迷い、決断

 振り切ってしまうには、年月が経ちすぎてしまったのです。


 天に帰れなくなった私がイカトミさまと暮らして三年の月日が流れました。

 羽衣が何処かへ行ってしまい、天に帰れなくなったとき、私は絶望したものです。 しかし、その悲しみの絶頂でイカトミさまと出会えたことは幸運だったと思っていました。彼は行き所のない私に寝食する場所を与え、生業で山に入るたびに湖に手がかりを探しに行ってくれました。羽衣を探すだけでなく、天に帰るための手立てが他にもないか情報を集めてくれていました。そんな彼に感謝の気持ちを返すために、私は家事を引き受け、奔放する彼を待ちながら、「ただいま」と「おかえり」を言い合う穏やかな日々を送っていました。

 天に帰りたいという気持ちは変わりません。しかし、もし帰ることができなくても、彼と共にならこのままでもいいかもしれない。そんな気持ちさえ芽生えてきていました。

 そんなある日、私は羽衣を偶然見つけてしまいました。それは、私が寝食する家の天井裏の隅に隠すように仕舞われていました。

「これで天に帰れる。でも…。」

 屋根裏に羽衣が隠されていた。この事実が何を意味するのか、分からないわけがありません。嬉しさと悲しさで複雑な感情が沸き上がってきます。あれほど帰りたいと願っていたのに、三年もの長い間裏切られていたというのに、迷う心に自分でも驚いてしまいます。そう、いつの間にか、それほどまでに彼のことを——


「私は、天に帰ることにしました。イカトミさまに会ってしまったら決心が揺らいでしまうでしょう。ですので、彼が帰る前にここを発ちます」

 さんざん悩みましたが、ついに天に帰る決心をしました。けれど、このまま何もなく帰ることはできません。そこで、私はとある人物を訪ねました。

「これは、夕顔の種です。種を植えるとつるが伸び続け、七日目には天に届きます。これを彼に渡してほしいのです。そして、願わくば、私を追って、つるを登ってきてほしい…」

 私が言付を頼んだ人物は、イカトミさまの狩人仲間です。三年前、私が羽衣をなくして泣いているとき、優しく声をかけてくれたイカトミの背後から、彼は小さな手拭いを渡してくれました。私が素っ裸だったので、少しでも隠せるようにと。類は友を呼ぶように、彼もまたイカトミさまのように優しい殿方です。

「おや、この種は…、いつだったかイカトミが町で譲り受けたもんやないですか。失くしたと聞いとりましたが、貴方が持っていたのですね」

「…はい。天に帰る手立てとして、イカトミさまがこの種を持って帰ったとき、これで帰れるとすぐに分かりました。けれど、つるが耐えられるのは一人分だけと言われています。彼と離れることを考えると、…もう少しだけと思ってしまったのです」

 私は、身勝手な理由で、日々奔走してくださっているイカトミさまを裏切っていたのです。この真実を伝えることで不信感を抱かせてしまうでしょう。けれど、私は目の前の彼を信じて、罪を告白しました。

「うーん、しかし、先ほどの話を聞く限り、あいつはどうしようもない奴ですよ。貴方と離れたくないために羽衣を隠しておくなんて。…それでも、面と向かえば許してしまうくらい彼を慕っているということですね?」

彼の問いに、一気に顔に熱が集まってきます。直接的な表現に、私はしどろもどろになり、言葉は発せず、ただ、首を縦に振ることを答えとしました。

「まあ共にいたいがために帰る手立てを隠していたという点で二人とも同罪ですからなあ」

 ひとつ、長い溜息をついた後、顔をあげた彼は優しい笑顔をみせました。

「…よし、分かりました、これは責任をもってお預かりしましょう」

 彼の言葉で肩の力が抜けていくのを感じます。知らずのうちに緊張していたようです。

「天女さん、貴方たち二人は、まるで夫婦のように数年暮らしていました。美男美女でとてもお似合いやったしね。イカトミはきっと、貴方を追いかけます。再会したら悪事をしっかりと叱ってやらないかんですよ」

 最後には、頼もしい返事と励ましの言葉をかけてくれました。やっぱり、この人に頼んでよかった。これで安心して天に帰ることができます。

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