茉莉花

林城 琴

義兄と妹

 「兄者様あ。」

 崖の上から、緑深い森を見下ろしていたバーリはその声に後ろを振り向いた。生い茂る木の間から姿を見せたのは長いまつ毛に縁取られた大きな瞳を持つ、黒い髪の少女だった。すこし小さめの口にふっくらとついたくちびるが、瞳に負けないくらい目を引いた。人形がそのまま歩いているような娘である。

 「ファル。」

 バーリとしてはまだ彼女をそう呼ぶのにはためらいがあったが、何せ娘自身がそう呼んでくれと再三言うので勇気をふりしぼって呼び捨てにしているところである。ファルは黒い瞳をきらきら輝かせ、明るい笑みをバーリに見せて立ち止まった。はずむ息に、柔らかい曲線を描く胸元が上下する。

 「あちらに泉がありましたわ。木の実の方は取れまして?」

 「ああ、たくさん取れたよ。」

 バーリは手にしていた、いっぱいに膨らんだ布袋をファルに見せた。彼女は嬉しそうに一度にっこりとしてうなづいた。

 「では水を飲みに参りましょう。とてもきれいで冷たい水でしたわ。きっと疲れも取れましてよ。」

 ファルが先に立ちバーリが続く。初めて顔を見てから六日、兄妹になってからまだ十日、ふたりで旅をするようになってからは二日目だ。倒れた太い木の幹に踏み上がり、ファルがぽんとそこから向こうに飛び降りると、胸に掛けた、大きな、けれどごく薄い、凝った飾りのペンダントがきらりと光った。

 木の実を食しふたりきりで旅をしながら、それでもこのふたりは皇女と皇子である。と言っても正当に皇女なのはファルのほうで、バーリは皇女に婿入りして皇子になったのであり、更にそれにもなかなか怪しい経緯が絡むといういわば臑にキズ持つ身の上である。彼のファルに対する態度が少々引き気味になるのも無理のないことと言えばそうだった。

 

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