《雪だるまを生成する能力》で幸せになるただ一つの方法
@janome279
第1話
1.
超能力が優れた能力とは限らない。マサトはそう思った。
少なくともマサトの能力は、周りの者に優れていると思われていなかった。
『素晴らしい力ですね』
『いえ、とんでもありませんよ。私一人では一人の命を救うことすら叶いません』
マサトが椅子に座っていると、大学のサークルの部室に置かれたTVからインタビューの音声が聞こえてきた。
TVに映った彼は優れた超能力者の一人だ。《植物の成長速度を促進させる能力》。必要な発動条件は水と光と植物の種だけ。彼の能力のお陰で作物の収穫までの期間は半年から一週間へと短縮された。今はその能力を使い世界各地で飢餓に苦しむ人々を救っているらしい。
それに比べて…。
マサトは溜め息を吐き、机に突っ伏す。右手には先程取り出した雪玉が握られていた。
マサトが力を込めると、テニスボールサイズの雪玉は一気に140cmほどの雪だるまへと変化した。雪だるまは、目と鼻の部分に穴が開けられており、ずんぐりとした体から冷気を放っている。
「《雪玉を元に雪だるまを生成する能力》…か、」
マサトは自嘲気味に笑った。
自分の優れた能力を活かし社会に貢献する者がいる一方で、何の役にも立たない力を持たされ苦難を味わう者もいる。
「もうちょいマシな能力だったらなぁ…」
マサトがいつものようにサークルの部室で暇を潰していると、コンコンッとノックの音が鳴った。
音の主は返事も待たずにドアを開け部屋の中に入ってくる。
「よぉっ。暇してるのかよ、マサト」
「見りゃわかるでしょ。ゲン」
ゲンと呼ばれた青年は頭を金髪に染め、人懐っこい笑みを浮かばせていた。
「もう冬だよ。すっかり寒くなったよなー」
寒い寒いと言いながら、ゲンはヒーターへと近づいていく。
「暇なら丁度よかった。今日さ、サークルの先輩たちに誘われてカラオケ行こうって話になったんだ。マサトも来るだろ?」
「わかった。僕も行くよ」
「おっしゃ。放課後が楽しみだな」
マサトとゲンは中学の頃からの付き合いだった。
ゲンは昔から優秀だった。運動神経抜群で頭の回転も早く顔もいい。そして何より、超能力を持っている。
「よっと」
ゲンが上に指を向けると、指先から小さな炎が現れた。
「あぁ、やっぱ炎はあったけぇー」
ゲンの能力は《指先から炎を出す能力》だ。ライターのような小さな火から、火炎放射器のような大きな炎まで指先から直線上に出せる。最高火力は一瞬で車に大穴を開けられるくらいだ。
「わっ。危ないでしょ!」
「へーきへーき。マサトだって知ってるだろ? 俺の操作精度は一流だぜ」
「それはそうだけど…。でも、万が一があったらゲンの推薦も取り消されるかもしれないんだよ?」
ゲンはその超能力を見込まれて軍への推薦状を貰っている。
「大丈夫だって…」
ゲンはばつの悪い顔を浮かべながら、それでも炎を消しはしなかった。
2.
