第14話 賢者、孤児院を助ける

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 俺は余った金を孤児院に預ける道すがら、女の子に出会った。

 金髪を三つ編みにし、くりくりとした緑色の目をしている。

 別に俺はロリコンでもなんでもないが、将来綺麗な女性になるだろう。

 だが、その姿は見窄らしい。

 中の羽毛がぺちゃんこになったボロボロのコートを纏っていた。


 場所は人の往来が激しい場所だ。

 時々、大人とぶつかりながら、「ママ。ママ……」と呟く。

 再び道行く人にぶつかると、転倒しそうになった。


「おっと……」


 間一髪のところで、助ける。

 軽い……。おそらく5歳ぐらいだろうが、まるで赤子のように軽かった。

 おそらく満足に食事を与えられていないのだろう。


「大丈夫かい?」


「ありがとう、おじちゃん」


 おじ……!


 あ! そうか。

 まだ【幻身】を常時起動させているんだった。

 まあ、いいか。

 このまま話を合わせよう。


「お嬢ちゃん、お名前は」


「アリサは、アリサだよ」


「アリサはママを探してるの?」


「うん。アリサね。ママにコジインってところでバイバイしたの。けど、ママなかなか帰ってこなくて。だから、ママをさがしにきたの」


 やはり孤児院の子供か。


 前の転生では、俺は孤児院の子供だった。

 だから、アリサの格好を見て、何となくわかった。


「さっきね。ママ、いたのよ! でも、ママっていったら、どこかへ走っていっちゃった」


 走っていった?

 その母親、まだこの街にいるのか。


「わかった。お兄ちゃんも探してあげよう」


「ホント?」


「まず孤児院に戻ろうか。もしかしたら、ママが帰ってきているかもしれないよ」


「うん」


 とりあえず孤児院に帰す方がいいだろう。

 アリサのようにママを探しに行って、馬車に轢かれて死んだ子供を、俺はうんざりするぐらい見てきている。

 このまま放置するわけにはいかない。


 俺は【探索者シーカー】の魔法を起動する。


 【地図化】


 周辺の地図を魔法で作成する。

 横でアリサが大きく口を開けて驚いていた。


「おじさん、すごい! まるで魔法使いみたい!」


 魔法使い?

 一応、【村人】なんだが、俺は。


 幸いにも街には、孤児院が1つしかない。

 俺はアリサを連れて、孤児院に戻った。



 ◆◇◆◇◆



「ありがとうございます。孤児院の院長のマーナレと申します」


 マーナレは深々と頭を下げた。

 癖っ毛の強い草色の髪に、肌は白。

 落ち着いた紫色の瞳が印象的な院長は、想像以上に若い女性だった。


 挨拶もそこそこにアリサに聞いた話を切り出す。

 マーナレは「そうですか」とため息を吐いた。


「アリサの母親は……?」


「おそらくまだ生きていらっしゃると思います」


「なのに孤児院に預けているのか?」


「孤児院は、昔は親を亡くした身よりのない子供を預ける場所でした」


 俺は頷く。

 かつては俺もそうだったからだ。


「でも、今は違います。最近は捨てられてくる子のほとんどが【村人】の子供なんです。孤児院に預ければ、【村人】の子供でもいい暮らしが出来ると思っている親がいるらしくって……」


 今も昔も孤児院は国家事業の一貫として行っている。

 だが、戦争が終わり、孤児が少なくなったことを理由に、補助金は毎年カットされてきた。が、人数は変わらないという。【村人】という職業が、他の職業に淘汰されることによって、孤児院はその駆け込み寺のような役割を果たしてきたと、マーナレは説明した。


 補助金はカットされる一方で、孤児は増える。

 立ちゆかないのは目に見えていた。


「じゃあ、孤児院の経営は……。足りない運営費はどうしているんだ?」


「それは……」


 マーナレはチラリと子供の方を見た。


「まさか……。子供を――」


 マーナレは激しく首を振る。

 今にも泣き出しそうな顔で俯いた。


「私はやってません! 信じてください。でも、私の前の院長は……。…………仕方なかったんだと思います。孤児院を経営するには、どうしてもお金が必要になるんです。でも……。でも……私には出来ない。そんな残酷なこと……」


 マーナレは崩れ落ちる。

 顔を覆い隠し、肩を震わせた。

 手と頬の間から涙がこぼれ落ちる。

 俺はそれを見ていることしか出来なかった。


 ガシャアアアアアアンン!!


