第10話 対法術師銃器

 アメリアがさらに話を続けようとするのを無視してかなめは更衣室のある二階へ上がる階段を上ろうとする。だが、降りてきた技術部小火器管理担当の下士官の姿を見て足を止めた。


「アタシのチャカ。上がったか?」 


「ああ、それの件を含めてお話があったんですが……そう言えば班長は?」 


 彼がそう言うと遅れてきたカウラがハンガーの入り口を指差した。そこにはなぜかランに頭を下げている島田とサラの姿があった。


「なんだ?アイツに小火器関連の担当のお前が話があると言ったら……決まってるか……島田は銃器をあまり使わないからな」 


 かなめの言葉に下士官はそのまま階段を降りてランのところへと走った。その姿と誠達を見つけてランが一階の奥にある技術部の部屋を指差す。


「銀の弾丸でも支給してくれるのかね」 


 そんな茶化すようなかなめの言葉だったが誠は冗談には受け取れなかった。


 昨日、誠が手をかけた法術暴走で再生能力が制御できなくなり、化け物と化した法術師。その姿を見れば一般の武器で対応することが出来ないことは容易に想像ができた。


 下士官は二言三言ランから話を聞くと誠達のところに走ってくる。


「とりあえず火器管理室に集合だそうです」 


 そう言って下士官は再び技術部の班ごとの部屋が並ぶ廊下へ駆け込む。それを見ながらカウラは目で誠についてくるように合図するとそのまま下士官の消えた火器管理室に足を向けた。


 下士官について火器管理室に入った誠に、職人じみた顔の初めて見る下士官達が目に入った。


「ちょっと待っててくださいよ、西園寺さん」 


 そう言って誠には何に使うのか分からない機械の間をすり抜けて火器担当下士官は姿を消す。


「リロードしてるのか?まあそうだろうな。神前のルガーだって弾は工場装弾じゃないって話しだし」 


 かなめはそう言うと誠の顔を見た。厚い眼鏡の小柄な女性下士官がそれぞれの使用している銃を並べる。


「えーと、じゃあクバルカ中佐」 


 そう言って中型拳銃を取り出す眼鏡の女性。ランが歩み出るとそこには銃と予備マガジンが二本。それに見慣れないハングルの書かれた箱に入れられた弾丸が置かれていた。


「こいつか……。マジで使えるのか?」 


 ぎりぎりカウンターに届く背のランが銃を手に取ると、慣れた手つきでスライドを引いて愛銃PSMのマガジンを叩き込んでスライドを閉鎖する。


「一応、アメリカ陸軍の法術研究の資料から引いて作成したものですから大丈夫だと思いますよ」 


 おどおどと眼鏡の下士官が答える。弾丸の弾頭は見慣れたフルメタルジャケットの金色ではなく鈍く光っる銀色の弾頭だった。


「マジで銀の弾丸かよ。狩るのは吸血鬼か?それとも狼男か?」 


 かなめが皮肉めいた言葉を吐く。だが、女性下士官は相手にしないでランにジャケットの下にもつけれるようなショルダーホルスターを渡す。


「じゃあ、次は嵯峨茜警視正」 


 事務的な言葉に反応して茜が踏み出す。その目の前に女性下士官は大型のリボルバースミスアンドウェッソンM327を差し出す。


「おい、リボルバーかよ。そんなにジャムが怖いのか?」 


 そう言うかなめを一瞥すると茜も箱に入った357マグナムの特製の弾を手にする。


「一応これでもリボルバーとしては大容量でシリンダーに8発入るんですけどね……。スピードローダーは必要ですか?」


「それもお願いするわ」 


 茜にさらに丸い器具が渡される。茜はすぐに弾薬の蓋を開け、素早く弾を手にした銃のシリンダーを開くと一発一発弾を込めていく。


「じゃあ、クラウゼ少佐」 


 待っていたかのようにアメリアが踏み出す。そしてごつい拳銃をカウンターの眼鏡の女性下士官から受け取る。


「何度見てもP7M13は珍妙な銃だな」 


「珍妙?改めてそう言われるとしゃくに障るわね」 


 予備マガジンを見ると誠と同じ9ミリパラベラム弾が装弾されている。


「ああ、神前曹長。この弾だともしかすると相性が悪いかもしれないですから、神前曹長のは別に用意しました」 


 まるで誠の心を読んでいたかのようにその下士官は言った。


「私の7.62ミリ弾は?」 


 カウラの言葉を聞きながら下士官は彼女の銃アストラM903と予備マガジンを取り出してカウンターに並べた。


「アストラM903は弱装弾じゃないとボルトが吹っ飛ぶからな。おう、アタシのは?」 


 せかすようなかなめの言葉にうんざりした顔のキムが手にいつものかなめの銃、XDM40を持って現れる。


「おい、どこが……ってスライドがステンレス?そんなのあったのか?」 


 そう言って技官から銃を受け取るとかなめは何度か手に握って感触を確かめる。


「少し……いや、かなり感触が変わってるぞ」


「まあ法術対応のシステムを組み込んだんですよ。前から頼んでたじゃないですか!」 


「そうだった?」 


 かなめの回答に下士官は呆れたように天を向いた。法術師としてすでに名が広まっている母の西園寺康子。そのことを考えればかなめに多少の法術師の素質があっても当然だと誠は思うが、一方でカウラは少しばかりさびしいような顔をしていた。部下の下士官がマガジンと弾を取り出したのを見ると言葉を吐こうとしたカウラの口が閉じる。


