四章 第十話
1
闇の中にある純白の舞台。その上をライトが次々照らす。
凝った演出で現れたのは、ウォッチャーであるマッドハッターだ。彼はドクロの着いた杖を回し、それを掲げて強く宣言した。
「突然だが明日! オレ達は! ラビリンス攻略戦を行う!」
驚きの爆弾発言である。彼の場合いつもの事であるが。
「昨日試験を終えたばっかりでーオレも悪いとは思うんだけどー。いやーまーなんつーかー。ラビリンスがもう限界みたいなー」
今度は気だるげに彼は語った。
「ぶっちゃけファントムはゴール寸前! ヒャッハー超ピンチな状況だ! まあ前から知ってたことだけど!? 奴らをぶち殺す時ってワケだ!」
いつも通り情緒は不安定だ。内心は、理性的だとしても。
「つーワケで今日は英気を養え! 最後の晩餐的なヤツ!?」
言うと彼を照らすライトが消えて、再点灯でサボテンが出て来た。
2
戦いが終われば宴を開く。戦いの前にも宴を開く。
ハガネ達はハッターの指示により、小さなパーティーを催していた。ミウとアイリスがリビングを、即席で飾り付けしただけだが。それでも旨そうな料理はあるし、パーティーである事には違いない。
機械人は食事は取れないが、雰囲気は非常に重要である。
「待つでござるー。ビーハイヴー」
「そのピンクのペンキを置いたらだー」
事実、ゲンブがビーハイヴを追ってペンキの付いた刷毛を振り回す。
ゲンブはビーハイヴに賭けたらしく、キレて彼を塗ろうとしているのだ。ハッターからのお仕置きでもあるが、彼が黙って塗らせるはずもない。もっとも結局二人共、吹き飛んでピンク色にまみれたが。
「無礼講と言っても騒ぎすぎよ。床や服がペンキで汚れるわ」
やったのはフランベルジュであった。正確には、彼女の魔法である。二人は人型液体金属“ペクマ”によってぶっ飛ばされたのだ。ついでにその付近に立っていた、恐れし者も殴り飛ばされた。
このようにハッターの関係者はパーティーを楽しんでいるようだ。
一方ハガネの方はと言えば──ソファで静かに思考をしていた。もっともハガネの左右に座った、女性陣はそうでもないようだが。
ミウと、アイリスと、そしてレフィエラ。三人はどこかピリピリしていた。まるで真剣を持った達人が、三人牽制し合うが如くに。
果たして誰が最初に斬り込むか。迂闊に動けば致命傷となる。
そこでハガネはすっくと立ち上がり──
「話したいことがあるのだが……ハッター。少しだけ、良いだろうか?」
ハガネはマッドハッターへと言った。
「ヒャッハー良いぜ! レッツパーリーだ!」
パーティーとは関係ないのだが、了承されたのだから良いだろう。ハガネはスキップするハッターと、一旦リビングから出て行った。
そしてぽかんとする三人を見て、フランベルジュがくすくすと笑った。
3
金属がむき出しの床や壁。必要最低限のインテリア。ハガネの部屋はセプティカに喚ばれて以来、なにも変わっていなかった。ポイントを大量に稼いでも、豪邸に引っ越しをした後でも。
「ヒャッハー大将! いきなりどうした!? もしかして愛の告白か!?」
ハガネがそこにハッターを招くと、彼は壁に背をもたれて言った。
「ワタシは君に聞きたいことがある」
「スリーサイズか!?」
「ファントムについて」
無論、愛の告白などではない。スリーサイズも特に興味は無い。
ハガネは静かにハッターへと問う。一番の懸案事項について。
「君なら知っているかもしれないが、ワタシのファントムがワタシに聞いた。何故ワタシが存在を選んだか。その答が未だに、見出せない」
ハガネとマッドハッターの二人は同じ世界、同じ時に生まれた。そして同じ敵と戦っている。しかし彼には迷いは見られない。
