ロボ校長

相沢 たける

ロボ校長

「誰ですか、校長先生を校長室に逆さづりにしたのは」


 担任の中村先生の声が教室に響いた。私は窓の外を眺めていたが、その声に窓ガラスにヒビが入ったのを見たような気がした。仕方がないので視線を教卓に。


「うるせぇな、クソババァ。いいから授業始めてくれよ。こっち受験間近でストレス溜まってるっつうんだよ。どうせ校長なんて代理が利くんだろ?」


 そうなのである。校長先生は数年前からロボットに替わった。私が高校に入ったときにはすでにロボ校長になっていた。


「そろそろ替え時だったんじゃねぇの? あの校長なんか膝の方錆びてたし」


 わははははと声が上がる。中村先生はお黙りなさい、と叫んだ。続く声は涙ぐんでいた。「そんな言い方ってないでしょう? あの先生は十年前から働いているのよ、この学校で」 

 前職は事務員、晴れて出世して校長になったというわけだ。校長先生は苦労人でよく頭を生徒に蹴られたり、小石を近所の小学生から投げつけられたりしていた。かくいう私も花瓶の水をぶちまけてやったことがある。だけど、人間をいじめるよりはべつのはけ口があるということはむしろ素晴らしいことではないか。見てくれはこの学校で最下位に位置する、見るも無惨なロボット。この間は階段を歩いていて、床に傷をつけたとか女子生徒に言いとがめられて、あれよあれよと学校中の問題となった。そろそろスクラップじゃね、という声も上がった。だけど優秀なロボットに来てもらっては、むしろ生徒は困るのである。


「休みもなく、ひたすら働いてきた人になんてことを言うの?」


 中村はそれしか言わない。言えないのか。


「何回同じこと言えば気が済むんだよ。そうだ、みんなで教育委員会に頼み込んで、中村先生もロボットにしてもらおーぜ。かっちょえぇ、サイボーグだってよ」


 そりゃいいぜ、とハンドボール部の村上が同調し、新聞部の正宗がこのことを記事に書こうとしているのかメモを取り始めた。


 私は立ち上がり、言った。


「いけませんわ。中村先生が可哀相じゃありませんの。教育委員会だなんて、そんな、おおげさですわ。それよりもまずはっきりさせたいのは、誰が校長先生を亡き者にしたのか、という点ですわ」私は片手を胸に当て、クラス全員に微笑みかけた。今や私に全視線が集中していた。「さぁ、もしもやった人がこの教室にいるのなら、どうぞ手を挙げなさい。私は怒りません。いいえ、私以外のクラスメイト全員が、あなたの罪をお許し下さることでしょう」


 口笛が上がった。拍手が沸き起こる。中村先生は片手で目を覆って、唇を噛んで首を振っている。いつしか他のクラスの連中までもが、廊下から私の姿を直視している。私はしばらく彼らを見下ろしていた。


「あら、いらっしゃらないのね。では私たちの疑いは、中村先生によって独断でもたらされたということになります。ね、せんせい?」


 中村教諭はなにも言わなかった。


「ですが、私は中村先生をここでとがめることは正当ではないと考えます。むしろとがめられるべきは勝手に死んでいった校長先生だと思います」


「そんなはずないでしょう?」中村の声。私は無視する。


「早いところこの件は終わらせた方がいいでしょう。無用な議論は避けるべきだと思うのです。風紀委員長である私が言うのだから間違いありません。あの無能な生徒会とは違って、我々は規律に従い、気高く、そして正しいのです。生徒会などただの事務役員と代わりがありません。今度我々から新しい校長を派遣してもらうように彼らに頼んでおきます。もっとも、あの役立たずの生徒会に優秀な校長を取り寄せる能力があるかはわかりませんが、たとえ犬ころみたいな顔をした校長でも、私たちは温かく迎えてあげる義務があります。そうですね、中村先生? 私は間違ったことなど、なに一つ言っていない」


 校長は本当にガタが来ていたのだ。だから、あのまま放っておけば暴走しかねなかったのだ。誰かが始末しなければいけなかったし、なに、また新しいのを買えばいいじゃないか。

 

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