 何かが割れるような音が聞こえた。

 続いて子供たちの悲鳴。

 孤児院奥の応接室で話していた俺とマーナレは立ち上がる。

 入口に行くと、男が2人立っていた。


 1人は商人風の男。

 饅頭のような輪郭の顔に、シルクハットを被っている。

 もう1人は如何にも【戦士】といった風情の男だ。

 防具は薄く、これ見よがしに筋肉の塊を見せびらかしている。

 ハンマーのような大きな拳は、分厚い手っ甲で覆っていた。

 間違いなく拳闘士だ。


「アリサちゃん!!」


 マーナレが叫ぶ。

 拳闘士は近くにいたアリサの襟元を摘むと、釣り上げた。

 すでに少女は気を失っている。


「やめてください、ペイジンさん」


 マーナレは横にいた商人風の男を睨んだ。

 ペイジンという男は、懐に手を伸ばすと、煙草を取り出す。

 火を付け、優雅に紫煙をくねらせた。


「私だってこんなことはしたくないですよ。でも、マーナレ院長。そろそろ耳を揃えて、借金を返してくれませんかね」


「ちょっと待ってください。支払いは1週間後じゃ」


「言いましたよ。でもね。わかってますか? その1週間後というのは、1週間前に払っていただかなければならなかった分なんですよ」


「で、でも……。待ってくれるって」


「こっちだって都合があるんですよ。……さあ、払ってもらいましょうか。それとも、売りますか。この子たちを? それとも、あなた支払っていただけますか?」


 ペイジンはマーナレに近付く。

 金で出来た歯を見せびらかすように、いやらしい笑みを浮かべた。

 そっと院長に手を伸ばす。

 黒い服の上から、胸の辺りを触ろうとした。


「おい」


 ペイジンの肩を叩く。


 うん、と商人が振り返った瞬間、その目に拳が映った。


 ゴッ!!


 俺は全力で拳を振るう。

 ペイジンはあっさりと吹き飛ばされ、近くにあった机に突っ込んだ。


「お、お前! 何しやがる!!」


 真っ赤に腫れた頬をさすり、ペイジンは起き上がる。

 魔法なしだったが、意外としぶといらしい。


「セクハラ親父から、婦女子を助けただけだ」


「そもそもお前、何者だ? あ……。ははん。そうか。お前、この孤児院を助けようとか考えているんだろ?」


 ペイジンは、お付きの拳闘士に支えられながら立ち上がる。

 口の端に笑みを浮かべながら、言った。


「やめとけ。やめとけ。こいつらはみんな親に捨てられたクズ虫だ」


「ペイジンさん! 子供の前でそんなこといわないで下さい!!」


 マーナレが悲鳴じみた声を上げる。

 だが、1歩遅かった。


「ぼくたち、捨てられたの?」

「ママ……。パパ……」

「うわーん。ママに会いたいよぉ!」


 子供たちは一斉に泣き始めた。

 孤児院の中は、子供がむせび泣く声に包まれる。

 すると、拳闘士は思いっきり拳を振り上げた。

 ごん、と轟音が孤児院に響く。

 見ると、壁に穴が空いていた。


 子供たちは呆気に取られ、口を開けたまま固まる。


 静かになった孤児院の中で、ペイジンの声が響いた。


「私はね。このクズ虫を使えるクズ虫にしてやってるだけなんだよ。わかるか? それに、こっちには証文があるんだ。出るとこ出てもいいんだぞ。腕は立つようだが、諦めろ。今、手を引けば、私を殴ったことを許してやる」


「手を引くのは、そっちだろ?」


「なんだと……」


 確かに借金が支払われていないことは、悪いことだ。

 貸したら返すのは、当たり前だろう。


 だが……。


 人の弱みにつけ込み、【村人】というだけで、人間の尊厳を踏みにじるのは我慢ならん。


「うるさい。やれ!!」


 ペイジンは拳闘士に命令する。

 物言わぬ【戦士】は、真っ直ぐ向かってきた。

 大きく拳を振り上げる。

 速い――。

 腰の捻り。目つき。インパクトの瞬間。


 雇い主は最低でも、この拳闘士は一流だ。


 ごおおおおおおおおおんんんんん!!


