一番

「マリアさんが見てきた空の中で、一番美しかった空が飲みたいです」

 俺はそう言った。正直に。彼女が見てきた空を知りたかった。どうしたらそんなに世界を全て知れるのか。知りたかった。

「うん」

 彼女はさぞかし楽しそうに飲み物を作っている。俺は相棒に目を向けた。コイツほどイケボな奴はいない。そう断言できるほどコイツは美しい。

 俺は気づいたら、コイツを歌わせていた。

 マリアさんは手を止めて、驚いたような顔をして俺を見ている。

 コイツが歌ったのは、コントラバスソロの曲。今思えば、この曲で色々な戦いを勝ち抜いてきた。


『金賞、相崎春樹』

『最優秀、相崎春樹』

『一位、相崎春樹』


 コイツが俺の人生だ。コイツが。彼女はそれを思い出させてくれた。

 弓が止まらない。俺とコイツで奏でる人生。それは無限大なんだ。

 

 じゃあもう、死ねない!


 俺は、自然と笑った。そして、気が付けば泣いているマリアさん。

「すごいよ、ハルキ……。すごい。本当に」

 滴る宝石のような涙。俺はその美しさをいつまでも目に焼き付けておこうと思った。

「お返しになるかはわからないけど、はい、これ」

 出されたのは、下の方は真っ青で、上の方には白い部分が所々ある飲み物だった。

「これは、私が見てきた景色」

 俺が質問をする前に彼女は答えた。

 きっとこれは、彼女が空から見た海。青くて深い、神秘の海。

「空と海は对の関係だけど、本当は繋がっているの。水平線を見てみると、繋がっているように見える。というか元々、海の水は空から来たんだから、当たり前と言えば当たり前なんだけど」

 俺はその飲み物をじっくりと見つめた。

 空って何? 海って何? 繋がりって何? 世界って何? 

 疑問が止まらない。俺はこの世界の事をまだ何も知らなかった。

「私の見てきた空で一番美しかったのはこれだよ。君は? 君が見てきた空の中で『一番』美しいものを、私は知りたい」

 俺は過去の思い出に心を馳せた。


『今日はコンクールだ』

『俺は絶対勝つ』

『なあ、お前』


「……コイツと見た、朝焼けです」

 俺は相棒を指さした。マリアさんは微笑み、頷いて俺の方を見て、「そっか」と笑っている。

 心地よい。ここが、心地よい。ここは心のオアシスだ。

「君にはもうこの店は必要なさそうだね」

 マリアさんは唐突にそう言った。俺は訳が分からなかった。ここは心のオアシスだとついさっき実感したばかりだったのに。

「さ、もう行きな。君『には』まだ人生があるだから」

 彼女はそう言って、残酷にも見える聖母のような微笑みで俺に手を振った。俺は何か言いたかったが言えず、気がついたら相棒と共に河川敷で横たわっていた。


 



 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る