一章 第七話
1
ハンガーに固定された新兵器。それは体に着けるタイプだった。
金属で出来た大きな腕部。踝の無い針のような脚部。胴体部や背部にも細々と、装着する機械が吊られている。
いつもの格納庫でハッターが、そのハンガーにもたれかかり言った。
「どうだい大将! このソル・アーマは! これでもっとヒャッハー出来ちまうぜ!」
言われたハガネは困惑気味だが。
そもそも何故ここにやって来たのか。時間はほんの少し遡る。
2
朝。それは一日の始まりだ。
機械人には関係ないのだが、同居人のミウにはそうではない。
「おはようございます。ハガネさん」
「おはようミウ、緊張しているのか?」
「そう言う訳では……凄っくあります。あの、変なところとかないですか?」
ミウは自室の前でそう言った。髪の毛をくりくりと弄りながら。
彼女はもう既に私服だったが、それでも気にするのは理解出来る。性別に関わらず起き抜けは、色々油断しがちになるからだ。
機械人のハガネはともかくも、ミウは生身の人間なのである。
それにしてもやや挙動不審だが。
「そうだ、ご飯つくります! 食べますか?」
「口が無いのでそれは遠慮する」
「ですよねごめんなさい!」
「謝罪は良い。ワタシには遠慮せずに食べてくれ」
「はい。わかりました。すぐにつくります……」
テンションが上がったり下がったり。ミウは見て居て飽きない人間だ。
ハガネはそんなことを思いながら料理を造るミウを眺めていた。
「あのハガネさん?」
「呼んだか?」
「はい実は、そんなに見られると恥ずかしいです」
そうしているとミウが訴えた。
とは言えハガネにも言い分がある。
「すまない。しかし興味が湧いている。五〇〇年後の料理と言う物に」
「あ、そう言えばハガネさんは確か私より過去の人なんですよね」
「そうだ。まあ我々は貧乏で、芋系統を主食にしていたが」
「なるほど。でも私、大したものは……」
「むしろそれで良い。文化とは、日常の中に現れる物だ」
「うう、わかりました。じゃあ出来るだけ、普段通りの物をつくりますね」
するとミウも納得したようで、そこからは黙々と料理をした。
そして気を遣いながらも机に、それを並べて食事を開始する。
彼女が作った物は意外にもハガネが知っている食べ物だった。と言っても文献で見ただけだが。
焼いたトーストの上に目玉焼き。カリカリベーコンにレタスのサラダ。どれも文明が滅びる前には食されていたと言われる料理だ。
「君は料理が上手そうに見える」
「いえ! そんなことない、と思います」
ミウは照れながら否定したのだが。ハガネにすれば立派な物である。少なくともハガネの得意料理、ジャガイモスープよりは美味しそうだ。
だがミウの食は進んでいない。ハガネがじっと見ているのもあるが、どうもそれだけではないようである。
「でも、なんだか申し訳ないです。私だけ朝食を頂いて」
その理由をミウがハガネに言った。
なるほどその思考は理解出来る。ハガネは全く気にしていないが。
それを言葉で説明するよりも、ここは行動で示すべきだろう。
「ではワタシも味覚を楽しもう」
ハガネが言うとそのスピーカーから、シュワーと言う爽やかな音がした。
機械人に食事など不要だが、実は味を楽しむ手段はある。
「えーと……今の音はなんでしょう?」
「クールレモネードプロトコル。略してCLPと言うらしい」
「くーるれもねーどぷろとこる?」
「その名の通り冷えたレモネードを飲んだ気分になれるプロトコルだ。マッドハッターから安値で買った」
「美味しいんですか?」
「中々にいける。次はコーラか抹茶ラテを買おう」
ハガネの言葉に嘘は無い。今ハガネの脳内はシュワシュワだ。
文明崩壊時の地球よりもよっぽど美味い物が飲めている。
残念ながら水を差されたが。