 金属音が孤児院に轟く。


「ひゃはははははは!! そいつは、元Bランクの拳闘士だ。そのデカい拳で、いくつもの拳闘士の頭を粉砕してきた。お前など、一溜まりも――」


「そうか。元Bランクか……。なるほど。強いわけだ」


「なにぃ……」


「だが、俺より弱い……」


 俺は拳を受け止めていた。

 【筋量強化】のフルブースト。

 猪の突進を思わせる拳打を受け止めていた。

 それだけではない。


 バリィンンンン!!


 硬質な音を立てて、拳闘士がはめていた手っ甲が弾け飛ぶ。

 さらに大気が渦巻くと、男を吹き飛ばした。

 そのまま後ろにいたペイジンを巻き込み、路地に叩きつけられる。


 【鍛冶師ブラックスミス】の【変性】。

 俺は硬い手っ甲の組成を脆くし、さらに【暴風泡】という【魔導士ウィザード】の魔法で吹き飛ばしたのだ。


 拳闘士は意識を失う一方、ペイジンには意識があった。

 だが、拳闘士が巨体すぎて動けないらしい。

 助けてくれ、と手を伸ばしたが、冷ややかな視線しか返ってこなかった。


 その時、俺は気付く。

 通りを挟んだ向こう。

 建物の影から、金髪の女がこちらを見ていた。


「ママ!!」


 飛び出したのはアリサだ。

 すると、女も飛び出す。

 2人は通りの真ん中でひしっと抱き合った。


「ママ……。やっと帰ってきてくれたんだね」


「ごめんね、アリサ。ママ、ずっと……。ずっと後悔してた。あなたのこと……」


 アリサの母親は、後悔を胸に秘めながら、街で暮らしていたらしい。

 だが、ある時アリサを街中で見かけてしまった。

 想いを抑えきれず、孤児院を訪れたのだ。


「また一緒に暮らせるの、ママ?」


「ええ……。一緒に暮らしましょ、アリサ」


 親子の間に、ようやく笑顔が灯る。


「覚えておけ、ペイジン。子供のことを思わない親はいないのだ」


「ぐっ――――」


 俺はペイジンに持っていた金をすべて渡した。

 金貨が入った袋を見て、商人は色めき立つ。


「それで足りないことはないだろ? それを持って消えろ。2度とこの孤児院に関わるな。もし、今度何かしたら、命がないと思えよ」


 俺は睨む。

 猟犬のような眼光に、ペイジンはたちまち震え上がる。

 拳闘士を叩き起こすと、金を持って、とっとと立ち去った。


「ありがとうございます。えっと……。そういえば、まだお名前を」


「名乗るほどのものじゃありません。あと、またペイジンみたいなヤツが来るかもしれません。お金を借りる時は慎重に」


「そうですね。気を付けます」


「良かったら、ここから東にあるスターク領に、【村人】しか住んでいない村があります。そこで静かに暮らしてみてはどうでしょうか?」


「そんなところがあるんですか?」


「ルキソルという領主を訪ねてください。たぶん、力になってくれますよ」


「はい。是非!」


 そういったマーナレの目は、憑き物が落ちたように晴れやかな顔をしていた。



 ◆◇◆◇◆



 1ヶ月後――。

 俺は例の村を訪れていた。

 子供の童歌が響いている。

 元気良い声が、村を活気づかせていた。


「あ! ラセルお兄ちゃんだ」


 俺を見つけたのは、アリサだ。

 子供たちを伴ってやってくる。

 すぐに俺を取り囲んだ。


 俺はアリサの金髪を丁寧に撫でてやる。

 くすぐったそうに、少女は笑った。


「元気だったかい、アリサ」


「うん。アリサ、元気だよ。ママもいるし」


 そういって、指差す。

 アリサの母親が手を振っていた。

 側にもマーナレがいて、手にはクッキーが盛られた木のトレーを持っていた。

 甘い匂いに誘われ、子供たちは踵を返す。

 マーナレが作ったというお菓子に殺到した。


 けど、肝心のアリサは俺の側に立っている。

 「ふふ」と人懐っこい笑みを浮かべた。


「どうしたの、アリサ?」


「ううん。なんでもない。ただ――」


「ただ?」


「お兄ちゃんから、おじさんヽヽヽヽのにおいがするなって思っただけ」


 そういって、アリサは金髪を振り乱し、母親の元へ駆け寄っていった。


 やれやれ……。

 子供に見抜かれるようでは、俺もまだまだ修行が足りないようだ。

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