第13話 賢者、商人と交渉する
本日コミカライズ更新日となります。
是非読んで下さいね。
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今俺は街にいる。
スターク領の隣――周囲を壁に囲まれた城塞都市だ。
玩具が欲しいとねだる子供を横目で見ながら、真っ直ぐある区画を目指した。
目的の場所に辿り着くと、俺は「うっ」と顔を顰めた。
硫黄のような臭いが鼻を突く。
薄く煙がかっていて、明らかに空気が悪い。
側には工房があり、甲高い音が鳴る度に、赤い光が灯った。
通称『黒市場』。
鍛冶師の工房が並ぶ一角だ。
大きな街には、必ずあり、環境も悪い。
通りを歩く人間も、物騒な武器を背負った冒険者ばかりだった。
当然、そんな場所に子供の姿はない。
見つかれば、つまみ出されるだろう。
俺は【
【幻身】
術者に向けられる視線に反応して、相手を通して偽の認識を植え付ける魔法だ。
似たような魔法に【幻影】があるが、あちらは視覚に欺瞞情報を流す魔法。【幻身】は――たとえば『子供』という認識を、『大人』と誤認させる魔法だ。
【幻影】よりも単純で、何より魔力のコスパがいい。
前世で【
むさ苦しい冒険者だらけの『黒市場』に入っていく。
だが、誰も俺の姿を見て、咎める者は誰もいない。
どうやら成功のようだ。
少し拍子抜けだった。
自分の魔法に自信はあったが、結局【幻身】に気づく冒険者は現れなかった。
昔なら1、2人ぐらいなら気づいたものだが……。
どうやら、魔獣と同じく冒険者の質も落ちているみたいだ。
あっさりと目当ての店に着いた。
中に入る。看板には道具屋と書かれていたが武器なども置かれていた。
道具屋というよりは、雑貨屋という感じだ。
奥に行くと、店主がカウンター向こうで舟を漕いでいた。
声をかけた瞬間、座っていた椅子から飛び上がる。
「いらっしゃい」と慌てて愛想笑いを浮かべた。
「魔獣の素材を売りに来た。金額の鑑定を頼む」
「わかりました。見ましょう。物はどこに?」
俺は懐から小さな袋を取り出す。
魔力を込めると、光り輝き、大きく膨れ上がった。
現れたのは、魔獣の角だ。
だが、店主が感心したのは、魔獣の素材ではなかった。
「おお! すごい! 今のは【収納】の魔法ですか?」
店主は腰を抜かす。
そんなに驚くようなことでもないだろう。
空間魔法を得意とする【
「初めて見たよ。もしかして、あんた――名のある大魔導士様で?」
「おだてても無駄だ。高値で買い取ってもらうぞ」
「そうじゃありませんよ。あたしゃ事実を言ったまでです。本当に初めてなんですよ。昔は、たくさんいたそうですけどね」
【収納】は中級の魔法だ。
確かに取得するためには、それなりのスキルポイントがいる。
だが、決して高くはないはずだ。
そんなに職業魔法のレベルが下がっているのか。
少し悲しくなってきた。
「で? いくらで買い取ってくれるんだ?」
店主は中身を確認する。
実際、手に持ち、マジマジと見つめた。
やがて【鑑定】の魔法を使う。
こんなとぼけた親父が、【
昔は【村人】が自分の目利きでやっていたものだが……。
「な、なにぃ!!」
いきなり親父は呻いた。
ん? 何事だ?
何かしたか、俺?
「お客さん、これイッカクタイガーの角ですか?」
如何にもそうだ。
袋の中身は、俺が倒して集めたイッカクタイガーの角だ。
色々と実験するうちに、気がつけばたくさん集まっていた。
今、カウンターの上に広げられているのは、その一部だ。
イッカクタイガーの素材は、魔導具や薬の材料になる。
ありふれてはいるが、これだけあれば、銀貨20枚はくだらないだろう。
少しいい宿屋で2、3泊できるぐらいの価値だ。
これで魔獣の餌やより強い魔獣を合成するために必要な材料を買うつもりだ。
「ご自身で集められたのですか?」
「疑っているのか?」
「失敬……。いや、やはりご高名な魔導士様なのでしょう。Bランクの魔獣をこんなに倒しなさるとは……。恐れ入りました」
神でも崇めるかのように角を掲げ、ペコリと頭を下げる。
うん? おかしくないか?
