僕らは死ぬ自由すら許されない

ひさ

気付くと僕はその場所にいた

 

 会議室か裁判所か。

 会議室にしては仰々しくて、裁判所にしては裁判長がいない。

 でもどうやら僕は裁かれる立場にあるらしく、ずらりと並んだ机と椅子が僕を取り囲んでいた。

 そこに個性豊かな装いの少女たちが着席し、時には立ち上がったりして、言い争っている。

 そう。言い争っている。

 ここの空気は非常に悪い。

 もしここが本当に裁判所なら、僕の今いる場所が証言台といえる場所だろうし、発言をするならここへ来て発言しなくちゃならないだろう。

 けれどそんなルールは存在しないのか、議長の制御を失った国会中継のように、みんなが好き好きに叫んでいる。

 その中にあって妙に現代的なモニターには、何かの推移グラフが映し出されていた。

「そんな軽いノリで利用されたら困るんですよ。運行に遅れが出ますし、最悪の場合は運休。代替輸送とか言ってますけど、正直、利用者は遅刻のストレスを受けます。遅延証明なんて気休めにしかならないんですよ」

 エンブレムの付いた帽子に白い手袋が特徴的な制服を身に纏った少女が叫ぶ。

「とは言ってもねぇ。それなりに間引かれてくれないと増えすぎ問題も甚だしくてねぇ」

 のんびりとした口調で応えるのは麦わら帽子にワンピースの少女。夏休みなのか?

 しかし彼女の前のプレートには「自然代表」というざっくりとした名前が付いていた。

 自然代表って何。あの子、どこまで網羅してるんだ?

 そういう意味では最初に発言した子の方がまだ分かりやすい。とは言っても「電車代表」だけど……。

「私たちが迎えに行くまで待っていてくれれば……。順番あるんで、すぐには無理だけど」

 ぼそぼそぼそっと間に入っていったのは見るからに怪しい身なりをした……魔女……かと思ったら「死神代表」?!

 あの子が迎えに来るって事はつまり死ぬっていう事?!

 そこで僕は思い出した。僕こそ、お迎えが来るのを待てずに自ら死にに行こうとした人間だった。

 そんな僕が一体どこに来てしまったのか……。

 しかし質問できるような雰囲気では全くない。

 喋ろうとしたところで、声が出るのかもあやしい。

 それくらい僕と、彼女たちとの間には、隔たりがあった。

 目に見えるものではなくて、感覚的な隔たり。

 僕が俯いている間にも、頭上では少女たちの言い争いが続いている。

「現代人からは信仰心もめっきり薄れてしまいましたしね。信じてもいない者を救う気にはなれないし」

 キリスト教の人かと思ってちらりと視線を向けるが、そこには巫女装束の少女と「神様代表」というプレート。

 そこはせめて信仰という表記の方が正しいのでは? とつっこみどころ満載のこの会議。

「正直。勝手に死なれると困る」

 死神は言う。

 彼女は神様のくくりに入らないのか? 考え始めたらキリがなさそうなので止める。

「私だって困りますよ!」

 と応戦するのは電車の子。

「えー。じゃあどうやったら減ってくれるの?」

 と、むしろ減る事を望んでいる自然の子。

 死のうとしていた身でありながらこんな事を思うのは身勝手だけど、死んでほしいとこうも直接的に望まれるのはちょっと辛いな。死にたい。

「環境変動とかでいろいろ手を尽くしてはいるんだけどねぇ。何せ、文化的進化とかいうのが厄介でねぇ……。自然淘汰が役に立たないのよねぇ。ほんとしぶとい……」

「でも出生率は一部では減ってるから。長い目で見れば徐々に滅んでいくんじゃないですかね? あとは、何か大きくミスってくれたら、こう大量死ルートっていうのも……」

 そこへ新しく割って入って来たのは三角巾を被ったメイドさん? プレートには「進化」とだけ書かれている。

 どうして進化がメイド姿なのか……。

 ここまで来ると何が何だか分からなくなってきた。

 そしてきっと誰も僕の味方ではない。

「じわじわでも大量でもどっちでも良いけど……」と自然の子が続ける。

「要するに勝手な事をされちゃ困るって事よ。こっちは"大いなる明日"プロジェクトのために、みんなで協力して時間を進めているっていうのに。何この近年の自殺率! 勝手にも程があるわ」

