 落ちていく。

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