二章 第五話
1
ハガネが自室から出てリビングへ。
すると一歩踏み出したところでミウからハガネへと声が掛けられる。
「あ、おはようございますハガネさん。もう時間的にはお昼ですけど」
彼女の言うとおり、既に昼だ。
いや正確には昼を過ぎている。ミウとアイリスは丁度昼食を、食べて終わった所だったらしい。机の上には既に料理が無くなった皿が複数並べられ、アイリスはオレンジジュースらしき飲み物を目を細くして飲んでいる。
それほどハガネが遅くなったのは、当然ワケがあってのことである。
「ようやく調査が一段落した。君達にその結果を伝えたい」
ハガネは昨日ビーハイヴから指示された件について、調査していた。
つまりセプティカの常識と、ウォッチャーという人物についてである。
「じゃあご飯を直ぐに片付けますね!」
「いや、そのままで良い。楽にしてくれ」
ハガネは言うとまず語り始めた。
「調査したのはセプティカの情報。それとウォッチャーという者について」
ハガネは調査すべき内容すら、この二人に伝えて居なかった。
これは情報を精査するまでは、その危険を計れなかったためだ。
知ることで身を危うくすることも、逆に危険を逃れることもある。
ハガネはそれを判断した上で、二人に情報を、伝えていた。
「まずセプティカだが、これがセプティカだ」
ハガネは言うと手首を前に出す。するとそこから光が吹き出した。
立体映像投写システムだ。スノードームのような球体が、映されると言うよりも現れる。
そのミニチュアセプティカは色つきで、非常に綺麗な映像であった。球体下側の三割が土。残りの七割が水色の空。その境目に灰色の街が見えないくらい小さく、そびえている。
「ええ!? これがセプティカなんですか!?」
ミウはそれを見て驚いた。彼女の予想と違ったのだろう。
そこでハガネは直ぐに補足する。
「正確に言えばこれはセプティカの領一つ分の立体模型だ。セプティカとはこの領が大量に繋がって作られた世界らしい。専門用語で多空間世界。それがセプティカの全容だ」
ハガネも自分で喋ってはいるが、未だに半信半疑の事実だ。
ハガネが知っている世界の形。それとはあまりにも異なっている。
それはおそらくミウも同じだろう。
「たくさんの宇宙が繋がっている──と、言う認識で良いんでしょうか?」
「おそらくそうだ。もっとも外側に距離があるかは全く不明だが。セプティカの領同士は、テレポーターを介して接続されている」
ハガネはミウの質問に答えた。
すると今度はジュースを置いたアイリスからハガネへと質問が飛ぶ。
「うちゅう、てなに?」
「まずはそこからか」
ハガネ達には当然のことでもアイリスには解らない常識だ。
それはハガネ達にも理解出来た。文明レベルで言えばアイリスは中世に近い世界出身だ。下手をすると彼女の方が、領を理解しやすい可能性すら在る。
とは言え正確とは言えないので、ハガネは少し考えて伝える。
常識とは“当たり前の事”だが、それ故説明が難しいのだ。
「宇宙とは信じられない程、広大で真っ暗な空間のことだ。通常その中にある星と言う、球体の上に人は住んでいる」
「まるのうえ?」
「そう。丸の上だ。重力と言う一種の力場によって、我々は球体の上に住める。星のような巨大な物体は、引き寄せる力を発生させる」
ハガネは自分もやや悩みながらアイリスに対して説明をした。
幸いアイリスは理解したのか再びジュースをこくりと飲んだ。それか理解するのを諦めたか。
一方ミウの方は先ほどの、やり取りで違和感を持ったらしい。
「でも領の地面は平らですよね。私達どう立っているんでしょう?」
「何らかの力が働いている。そこまではアクセスが出来なかった」
その違和感には直ぐ答えられた。ハガネも調査中思ったからだ。
ここで再び本筋へと戻り、ハガネは説明へと回帰する。
「全体的なシステムに戻るが──基本的に我々は死んだ後、このセプティカに転生させられた」
「そう言えば全員死んでますよね」
「例外は無い。ただし違いはある。機械の体へと入れられた者。人の体を引き継いでいる者」
「私は後者です。火星に居た頃と全然変わっていませんし」
「アイリスも」
「いや、それは思い込みだ」
ハガネは二人を見回して言った。
「君達の肉体も正確には、セプティカ仕様に作られた物だ」
「ええ!? でも違和感とかないですよ?」
