いつかの『我が主』へ
黒い猫
プロローグ
その日の光景は今でも鮮明に覚えている。
「……」
どんよりとした厚い雲がかかっていて、雨も降っていた。そして、そんな雨が降りしきる中。俺は一人寒さにガタガタと震えていた。
「寒い」
――俺、死ぬのかな。
その日、俺は空腹に耐えかねて盗みをしようとした。いつもなら「悪い事はしちゃいけない」と立ち止まるのに。
――でも、本当に空腹の限界だったんだ。
俺は物心がついた頃から教会にいて、両親の顔なんて全くと言っていいほど覚えていない。だからこそ、俺にとっての「家族」は教会にいる子供たちだった。
――教会にいる大人たち。いや、大人は全くと言っていいほど信用出来ない。
そもそも孤児を保護してくれる教会では、食事が出されるのが普通なのだそうだ。
――前にいた神父様がそう言っていたのに。
小さい頃は、確かにその通りだった。子供たちの笑顔が飛び交い、毎日を楽しく過ごしていた。
――俺の唯一心休まる癒しの場だったのに。
しかし、ある日……あの「男」が現れてから、俺の癒しの場だった「教会」は姿を変えてしまった。
「……」
教会にいるシスターたちは俺たちに食事を与える事をろくにせず、前にいた神父を追い出して新しく来た神父……いや、あの男は俺たち子供に強制的に労働を強いて、その上大人たちは俺たち子供を厄介者扱いした。
「お腹空いたよぉ」
「ほら、コレは食べられるから……な?」
全く与えられなかったというワケではない。でも、子供たち全員には全く行き渡らない程の少量だった。
この時点で、通常であれば領主の人が止める。それなのに、彼は止めもしなかった。
大人たちの話を聞いたところによると、どうやらその神父はこの土地を治めているはずの領主よりも偉いのだと言う。
――偉い人には媚びるのが上手な生き方……か。
食事もろくに与えられず労働をしていれば、当然健康からはかけ離れた生活を送る事になる。
だからなのか、俺がいた頃に亡くなった子供は両手でも全く足りない。
そうしてこの間ついに俺と一緒に最後まで「大人になる事」を諦めず、毎日励まし合っていた同い年の子が亡くなり、俺は一人になった。
ここで俺は「お前も出ていけ!」と教会のシスターたちに背中を強く押され、雨にも関わらず着の身着のまま外に放り出された。
そうこうしている内に時間が経ち、空腹の限界を迎えた……というワケだ。
「うぅ」
盗みがバレた後。どうやら俺が盗みをしようとした相手が悪かったらしく、その相手が呼んだ大人たちにボコボコにされて、隙をついて命からがら逃げて来た。
「……」
お腹は空いていたモノの、逃げられるだけの体力はあったらしく、とにかく必死に逃げて、目についた物陰に隠れた……けれど、それもそろそろ限界だ。
――あぁ、眠くなってきたな。
その証拠に空腹以上に眠気が襲ってきて、もう動けそうにない。
「……」
この家の物陰に隠れてどれだけ経ったのか分からない。しかし、座っている事にも耐えられなくなった俺は、そのままその場で倒れた――。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「――あなた、大丈夫?」
そんな俺が倒れたタイミングで声をかけたのは一人の女の子。
「……」
視界は掠れていてよく見えないけど、柔らかく細そうなブロンドの髪に細い腰。着ているモノは白くてどれも上等そうなモノだった。
「あ」
――ははは。
俺としては「大丈夫」と言いたかった。しかし、声が出ない。体に力が入らない。その事に俺は思わず笑いたくなる。多分、全く笑えていなかっただろうけど。
「……」
「――!」
そのまま俺は気を失ってしまったのだが、その時に出会った少女が『天使』に見えたのは……お世辞でも何でもない──。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます