第118話 犬も歩けばファンクに当たる 7
「またコピー動画出ちゃってますよ、邦子さん」
そう言って斧宮華澄は自分のスマートフォンの画面を、パイプ椅子に座る桐山邦子に見せる。
邦子はその画面に流れる動画を眉をひそめて見ていた。
「やっぱり、あの剣崎とかいう人、もう一度とっちめますか?」
邦子が画面から視線を動かし華澄を見あげると、華澄はやる気満々の表情をしていたのでついつい笑ってしまう。
「とっちめるだなんて人聞きの悪いこと言うんじゃないよ。アレは一度だけ削除申請に行っただけだから」
グラップル羽姫の熱狂的なファンである剣崎晃司は、
邦子が
剣崎自身は羽姫の宣伝目的にと上げたものだったが、邦子にとっていい迷惑だったので、華澄と共に削除申請というお灸すえに赴いたのだった。
しつこく渋った為に再び入院が必要な程の怪我を負うことになった剣崎は、泣く泣く動画を取り下げファイルを消去した。
――したのだが、既に話題となってしまった動画は見知らぬ誰かにコピーされ再アップされることになってしまった。
剣崎の狙いとはズレるが、邦子とその所属する環太平プロレスは有名になってしまい連日入門希望者が殺到している。
それ自体はジムへの貢献としてありがたい部分として捉えてもいい話ではあったが、正当防衛ながら路上で暴力を振る動画が広まっていることは邦子にとってあまり好ましい状況ではなかった。
後々プロとしてデビューした際に、この動画でアレコレと記事を書かれたりしたら面倒だ。
「サイバーなんたらにも対応お願いしてるんだけどね」
「何ですか、そのサイバーなんたらって」
サイバー犯罪対策課。
井上はきっちりとサイバー犯罪対策課と説明してくれていたのだが、若菜がずっとサイバーなんたらと言うものだから邦子も何故だかそちらで覚えてしまっていた。
「警察。だから、あとはお任せするしかないんだよね。この削除しては再アップされての状況を」
邦子の説明を受けて華澄は、へー、と頷きながら、そんなのあるんですね、と繰り返していた。
機械音痴である自分よりはネットとかに詳しそうなのに知らないものなんだな、と邦子は華澄の様子を見ながら思った。
「これじゃあまるで、イタチ叩き、ですね」
何故だか謎のドヤ顔を決めている華澄に、邦子は眉をひそめ首を傾げる。
少し間を空けて、やっと華澄が言いたかった言葉を思い当たる。
「それは、イタチごっこの事かい? モグラ叩きが混じっちゃってるよ、それ。華澄、アンタ、あの時、頭思いっきり打ってたから――」
「わーわーわー、バカなのは元からですから、やめてください!」
迫真の顔で心配する邦子に、華澄は両手を横に振り慌てて遮った。
真面目に間違えていたようで、恥ずかしかったのか耳まで真っ赤に染め上げていた。
「それにしても、華澄。アンタさ、試合前の相手のとこに来て、和やかに話してんじゃないよ、まったく」
二人が居るのは、グラップル羽姫の選手控え室。
という名の従業員控え室であった。
別々の控え室が確保出来なかったとはいえ、試合前となると、席を離し口を聞かないのが定石であり暗黙のマナーであった。
それを平然と破り、華澄は対戦相手である邦子に話しかけにきていた。
邦子の無双動画は、実は剣崎の狙い通り羽姫の宣伝効果としてテキメンであった。
動画が話題になるにつれ、女王桐山邦子の名前は広まり、キャットファイト主体の格闘バーで行われたガチ勝負として、対戦相手の華澄の名前も知れ渡った。
羽姫公式で上げられている華澄対邦子の試合動画の再生数はうなぎ上りで回り、客数も連日満員の繁盛ぶりだった。
そこでその盛況に乗っかったのが、ガチ勝負を禁止していた店長であった。
この盛況を逃すまいと、店長としては禁じ手であった華澄対邦子の再試合をマッチメイクしたのである。
「なんかもう、ワクワクしちゃって。邦子さん、本気で、お願いしますね。私もっと強くなって、早く文哉くんの横に立てるようになりたいんで」
目を大きく開き、眩しいまでの輝きを見せる華澄。
本当にビームでも出すんじゃないかと、邦子は苦笑いを浮かべる。
「まだ怪我治ったばかりなんだろ、この格闘バカ。私もアンタを踏み台にもっと強くなってやるから、ちゃんと気合い入れてかかってきなよ」
邦子は自分でも対戦相手に見せるような表情ではないと思うような笑顔で、拳を前へ突き出した。
華澄も応えるように微笑んで、突き出された拳に自分の拳を突き合わせた。
「オッス!!」
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