イッカクタイガーは、Cランクだったはずだが。
いつからBランクになったんだ。
まあ、ここで店主に尋ねるのも、おかしいか。
変に勘ぐられて、足下を見られるのも鬱陶しい。
後で自分で調べておくか。
「それでいくらぐらいになるんだ?」
「えーと。そうですね。金貨50枚でいかがですか?」
ふふん。
そう来たか……。
俺は騙されないぞ、店主。
これでも『黒市場』でブラックハウンドといわれ、恐れられてきた男だ。
値段交渉にはちょっと自信がある。
【
『黒市場』の片隅で店をやっているような店主なぞ、軽く論破してやろう。
「店主よ。金貨50枚というのはいささか――」
…………。
……ん?????
ちょっと待て。
金貨50枚だと?
「いいいいい今、金貨50枚といったか、店主」
「え? ええ……」
お、おかしい。
イッカクタイガーの角は、さほど珍しい魔法素材ではない。
故に、割と買い叩かれるのがオチだ。
昔なら、1本当たり1銀貨も受け取れば御の字だった。
ここにあるのは、20本。
1銀貨だとしたら、20銀貨ぐらいだと思っていたのだが……。
金貨50枚??????
えっと。ちょっと待て。
50銀貨で1金貨の価値のはずだから、50金貨を銀貨に直すと……。
…………。
うおおおおおおおお!
久しぶりに動揺しすぎて、簡単な暗算が出来ない!!
しかし、どういうことだ。
300年の間、貨幣の価値が下がったのか?
「て、店主。50金貨となれば、何が買える?」
「え? そ、そうですね。1戸建ての家と幌付きの馬車ぐらいなら買えるんじゃないんですか?」
一緒だ。
貨幣価値はそんなに変わらない。
昔もそれぐらいだった。
つまり、あれか?
イッカクタイガーの角の価値が上がったということか!?
「あ、あの……。ご不満なら、もう少し値段を勉強させていただきますが」
店主は恐る恐る尋ねた。
どうやら先ほどの俺の質問が、挑発と受け取ったらしい。
俺からの返答を待つ前に、考え始めた。
「じゃ、じゃあ57金貨でどうですか?」
「ご、57金貨!?」
思わず素っ頓狂な声を上げる。
7金貨も増えてしまったぞ。
7金貨って銀貨に換算したら……いや、考えないでおこう。
「え? これでもダメですか? いや、あたしゃ頑張りますよ。こんなに上質なイッカクタイガーの角……。なかなか市場に出回りませんからね」
俺の大声がさらに店主の商魂に火を付けたらしい。
お、おい……。店主、無理するな。
「59金貨で!」
「59!!」
「ええい! 大台だ! 62!!」
「62だと!」
「お、お客さんなかなかやりますね。わかりました。わたしも人生かかってますから! このお店ごとかけましょう!」
やめろ! やめるんだ!!
それ以上は無理するな、店主!!
お前の魂はもう十分見せてもらった!
「もってけ泥棒!! 69金貨だ!!」
ぎゃああああああああああ!!
◆◇◆◇◆
「ま、毎度あり……」
真っ白に燃え尽きた店主が、最後の力を振り絞り、俺を見送った。
店を出る。
大量の金貨が入った袋が、俺の手に握られていた。
ずしりと重い。
だが、これでも半分だ。
あの店主……。店にある有り金全部はたいて、俺に渡してきた。
残りは、金貸しからお金を借り次第、渡すそうだ。
俺は袋を見る。
な、なんだか……。
詐欺を働いた気分だ。
だが、これは店主の魂だ。
今さら、高すぎるといって撤回するわけにはいかない。
ちょっと胸が痛んだ俺は、金貨の一部を近くの孤児院に寄付することにした。
~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~
現在カクヨムにて
『Fランクスキル『おもいだす』で記憶を取り戻した大賢者~現代知識と最強魔法の融合で、ゴミカス呼ばわりした帝国を滅ぼすことに決めました~』という新作を更新中です。
本作のような無双系が好きな読者の皆様には刺さるのではないかと思っているので、
是非1度読んで見て下さい。
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