その理由をハガネは知りたかった。自分と彼で何が違うのかを。
「ヒャッハーそいつは当然だ! オレも答なんて知らねーからな!」
だが彼は完全に言い切った。
「しかし愛は全てを受け入れる! 受け入れて進むのが愛だからだ!」
そして、愛について語り出した。ハガネの理解の難しい物を。
「ゲンブから聞いた事がある。君は愛を大切にしていると」
「ヒャッハー! その通りだ! 愛は良いぞ! 愛は何の役にもたたねーし!?」
マッドハッターは目から光線を放ちながら、ビシッと指を指した。
一方、ハガネは腕を組み、頭を傾けて思考に入る。
ハッターの話は難解なのだ。それはハッター自身も知っていた。
「暴力は容易く屈服させる! 富は容易く人を絡め取る! しかし愛は別になんにもしねえ! 強いて言えばほっこりさせるだけだ!」
それでもまだハガネには難解だ。恐らく“愛は人を傷付けない”──と、言いたいのだとは思うのだが。一方で彼の言うとおり、愛は問題を解決はしない。
「愛がファントムを倒す事はない」
「ヒャッハーそうだ! マジ役にたたねえ! だが可能性はあるかもしれねえ! 世界を作り替えっちまうような!? でなけりゃオレが世界を滅ぼすね! どうせ残しとく価値もねえからな!」
ハガネはそれを聞いてぞっとした。
彼は恐らく本気で言っている。世界を壊す力も持っている。冗談でもなくはったりでもない。ただ事実として彼は言っている。
そんな彼は急にトーンを変えた。ハッターからウォッチャーの言葉へと。
「オレは敵を撃ち抜いて殺す度、どこか安心感を覚えていた。オレはそんな自分が嫌いだった。しかし死ぬまでそれを続けていた」
「ワタシも、平穏を求めていた」
「みなそうだ。そして、人を傷付ける。このルールから逃れる術は無い」
「君でも、か?」
「オレでも、だ」
彼はとても、悲しそうだった。
少なくともハガネにはそう見えた。
「ヒャッハー大将! 好きにしろ! つーか好きにしかできねーんだけど!?」
マッドハッターはそう言って、ハガネの部屋から普通に去った。
残されたハガネはまだ五里霧中。再び思考にふけることにした。
4
タイタンの全長は百メートル。低くともそれ位は下らない。よってタイタンを整備する場所は、恐ろしい広さが必要となる。特に複数のタイタンを、同時に整備する格納庫なら。
そこに集まったハガネ達、十人は緊張を纏っていた。
ハガネと同じ家で暮らしている九人に加えメカニックが一人。ツナギを着た女性、カナヅチである。彼女は九人の前に立っていた。
これは出撃前のブリーフィング。無情にも夜は明けその時が来た。ハガネの答はまだ出ていないが、既にタイムアップに他ならない。
そのハガネ達にカナヅチが告げる。彼女はそのために今日ここに居た。
「全員良いな? アタシがあんたらに各自の装備と役目を伝える。並んだ順に説明をするから、真面目に集中して聞くように」
カナヅチは言って移動した。一人目の人物の目の前に。
彼は甲虫の様な装甲を纏った、黒色の機械人。
「で、あー……マッドハッター、だよな?」
「ヒャッハーその通りだ! ダサいだろ!?」
「いいや。でも威圧感はすごいな」
マッドハッターはウォッチャー仕様のボディに入れ替わってこの場に来た。
性能的な理由からだろうか? ハガネには見当も付きはしない。
「とにかく、アンタから説明するよ。まあホントは要らないだろうけど。この機体はアンタの設計だ。メンテナンスしか施してないし」
「じゃ、スキップで!」
「アンタは良くても、他の面子は聞きたいだろうしね?」
カナヅチの顔に青筋が浮いた。しかしこれ以上ツッコミはしない。