「自然破壊で住処を追われた熊の食糧にはならない?」

「熊に失礼!」

 おずおずと提案した死神の言葉を自然がぶった切る。

 ここでやっとモニターに映されていたグラフが、ヒトの自殺数を示すものだと気づく。

 とりわけ人口密集地で多いと別の地図では示していた。

 各自の手元にもクリップ止めされた資料が配られているらしい。

 今発言していない子たちも、手元の資料には目を通している。

 電車と自然と死神と神様と進化……。統一性のないプレートを掲げた少女たちの応戦は続く。

 そんな騒がしさとは無縁ですとばかりにじっと口を閉じている少女が一人。

 白を基調としたロリータファッションに、色素の薄い肌と髪。瞳は吸い込まれるようなブルー。

 何をイメージしてこうなったのか、今まで以上にプレートと身なりがしっくりこない少女。

 深海。

 ただの海ではないらしい。

「人食いサメはいません」

 どういう流れでこうなったのか、ただ一言そう発した声は、決して大きくなかったはずなのに、その場に凛と響いた。

「でももう飛び込んじゃったわけでしょ? 電車に。だったらそこで死んでもらうしかなくない?」

「ですから! そう安直に利用されても困りますし。そもそも彼は死亡者リストにはまだ上がってきていない名簿外の人なんで」

「例外は増やしたくない」

「でも、死にたいんでしょ?」

「その希望を聞いていたら、この先どんどん予定外の死亡者が増えていって我々の制御が働きにくくなる恐れが……」

 そもそもの議題は何なのか。

 果たして僕がこの場所にいる理由とは。

 しかも、意見を求められるでもなく、ただ僕の行いが迷惑だという言い争いを聞き続けさせられている。

 ホント死にたい。

 やることなすこと上手くいかず、理不尽に責められたりして、味方もおらず、運にも見放され、生きる事に絶望して死のうと思った結果が、これだ。

「被った損害に対して、当事者に責任を負わせるわけにもいかないんだし。何せもう死亡してるんだし」

「それじゃ困ります! フォローの一つもしてもらわないと。何で電車なんですか! 一生懸命生きようとしている人達の移動手段として、大いに役立っている電車を、どうして犠牲にしなくちゃならないんです! 死ぬなら他に方法があるでしょ?!

 ただでさえ、ちょっと遅れただけでも利用者はこてんぱんに言ってくるんですよ?!

 埋立地の海沿いにやっとの思いで走らせた電車だっていうのに。ちょっと風に弱いくらいで、台風の時には真っ先に止まる電車、なんて事実ですけどレッテルを貼られたりして。理不尽です!」

 なんか方向性が変わってきていないか。

「まぁまぁ……」

 見かねた巫女さんがなだめている。

「神も信仰ブーム復活させて、勝手な事しないように働きかけるから……ね?」

「古典的なのでお願い」

 死神がぼつりと呟く。

「分かってる分かってる。なるべく経済要素の少ない純粋なのを育てるようにするから」

 ようやく場が落ち着きを取り戻したようだった。

 会議室にしては仰々しく、裁判所にしては裁判長のいない、この妙な場所で、僕は諦めを覚えた。

 

 

 僕らは死ぬ自由すら許されない。

 

 

 結局僕は死ねるのか。死なせてはもらえないのか。

 プラットホームの端っこで、半ば朦朧とした意識のままに線路へと身を投げた時とは違い、今は再び正気に戻ってしまっている。

 ここから改めて死を意識すると、どこかへ追いやられていたはずの恐怖が色鮮やかな感触でよみがえって来た。

 これはもう生き物としての本能なのだろう。

 死ぬ事が選べなくなってしまった。

 あの時はあんなに、他の選択肢なんてないと思っていたのに。

 どうしよう。どうしよう。

 見回せばすでに周りには誰もおらず、僕以外は暗闇に包まれていた。

 夢であってくれ。やたらリアルな夢。

 僕は必死で目を瞑った。


END

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僕らは死ぬ自由すら許されない ひさ @higashio0117

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