「では聞くが君の元の肉体は死亡したとき、正常だったのか?」
「正常だったら死なないような……」
と、言った所でミウも気が付いた。
目を丸くしつつ手で口を被う。
「そう。正常な者は死亡しない。そして我々は全て死んでいる。つまり肉体は完全に元の状態を、引き継げるはずがない」
「アイリスも?」
「マニュアルによればそうだ。共通の言語で会話している、それが一つの証になるらしい」
良く考えればおかしな話だ。日本人と火星人と、異世界人が同時に会話できるなど。
それが出来る体になっている。転生の証明の一つである。
「死者が新たなる体を用いて、ファントムを削除する業務に就く。それが多空間世界セプティカだ。マニュアルにはそう記述されている」
ハガネは最後にまるっと纏めた。
しかしこれはあくまで断片だ。それに今回の主題ですらない。
「ここからが本題だが、言葉では上手く説明するのが難しい。だが幸いネットワーク上で、丁度使える映像を入手した」
「ネットワークがあるんですか?」
「ある。掲示板や映像サイトなど。携帯端末を使用すれば、君達でもアクセスできるはずだ。ただし利用にはポイントを使う。使いすぎは控えた方が良い」
ハガネは言うとミウとアイリスを、リビングのソファーへと導いた。
全く使ったことはなかったが実は自宅にはソファーがあるのだ。それとその直線上にテレビも。残念なことに番組は無いが、映像を流し見る事はできる。
ミウはともかくアイリスはそもそもテレビが何かも解っていないが。習うよりも慣れろという物である。
早速ハガネはスイッチを入れた。
「ではこの映像をチェックしてくれ。それから詳しい説明に入る」
そしてリモコンで映像を流す。事前に転送しておいた物を。
2
映像は青い宇宙を背後に、大きな文字表示から始まった。
ババンと言う音で強調された『三分で解るウォッチャー伝説』。
そして電子音声がそれを読み、そのまま動画の解説に入る。
『セプティカに英雄が誕生した。誰よりも強く気高きウォーリア。今回は彼の偉業を短く、解りやすく説明して行こう』
電子音声だけあり抑揚が、微妙にない違和感のある声で。
その途中も映像は動き、一機の黒いタイタンを映し出す。
虫に似た流線型の装甲。鋭く光る黄色のツインアイ。人型兵器が青色のソラを、一筋の星となって駆けて行く。
『彼は一介の戦士から──光速で領主へと駆け上がった。常に公明正大な態度で、セプティカいちの領を構築した。彼の部下は彼を師匠と仰ぎ、彼の指導でまた力を増した』
と、言っている間に複数の、人物の画像が掲載される。
まずはウォッチャー。その外見は、先ほど出て来たタイタンにほぼ同じ。体のバランスなどは異なるが、やはりどこか虫っぽい機械人。
続いて知った顔が現れる。フランベルジュ。そしてビーハイヴ。
他にも弟子と思しき人物が画面に次々表示されていく。
しかし次の瞬間全て消え、再び画面は宇宙に戻った。
「セプティカに轟く彼の名声。それを良く思わない者も居た。神や精霊達の治める領。その集合たる精霊連合」
今度は神々が映し出された。
人間とも機械人とも違う、ファンタジックな見た目の戦士達。中には体が燃えている者や、液体で出来ている者も居る。
「彼等はセプティカにかつて無いほど大規模な闘争を持ち込んだ。ウォッチャー領対精霊連合。戦いは広がり長期にわたり続くと誰もがそう考えた」
その神々の乗り込むタイタンが宇宙空間に満ちて居た。
何百機かそれとも何千機か。とにかく圧倒的な数である。その戦力は新人から見ても、わかる程強大な物であった。
「しかしウォッチャーは少数の弟子と、出撃して彼等を撃破した。あまりの恐ろしさに降伏した精霊達は彼をこう表した。“黒き鬼”。戦争は終結し、セプティカには平和が戻ってきた」
その軍勢は全てウォッチャーと呼ばれる者のタイタンが壊したが。
もっともこれは想像の姿だ。それはハガネ達から見てもわかる。
「ウォッチャーはそれを誇ることもなく、気が付くとその姿を消していた。多くの弟子と共に音もなく。残された弟子はウォッチャーの領を分割して統治することにした」
おそらくその残された弟子こそがフラムであり、ビーハイヴなのだろう。
「こうしてウォッチャーは伝説となり、今現在も語り継がれている。そしていつの日か彼が帰還する。その日を私達は待っている」
と、ここまでが身のある内容だ。
