空を集める

「空の味……?」 

 俺はマリアさんに訊ねた。空の味と言われても、正直言ってピンとこなかった。当たり前か。

「ええ。空って、実は一番近い場所にあるんだ。あんなに遠そうに見えるけどね。だって、人間は春になれば青空に舞う桜を愛で、夏は青い空を見つめて蒼い日々を送る。秋は時雨の振る空を切ない表情で見つめ、冬は寒空を静かに見つめて涙を流す。皆、空を身近なものとして感じている」

 マリアさんの背後に飾られている、四枚の絵。全て彼女が話した内容と一致している。全て、空と少女が描かれている。

「というかね、空っていうのは異世界への扉」

「異世界?」

 聞きなれない単語に、思わず首を傾げる。マリアさんはカーテンを開けた。だいぶ日も昇り、いつもの青い空が顔を出す。

「空の先は宇宙。宇宙の先は道の世界。というか宇宙ができる前は本当に何もなかったっと言われていてね。何かを見ることも聞くことも、自分で動くこともできないと言われている。つまり、人間の想像をはるかに超えた世界なの。そんな世界を見に行ける扉となるのが空。そういうこと」

 俺は混乱した。何が何だかわからなくなった。この世の真理も、この世の仕組みも。全て、全て、全て。

「自分さえ信じてればいいよ。自分が一番の地図でありコンパスなんだから」

 その言葉に、気が付いたら泣いている自分がいた。今思えば、高校だって先生に勧められたから目指しているだけだったんだ。自分の意思なんてこれっぽちもなかった。自分は、言いなりになっていただけだった。

「何泣いているの? いい? ハルキにとっての桃源郷は、自分なの。自分で決めて、そして自分でその子と向き合いな」

 マリアさんが指差していたのは、俺の相棒だった。俺はまだコイツと本気で話せていなかったのかもしれない。

「さ、おかわりいる?」

 飲み終えたグラスを取り、マリアさんは俺に訊ねた。

「はい!」

 俺は満面の笑みでそう答える。


「君は、どんな空を飲みたい?」

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