カラオケ屋の部屋に入ると、先輩たちが待っていた。
「あれ、ミチルもいるんだ」
マサトが驚きの声を上げながらミチルの方を見る。
「たしかに、私がいるのは珍しいかもね。今日は偶々バイトが入ってなかったから」
「いつもミチルだけハブられてるのも可愛そうだからな、俺が誘ったんだ。もう歌ったのか?」
「いや、こういうの勝手が分からなくて。先輩たちが歌ってるのを聞いてただけ…」
「なんだよ。歌えばいいのに」
「聞いてるだけでも楽しいから、ゲンも歌ってきたら?」
先輩がゲンの元へとやって来て、お前も歌えとマイクを渡した。
「うん。まぁそうするわ。ミチルも遠慮するなよ」
「うん。ありがと」
マサトはミチルの隣に座ると、手に持ったドリンクを飲み始めた。
「ミチルは好きな曲とかあるの?」
「うーん。あんまり曲は聞かないんだよね。でも、先輩たちが歌ってる曲はいいなって思うよ」
「いいよね、この曲。明るいし」
「マサトは好きな曲とかあるの?」
「僕は○○○ってバンドが好きなんだ。最近はそのバンドの曲ばかり聞いてるかな」
「どんな曲なの?」
「激しめの曲、かな。周りで知ってる人は少ないんだけど」
「そうなんだ」
薄暗い部屋の中でミチルの姿が見える。マサトはなんとなく恥ずかしくなってきた。
「…ゲンってさぁ、凄いよなぁ」
「えっ、何の話?」
「なんか色々。頭もいいし、超能力も凄いし、歌だって上手いし」
「うん。そうだね」
「それに比べて僕は…」
カラオケの部屋の中で曲が滞ることなく鳴り続けている。そのリズムに押されるようにしてマサトの口は動いていた。
「勉強も運動も並み以下、超能力だって大したことない…。誇れるものなんて…」
マサトの口は止まらなかった、カラオケで周りに人もいるのに。こんな弱音、もし聞かれていたら恥ずかしいなんてものじゃない。どうにか曲に飲まれてこの声が聞こえないことを願うばかりだった。
「マサトは…」
「…えっ?」
「マサトはかっこいいよ」
「…!」
マサトは自分の顔がどんどん赤くなっていくのを感じた。かっこいい、なんて生まれて初めて言われたからだ。しかも、ミチルみたいにかわいい子から。
「えっと、それってどういう…?」
「おい、マサトも歌えよ。はい、マイク!」
マサトがミチルに意図を聞こうとしたら、歌い終わったゲンがマイクを渡してきた。
何かを言う前に曲が流れ出す。サークルのみんなの前に立たされた。もう後には戻れない。幸い、流れている曲はマサトが聞いたことのある曲だ。
なるようになれ、だ。
僕は胸の奥から溢れてくる衝動を震わせて声をあげた。
3.
「あっはっは。にしても酷い歌だったよなぁ、あれは!」
みんな歌いきって満足した様子でカラオケ屋を出ていく。外は雪が降っており、息が白くなる。
「言うなよ、ゲン。恥ずかしいだろ」
ゲンにマイクを渡されて急遽歌うことになった歌は、マサトの思いとは裏腹に音程もリズムもバラバラの散々な結果となった。
「あっ、先輩が呼んでる。俺ちょっと行ってくるわ」
ゲンは走っていった。金髪が街頭に照らされ星のようだった。
「おつかれ」
「ミチル…! …あの」
マサトはまだミチルの意図を聞き出せていなかった。カラオケ屋の中で言われた言葉を思い出す。かっこいい、ってもしかして…。いや、こんなこと気にするのは自分だけなのかもしれない。言われ慣れてないからこんなにドキドキするのかもしれない。そう思うと、中々言葉が出てこなかった。
マサトが躊躇していると、ミチルは何かを差し出してきた。
「はい」
「なにこれ?」
ミチルが手を開くと、マサトの手の上にはあめ玉サイズの小さな雪玉が置かれていた。
「やってみて」
「いいけど…」
マサトが力を込めると、手乗りサイズの小さな雪だるまが現れた。
「かわいい」
ミチルはマサトの手から雪だるまを取り、自分の手に乗せて言った。
「マサトの能力だって人の役に立つよ。これ、かわいいし。それにまだマサト自身も知らない可能性があるかもしれないよ」
「なんだよそれ」
自分を励ましてくれている。恋愛経験が少ないマサトが人を好きになるにはそれだけでも十分だった。
マサトは自分の鼓動が確かに高鳴っていくのを感じていた。
4.