メッセージの受信を告げる音がハガネの頭の中で鳴ったのだ。しかも相手は領主フランベルジュ。無視するワケには行かない相手だ。
しかもミウの携帯端末にも、同じ内容のメッセが来ていた。
曰く、新兵器を供与した。格納庫に行け。と言う事である。
「ふむ。上官はいつでも気まぐれだ」
「私も早くこれ食べきらないと……」
「指定の時間まではかなりある。そう急ぐ必要もないだろう」
パンをぱくつくミウを横目に見て、ハガネはまたシュワーと味わった。
3
こうしてフラムに呼ばれたハガネはミウと格納庫へとやって来た。
ミウはバトル用スーツに着替えて、ハガネはいつもの体のままだが。
一見するとフラムの用意した、兵器はミウが使う物に似る。両足に装着する部分など同じタイプと言っても良いだろう。ただミウの物は両肩の上にキャノンユニットを浮かせているが、この兵器にその部分は見られず代わりに肘から先の腕がある。それと胴体用にも細々と。
これが“ハガネ”のための新兵器だ。どうやって使うかもわからないが。
そこでハガネは兵器の横に居る、二人に続けて問いかけた。
「マッドハッター。この兵器はなんだ?」
「さっきも言ったがソル・アーマだぜ! これで空を飛んだりファントムをヒャッハーしたり、ヒャッハーしたり出来る!」
「カナヅチ」
「ハッターの言った通りさ。アンタの体にこれを装着し、テストするようフラムに言われてる。しかも費用は全部フラムもちだ」
すると二人は連続で答えた。
機械人マッドハッターと、ツナギを来たメカニックのカナヅチ。
マッドハッターは武器商人で、カナヅチはメンテナンス担当だ。故に二人が居ること自体には、ハガネにとって特に疑義は無い。
しかしハガネにはまだ疑義があった。
「何故こんな物を“無償供与”する? フラムは守銭奴だと言っていた」
「そうなんだよね。アタシも驚いた。むしろこっちが聞きたいくらいだよ。アンタ達なんか守銭奴フラムに目をつけられる理由でもあるの?」
だがカナヅチも同じ気持ちらしい。
むしろ質問を返された。
「良いじゃねーかヒャッハー出来るんだぜ! いかすバイブスを感じちまうだろ!?」
「いや感じないが」
「そこは感じろよ! そしてヒャッハーだ! 爆・ヒャッハーだ!」
マッドハッターはいつもの調子で、いやいつも以上にノリノリである。
それに発言を聞く限り、彼も供与のワケは知らぬようだ。
「でもハッターさんではないですけど、これで二人一緒に戦えます」
ミウなどは呑気にと言うべきか。素直にこのことを喜んでいる。
素直なのは美徳ではあるのだが、兵士は疑り深い方が良い。
とは言えハガネの実力不足は疑問を挟む余地も無い事実だ。
「それでこの兵器は強力なのか?」
故にハガネはハッターに尋ねた。
結局ハガネには選択肢など、最初からなかったと言う事か。
「そりゃ勿の論よ、ハガネの大将! こいつがあれば今までの三倍、いや十倍はぶっ殺せちまうぜ!」
彼の答など解りきっていた。
ならばハガネは纏うべきだろう。このフラムから与えられた物を。
「これを扱うにはどうすれば良い?」
「それはアタシから説明するよ。取り合えずアンタはハンガーの前、印をつけたところに立ってくれ」
「この矢印か」
「そう。向きを合わせて」
ハガネはカナヅチに言われるままに、矢印の上に立ってみた。
そこはハンガーの前であり、ハガネはそれに背を向け、立っている。
「よっしゃ。じゃあ装着を開始する。体から力を抜いててくれよ」
「リラックスだぜリラックス。大将!」
すると二人が言ったその直後に、ハガネの体がフワリと浮いた。
ハンガーに着いた金属のアーム。それがハガネを掴んで上げたのだ。
さらに複数の小型のアームでハガネの姿勢が固定されていく。両手は地面に水平に開き、足も肩幅より大きく開く。