「この映像は映画“ウォッチャーの伝説”を説明した動画です。これを見て気になった方は是非、本編を買って応援しましょう」
最後に謎の宣伝と提供が流れ、映像は──幕を閉じた。
3
ハガネはリモコンのボタンを押してテレビの電源をプチッと消した。
ソファーに座ったミウとアイリスは頭にハテナを浮かべたままだが。
なにせハガネはウォッチャーについて、彼女達に何も話していない。もっともハガネ自身ウォッチャーを、詳しく知っているわけではないが。
「このウォッチャーと呼ばれる人物を、ビーハイヴが探しているらしい」
ビーハイヴが探す謎の人物。ハガネが知っているのはそれだけだ。
すると目をまん丸くしたままで、ミウがハガネへと質問して来た。
「あのーそれは別に良いんですけど、こんな人本当に居るんですか?」
彼女の疑問は当然だ。
ハガネも彼の情報を見たとき最初はその実在を疑った。
「ワタシの調査したところによると存在していた人物のようだ。掲示板のログを軽く漁れば彼の名前は大量に出てくる。あの映像にも脚色はあるが、事実を元に構成したらしい」
故にハガネも裏は取っている。無論正確にとは言えないが。
一方アイリスの方は耳をピコピコさせた後、確信を突いた。
「ウォッチャー、しんだ?」
無感情に聞いた。
ウォッチャーの死は可能性がある。一時はハガネもそう考えた。
しかしハガネは直ぐに否定する。それだけの材料があるからだ。
「その可能性はあまり高くない。彼の強さは群を抜いていた。仮に彼が殺害されていても、その戦いは記録されるはずだ」
ハガネはアイリスへと即答した。
考え得る可能性はハガネも、検討してから話をしている。
ミウが次に考えついたことも、ハガネは既に答を出している。
「じゃあシステムと話をしたのでは? システムと話した人は消えちゃう……事があるって聞いた気がします」
「それも可能性の一つだが、ビーハイヴの考えではそれも違う。彼は今もウォッチャーが生きていて、フラムの背後に居るのだと言った」
「でもあんな人見たこと無いですよ?」
「今のは比喩表現で、『隠れて指示を出している』──と、言いたかった」
「有名人なんですよね?」
「そうだ。彼を超える戦士はまず居ない。つまり彼の持っているポイントはワタシ達の想像を超えている」
「そんな人探し出せるんでしょうか?」
「ワタシは彼を探し出す気はない」
そこまで話してハガネは気付いた。まだ説明するべき事があると。
「ビーハイヴはワタシをエサと言った。彼によるとウォッチャーはワタシに興味を持ち監視している。らしい」
「ええ!? 大丈夫なんですか!?」
「てき?」
そのハガネがした説明を受けて、二人はそれぞれ反応を返す。
ミウは素直に内容に驚き、アイリスはウォッチャーを敵と聞いた。
無論ハガネに解るはずもない。それでもまだ、話は残っている。
「まだワタシにも判断が付かない。しかし大切なのは君達に、それを話したという状況だ」
ハガネは非常に悩んだ上で、現在の判断を下していた。
機械人なので表情は無いが少しは態度にも出ているだろう。
ハガネの悩み。ハガネの迷いが。
「ビーハイヴはこの話をワタシに、一対一の状態で伝えた。つまりワタシが話をしたことで君達を巻き込んだと言う事だ。しかし話すべきだと判断した。理由は上手く言葉に出来ないが」
ハガネはそれを素直に打ち明けた。
その上で二人がどう思うのか。正直ハガネにはよくわからない。
前世に軍人であった時には、決して下さなかった判断だ。
「私は嬉しいです。ハガネさん。私達を信じてくれたから、話すことにしてくれたんですよね」
まずミウは照れながら喜んだ。
問題が増えたのに喜ぶとは、ハガネには難しい感覚だ。
しかしそれをアイリスが補足する。それもたった一言で、端的に。
「かぞく」
アイリスはぽつりと言った。
それは非常に強烈な単語だ。
家族──ハガネも概念は解る。が、その家族を持ったことは無い。軍隊はそうだと表現される。しかしアイリスの言葉とは違う。
ハガネには今も理解出来ないが、漠然とそうなら良いと思った。
何となく少しだけ暖かい。鉄の体でもそう感じられる。
「感謝する」
ハガネは静寂の後、少し経ってから二人へと言った。
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