自分の好きな人が自分を好きになるとは限らない。マサトはそう思いたくはなかった。
自分の何がいけなかったのだろうか…。
"ごめん。そういうつもりじゃなかったんだ…"
…謝ってほしいわけじゃなかった。
サークルの部室で時間を潰す。何かがぽっかり抜け落ちたような気がする。
ガチャリと音を立てて部室のドアが開く。
「お、居たのか…マサト」
「…うん」
マサトの落ち込んだ様子を見て、ゲンは驚いているようだった。
「何かあったのか?」
「いや…別に…」
「なぁ、元気出せよ。らしくないぜ。悩み事なら聞くぞ?」
「いや、大丈夫…」
「…そっか」
「ゲンは忘れ物でもしたの…?」
ドアを離れ部屋の中をキョロキョロしているゲンにマサトは疑問を浮かべた。ゲンが忘れ物なんて珍しい。
「ああ、いや。俺じゃなくてミチルのなんだけど」
ぎくりと、マサトは僅かに動揺した。
「ミチルの…? なんでゲンが?」
ミチルはなるべく自分のことは自分でやりたがる。人に頼みごとなんて滅多にしないのに。
嫌な予感がした。なにか取り返しのつかないことが起こっている気がした。
「あー、そうか。マサトには言ってなかったか。俺とミチル付き合うことになったんだ」
ドクンと、嫌な音が鳴る。マサトは自分が何を考えているのか分からなくなってきた。
「………おめでとう」
「おう、ありがとう!」
あったあった、とゲンは荷物を手に持つとドアへと向かった。
「あー、あのさ」
ゲンの背中に声をかける。
「あのさ…、僕も…」
体の芯がぐるぐると渦を巻いていく。見てはいけないものを見ている気持ちになってくる。
「……何でもない」
「なんだよ。まぁいいけどさ。何があったのか知らないけど気分転換でもした方がいいぞ。それこそ彼女でも作るとかさ」
ブツッ。何かが切れる音がした。
ゲンは部室を去り、僕だけが残った。
5.
「用事ってなんだ…?」
暗い部室にゲンの声が響く。対してマサトは無言でゲンを見ていた。
「暗いな。電気つけるぞ」
ゲンは部屋の照明のスイッチを押したが反応はなかった。
「あれ…?」
「なんか、それ壊れているみたいでさ。まぁ、座ってよ」
「あ、あぁ…」
マサトは隣に置いた物を確認する。準備は万全だ。
「話ってのはさぁ。難しいことじゃないんだ」
「…」
「ゲンにはミチルと別れてほしくて」
「何言ってるんだ、マサト!」
ドンッと、机を叩きゲンは立ち上がる。ゲンの声には怒りが含まれていた。
「なに立ってるんだ、座れよ」
「お前、最近おかしいぞ。久しぶりにあったと思ったらそんな話しやがって!」
「いいから、座れよ」
マサトのぶれることのない命令に、ゲンは自分の怒りも忘れて驚いた。こんなことを言うやつじゃなかったのに…。
「僕はゲンに言いたいことが沢山あったんだ…。でも今は一つだけ言えればいい。僕と戦え、ゲン」
「何を言ってるんだ…」
「ルールはシンプルだ。生きてこの部屋を出た者が勝ち。開始は今からだ」
そう言うとマサトは足元に置かれていたバケツを持ち上げ、ゲンの体に中の液体をぶっかけた。
「な、にすんだ!」
ゲンは立ち上がると同時に机を持ち上げひっくり返す。マサトは避けようとして足がもつれて転んでしまった。
「いたいなぁ。流石は軍への推薦状を貰うだけはある。でも、さっきの液体の中身次第ではもう決着は付いてたんだよ…」
「なに言って、…!?」
甘い匂いが二人の鼻をつく。先程の液体が気化したのだ。この独特な匂いの正体をゲンは知っていた。
「ガソリン…!」
「そうだ。ガソリンだ。これでゲンは能力を使えない」
「くっそぉ!」
ゲンはドアに向かって走り出した。この部屋ではゲンの勝ち目は薄い。それに友人だったマサトを殺すなんてゲンにはできなかった。
「させるかよ」
ゲンの背中にマサトは雪玉を投げた。雪玉はゲンの背中の上で雪だるまとなり、急激に背中に荷重がかかったゲンは転んでしまう。