「40口径よね。いつも高いと思ってたけど、いくらぐらい9ミリより高いわけ?」 


 自分の銃とホルスターがなじむのを狙って皮製のホルスターから銃を出したり入れたりしていたアメリアが先ほどの眼鏡の女性下士官に詰め寄る。


「このシルバーチップなら同じくらいだと思いますよ。ケースはどちらもリロード品ですし……プライマーの値段もたいしたこと無いですから。最近は遼州星系じゃあ銃関係の規制が緩くなっていますから。市場ではかなりだぶつき気味なんですよ。ああ……拳銃持ち込み禁止の東和には関係ないですけどね」 


 そう言う相手を疑うような目で見た後、アメリアは何度も手にした銃にマガジンをいれずに構えの型をとるかなめを見つめた。


「すると、コイツで撃てばそれなりの法術効果が得られると言うことなんだな」 


 かなめの言葉に下士官はおっかなびっくりうなづく。それを見てかなめは手にした拳銃にマガジンを叩き込みスライドを引いて装弾する。


「じゃあ、班長」 


「銃ねえ……俺は苦手なんだよな……」 


 下士官がにんまりと笑う。その顔を不審そうに島田が見つめる。技官は島田に見慣れない小さい銃が渡された。


「確かにコンパクトな奴を頼んだけどさあ」 


 そう言って島田はまじまじと自分に渡された銃を見つめた。それはラーナの使っているシグザウエルP230に似ていたがどこと無く古風な雰囲気の拳銃だった。


「ああ、それはモーゼルHScだ。一応弾は380ACPだから護身用としてはぎりぎりのスペックだからな。どうせ班長は前線部隊じゃないんだから」 


 下士官の言葉が終わると再び彼の部下が弾薬とマガジンを取り出す。


「なるほどねえ。確かにこれなら持ち運びは便利そうだわ。やっぱり隊長の私物か?」 


 そうたずねる島田を無視して下士官はブリッジクルーが使っている銃であるベレッタM92FSを取り出してサラを呼んだ。


「弾だけの交換ね」 


 サラはそれを受け取るとジャケットを脱いでショルダーホルスターをつける。


「それでは神前」 


 そう言って神前の前に特徴的なフォルムのパラベラムピストルが置かれる。


「いつも思うんだけどこれってルガーじゃないのか?」 


 島田の言葉に呆れたように無視してキムは誠に予備マガジンと弾のケースを渡す。


「神前。これは専用だからなお前の。他の銃のと混ぜるなよ……まあお前の銃の弾は他の人のでも撃てるけどお前の銃に関しては俺は保障しないからな」


 技術部の下士官はそう念を押して誠に銃を手渡した。誠はおっかなびっくりそれを手にと取ると不器用にマガジンに弾の装填を始めた。


「じゃあ全員得物はそろったわけだな」 


「こいつのはいいんすか?」


 ランの声に手を上げてラーナをかなめが指差す。


「ああ、カルビナ巡査の銃は以前から対法術師装備だ。それじゃあ各員準備して会議室に集合な」 


 そう言ってランは部屋を後にしようとする。


「別に準備とか……」 


「神前。カウラが制服じゃまずいだろ?一応捜査なんだから。それに場所が場所だ」 


 確かに今のカウラは東和軍の勤務服である。しかも租界の付近の廃墟の街の住人が軍服を見れば何を勘繰られるかわからないことくらい誠にも想像がついた。


「大丈夫だ。ちゃんと平時の服も更衣室に用意してある」 


 そう言うとハンガーへ向かう誠達と別れてカウラは女子更衣室に消えていく。


「それじゃあ……って何かすることあるのか?ちび」 


 かなめの言葉に振り返ったランは明らかにあきれ果てたと言うような顔をしていた。


「一応オメーも勤め人だろ?詰め所で端末の記録をのぞくくらいの癖はついていても良いんじゃねーのか?」 


 そう言ってランはそのままとっととハンガーへ向かう。


「言い方を少し考えろっての。なあ」 


 かなめはそう誠に愚痴ってその後に続く。ハンガーはやはり重鎮である明華がいないと言うことで閑散としていた。


「銃は受け取ったんで……じゃあ、俺はパーラさんの車を……」 


「仕事中だろ?着替えたら会議室に直行だ」 


 振り向いて叫んだランの言葉に島田は肩を落とす。サラは微笑んで彼の肩を叩く。


「ふざけてないで行くぞ!」 


 ランに引っ張られるようにして皆はそのまま階段を上がる。ガラス張りの管理部の部屋の中では先月までの部長代理の菰田に代わり、管理部部長として赴任した文官の高梨渉参事官が菰田を立たせて説教をしていた。


「島田。なんならアタシがアイツと同じ目にあわせてやろうか?教導隊じゃあアタシも平気で二、三時間説教するなんてざらだったぞ」 


 ランの言葉に苦笑いを浮かべた島田はそのまま早足に実働部隊の待機室を通り過ぎて会議室に向かう。


「冗談の分からねー奴だな」 


「すまん、遅れた」


 スタジアムジャンパーに着替えたカウラがそう言いながら詰め所をのぞき込んだ。


「それじゃあ、第三会議室。いくぞー」 


 かなめはその有様を見ながらにんまりと笑って、まだ嗚咽を繰り返している誠の肩を叩いた。

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