そしてそこに機械系の武装が挟み込むように装着された。肘から先。そして膝から下に。
その間数秒と言った所か。瞬く間にハガネの腕と足は機械の装備で被われた。しかも腕に着いた新たな手には、既にハガネの意思が宿っている。
なんの違和感も無く指は動き、曲げ伸ばしに機敏に反応する。
『装着シークエンス、オールクリア』
などとハガネがやっている間に、音声が鳴りハガネは下ろされた。
そして拘束を解かれた瞬間、ハガネは前方にパタリとコケる。
足にくるぶしから先が無いので、そうなるのは自明の理だったが。
「大丈夫ですか!? ハガネさん!」
心配したのはミウだけだ。
どうやらこれは予定調和らしい。
「カナヅチ。立つこともできないのだが?」
「そりゃそうだ。でも飛ぼうとはするなよ? こんなとこで暴走でもしてみろ。修理費用を払わせられちまう」
「ではどうする?」
「後は別の場所でさ。マッドハッター、彼を運んでくれ」
「ヒャッハー任せろ! 行くぜ大将!」
カナヅチが言うとハッターが歩き、ハガネを掴んで引きずり始めた。
ワイヤーを巻き付けてずりずりと。少し大きめの転移装置まで。
「さあ自由領域に出撃だあ!」
「中々に斬新な出撃だな」
そしてそのままハガネは入れられて、転移装置で何処かに飛ばされた。
4
目の覚めるような青空の中に、ハガネはワイヤーで吊されていた。
吊しているのはアーマを纏って、空に浮いて居るミウその人だ。
ハガネはカナヅチ達の指示の元、転移させられた先でこうなった。
つまりこれは兵器のテストでありハガネの手足にそれはついている。
とは言えまだ稼働はしていないが。していればこうなっていないだろう。
尚カナヅチとマッドハッターは、格納庫から通信をしている。それで二人がハガネに指示を出し、ハガネがテストする算段である。
『よーし準備は良さそうだね。ハガネ』
『良い景色だろ大将! ヒャッハーだ!』
二人は中々にご機嫌である。
機械好きの血が騒ぐのだろうか。ハガネ的には微妙な気分だが。
とは言え文句をぶつけたところで状況の改善は望めない。
「それでワタシは何をすれば良い?」
『まあ待て大将! まずは解説だ! そこいらにあるありふれた家電も取説を読まないと爆発する!』
「いや爆発したりはしないだろう」
『比喩表現だ! とにかく聞きやがれ!』
ハガネが二人に説明を請うと、ハッターが解説をし始めた。
それも非常に初期の部分から。
『まずその兵器はソル・エネルギーで稼働する飛行戦闘装備だ! そいつを自在に使いこなせれば、空に落書きだって出来ちまうぜ!』
「それはわかる」
『いやわかっちゃいねえ!』
マッドハッターの口調はともかく、解説は真っ当な物である。
『ソル・エネルギーは大きく二つのバリアを生み出すことが出来るのさ!』
「バリア?」
『そう! コートとフィールドだ!』
何故普通に説明できないのか。突っ込みを入れるのは野暮だろう。
『コートは言わばウナギのヌルヌルだ! 体の表面をぴっちり被う! 一方フィールドは球体状で、まるで泡のようにアンタを包む!』
「なるほど?」
『そしてフィールドは力場だ! つまりこれを利用して飛行する!』
実際ハガネは理解した。
「それをワタシにやれと言うことか」
『当たりだ大将! だが気をつけろよ! ソルは精神に繋がる力だ! 感覚的に動かすもんだから、体を使って覚えるしかねえ!』
「因みに……失敗したらどうなる?」
『落ちるかどっかに飛んでっちまうぜ! バビュンとお星様になるかもな!』
これは非常に危険な訓練だ。だがやらなければ使いこなせない。
もしこの兵器を使いこなせればハガネの戦術的価値は上がる。自分のためにも仲間のためにも、必要な訓練と言えるだろう。
と、ここで解説者がチェンジした。