彼女もハッターには慣れている。ツッコミを入れるだけ無駄なのだ。
「タイタン・グラス。この黒い機体はフィールド闘法に特化している。よって内臓武装は特になし。追加武装は武器庫から転送」
カナヅチは解説を開始した。
グラスはウォッチャーと同じセンスの黒い装甲を持つタイタンだ。
「マッドハッターはグラスを用いてこいつの生んだファントムと戦う。戦闘予想地点はネスト前。故に武装の転送も可能だ」
ネストの中で転送は出来ない。逆に外ならば転送は出来る。
もっとも資料の映像の中でウォッチャーは武器など使っていない。指一本すら動かすことなく、神々のタイタンを破壊した。
「ヒャッハー! 相手はオレの分身だ! オレからの支援は期待するなよ!?」
「師匠の生み出した分身なんて、想像だにするのも恐ろしい」
「きっとカワユイ女の子型だな!?」
「それだけは絶対に無いですね」
隣のビーハイヴが突っ込んだ。しかし今日はお仕置きは無しである。決戦に影響を出すことは、いくら何でも避けるべきである。
「次にビーハイヴ。アンタの機体はタイタン・ゼグヴェル決戦仕様。射撃武器をこれでもかとくっつけ最早本体がドコかわからない」
「ワタシはネスト内での戦闘だ。追加の武装が転送できない」
「だね。アンタとフランベルジュ様はハガネと一緒にネストに突入。ネストコアと直接戦闘する。やられたらアタシらも全滅だ」
そこからもカナヅチは次々と、それぞれの役割を説明した。
フランベルジュのタイタン・ガラゼラはビーハイヴと共にハガネの援護。赤い機体の右手には長柄の杖が一本装備されている。杖の尖端部はリングの様で、敵を切断することも可能だ。
ゲンブのタイタン・コクリュウジンと恐れし者のシェルメルトは防衛。黒と紺の機体は友軍機と防衛線を引いて待ち受ける。
防衛の目標はラビリンスの出口である最終ゲートウェイ。強力なファントムが突破すれば、いくつかの宇宙を滅ぼすだろう。当然ネストが突破した場合次殻内の宇宙は消滅する。
そして遂に、ハガネの番が来た。
「で……最後にアモルファス・ウォルフ。武装は新造したソード二本。接近戦に適性があるから、思いきって二刀流にしてみた。それと背部装備のGBS。こっちが射撃攻撃担当だ。砲門を無数に配することで負荷を可能な限り分散した」
アモルファス・ウォルフはその両腕に巨大な刀剣を装備していた。肉厚で長大な片刃の剣。柄も長く両手でも振るえそうな。
GBSは砲台と言うより折りたたんだ翼のような形。装甲の合間に砲口があり、射撃するときにのみ展開する。
「鋼鉄小隊はネストのコアと直接戦う事になるんだろ? 出来る限りのことはやっといた。後はあんた達が踏ん張るだけだ」
「感謝する」
「良いから、生きて帰れよ? そいつがアタシらへの孝行だ」
カナヅチは言って下敷きを使い、ハガネの頭をぺしっと殴った。
これでタイタンの説明は終わり。後はやるべき事は決まっている。
「じゃあ行ってこい! 馬鹿な悪ガキ共! 行って世界を守り切ってきな!」
ハガネ達は彼女の元を離れ、それぞれの機体へと歩き出した。
5
穏やかな浮島の縁に座る、直人とその側に立ったカラクサ。
二人のファントムは察知していた。自らのオリジナルが来ることを。
「彼等が来る。私達が来る」
「知っている。俺が俺を迎え撃つ」
カラクサの姿がタイタン級の人型ファントムへと変化した。
それを見て直人は体を倒し、浮島の草原に寝転がる。
「これで全ての答が出るはずだ。そして在るが儘に、世界は滅ぶ」
直人は左手で視界を覆い、自嘲気味に少し苦笑いした。
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