倒れたゲンに次々と雪玉が降り注ぐ。投げられた全ての雪玉が雪だるまになった頃、ゲンは雪だるまの山に埋もれていた。
「惨めだなぁ、ゲン。身動きも取れなくなって」
「マサトォ…!」
「この能力の使い方も最近見つけたんだ。自分の可能性を探ろうと思ってさぁ!」
マサトがゲンの頭を蹴りつける。何度も何度も何度も。
「ゲンはいいよなぁ。頭がよくて運動もできて、超能力も優秀で。僕はどれも駄目だからさぁ。ずっっっっとゲンのことが羨ましかったよ!!」
「…、マサト、やめ、るんだ…」
マサトはもう虫の息だった。
「やめる? やめるだって! 僕は何度やめてほしいと思ったことか。ミチルとだってゲンがいなけりゃ…!」
「…! マサト、ごめん。俺、知らなかった、んだ。マサトが、ミチルのこと、を好きだなんて」
「……あやまるなよ」
「俺が、悪かったよ…。お前を、傷つけるような、ことを言って…」
「あやまるなって言ってるだろ!」
マサトはゲンの頭を一際強く蹴りつけた。
「もう、ゲンは終わりなんだよ」
マサトは最後の雪玉を取り出すと、ゲンの額へくっ付けた。
「……?」
「僕の可能性の一つだ。雪玉から雪だるまを生成するとき、僕は周囲の水分を雪にしている。水分を持つ対象に直接触れたまま能力を発動させると、その者の水分を雪にしながら雪だるまは生成される」
「……!」
「さよならだ、ゲン」
マサトが能力を発動すると、ゲンの頭部を埋めるようにして雪だるまが生成された。ゲンの頭部内の水分が雪に変化したのだ。脳の血管は破裂し死に至る。
ゲンは死んだ。
「最後まで、ゲンは僕を馬鹿にすることはなかった…。…かっこいいやつ…」
もっと言葉を交わすという選択肢もあったのかもしれない。
いや…。
僕はもう嘘をつくことはできなかった。そうしたいと思ってしまったんだ。
6.
ミチルはようやく自分の任務が完了したことに安堵を覚えていた。
"能力者同士の対立を煽り、能力の更なる可能性を開花させる"
今回は、ミチルの《自分に好意をよせる相手の感情を操る能力》をうまく使うことができた。
「しかし、君の手腕には驚いたよ。ミチル君」
「お褒めのお言葉感謝いたします」
「うんうん。それで、そちらが今回の成果かね?」
男は画面越しにミチルの隣にいるマサトを指差した。
「はい。そうです。今は安心の感情を最大にすることで抵抗を封じています」
「相変わらず素晴らしいね、ミチル君の能力は。戦闘を行うときは闘争心を最大にすればいいわけだ」
「その通りでございます」
仕事を終え信頼する上司に成果を誉められる。ミチルは今まで幾度となく味わってきた達成感を今もまた味わっていた。
「しかし、ゲン君はどうしようもなかったねぇ。何より本人が乗り気じゃないのがいけなかった」
「えぇ、彼については残念でした」
ゲンは軍人になることを拒んでいた。能力を使いこなせれば指先から放出する炎を利用して空を飛び、敵基地を個人で壊滅させることすらできたというのに。彼は軍人として人を殺すことを恐れていたのだ。
「マサト君については、特に遠隔で操作できるところがいいところだよね。雪を元に能力を発動することもできるんだろう?」
「はい。可能でした」
マサトはゲンとの戦いの後、更なる成長を遂げた。雪であれば視認しただけで雪だるまへと変えることができるようになったのだ。
マサトはこれから《天候を操る能力》と協力して戦場で多いに活躍してくれることだろう。
「それでは今後とも国家のためにミチル君には頑張ってもらうとしよう」
「はい。かしこまりました」
ミチルはこの先もその能力を活かして数々の能力者を育て上げることだろう。
彼女の真意を読み取るものは誰もいない。
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