『ここからはアタシがサポートするわ。ハガネもミウも言うとおりにしなよ』
「了解した」
「はい! 頑張ります!」
カナヅチに言われ二人は答えた。
そして訓練が開始する。が、それはとても地味だった。
『じゃあまずハガネは私の合図で、飛行するイメージをして貰う。そーっとゆっくり、浮かぶイメージで、間違ってもすっ飛ぼうとするなよ』
ハガネへの指示はイメージだ。それで何が起こるかは不明だが。
『ミウはそいつを吊すワイヤーが、軽くなったら直ぐに言ってくれ。あとハガネが飛んできたら避けろよ。アンタは慣れているし可能だろ?』
「問題無く出来ると思います」
ミウもカナヅチの指示を受け取った。
こうして訓練が開始されたが──
『よし! じゃあイメージ開始しな!』
「了解した。訓練を開始する」
ハガネが答えてから十数秒。
何も起きる事なく時は過ぎた。
「これでは弱すぎると言うことか」
『だからと言って急に強めるなよ』
「それはわかるが、加減がわからない」
ハガネは空を飛んだことが無い。
故に当然なのだがわからない。
「あ。待ってください。今、少しだけ……」
と思っていたらミウが言ってきた。
つまり少しは浮いているのだろう。ハガネ的に実感は無いのだが。
『よーし。じゃあミウ、少しだけ降下だ。ハガネはその状態をキープだよ』
「わかりました。じゃあ少し降りますね」
「こちらも了解した。これを保つ」
カナヅチに従いミウが降りると、ようやくハガネにも実感できた。
もしハガネが飛行していなければ、ミウと一緒に降りるはずである。しかしハガネは少しだけふわりと、ゆっくり気味に下方へ移動した。
「微妙にだがゆっくり降下したな」
『それで良い。その強さを覚えなよ。まず浮けなきゃ話にならないしね』
「よくわからないが善処してみよう」
その後は地味だが大変だった。
浮いたと思ったら急に落ちたり、すっ飛んでミウに引っ張られたりと。
しかしそんなことを続ける内に、ハガネは飛ぶコツを掴んでいった。
−−−−−−−−−−−−−−−
そして最後の試験がやって来た。
空中に浮かんだ大きな輪っか。それが何個も配置されている。
要領はレースゲームと同じで、ハガネがそれを潜ると言う物だ。
『準備は良いねハガネ? 始めるよ』
「大丈夫だ。いつでも構わない」
カナヅチに問われてハガネは言った。
「頑張ってくださいねハガネさん」
『大将! 上がるダンスを見せてくれ!』
ミウとハッターは観戦ムードだ。
まあ実際見るしか出来ないが。
『じゃあ行くよ。最終テスト……始め!』
とにかくカナヅチの合図と共にハガネは高速で──宙を舞った。
そして確実にそれも美しく、設置された輪っかを潜っていく。
『そこは急降下だよ! 腕を見せな!』
カナヅチのオーダーに見事答え、地面に向かう降下も完璧だ。
「まるでイルカさんのショーみたいです」
『ヒャッハー確かに、奴らハンターだ! 魚どもを巧みに追い詰める!』
「可愛いと言いたかったんですけど……」
『大将がか!? 確かに可愛いな!』
ミウ達は好き勝手言っているが、ハガネは集中力を切らさない。
立体的に輪っかを潜りきり、遂にゴールの枠に到達した。
「任務達成。評価を所望する」
『上出来だ。才能があるかもね』
カナヅチのお墨付きも頂けて、ハガネとしては万々歳である。
とは残念ながら、行かなかった。
「ところでなにかフラフラするのだが?」
『そりゃこれだけ特訓すりゃするわよ』
『ヒャッハー! 大将気絶は止めとけ! 地面に向かって真っ逆さまだぜ!』
「そうしたいのだが……」
「今キャッチします!」
ハガネは力を失い落下し、結局またミウにつり下げられた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます