第111話 グライムに教えられる 31

 倒れる野上の手から銃が離れて、床を滑っていく。

 一瞬の出来事に戸惑っていたチンピラ二人は、八重と愛依の拘束を離し滑っていく銃を慌てて追いかけた。

 抵抗するにしても逃走するにしても銃を手にしないと話にならない。

 その必死な追走からの視界は、それを阻止しようとする者の姿を映さなかった。

 床に転がる銃に手を伸ばそうとした瞬間、作業服のチンピラとヤク切れの金髪のチンピラは文哉と邦子の体当たりでぶっ飛ばされた。

 邦子はぶっ飛ばした作業服のチンピラをすかさず追いかけて、俯せに倒れるその背中に乗っかるとチンピラの首に腕を絡める。

 ぐっと上へ引き上げると、身体の反れたチンピラがばたばたと抵抗したが邦子はものともせず、作業服のチンピラをオトした。


 同様に文哉もぶっ飛ばしたヤク切れのチンピラを気絶させに行くが、チンピラは倒れながら朦朧とした顔で持っていたナイフを手当り次第振り回していた。

 文哉は暫くその様子を眺めると、二歩踏み込み、右下段回し蹴り。

 ただ闇雲に暴れていたチンピラだが、無意識が作り出した一定のリズムを文哉は見切って、ナイフの軌道の隙を蹴りが通り抜け、顔面を綺麗に蹴り上げた。


 文哉達と同様に平家も駆け出していた。

 狙いは勝に殴られ倒れる野上の拘束。

 これ以上の悪あがきを許す気はなかった。


 仰向けに倒れる野上の視界に、ぬっと平家の顔が入ってきて、驚く間もなく片腕を掴まれると強引に身体を持ち上げられたと思ったら、視界はあっという間に回転し、俯せに床へ押しつけられた。

 声を上げる隙間も無く、背中に平家の体重がのしかかり、背中に無理やり回された両手ごと膝で押さえつけられた。


「勝っ!?」


 その瞬時の出来事の中、もう一つ床に倒れる音がして、八重の声がフロアに反響した。


「オイ、佐山、大丈夫か!?」


 野上を押さえつける平家が振り返り、床に倒れる勝の姿を見る。

 左肩を押さえ痛みに耐える勝と、血で赤く染まっていく床。


「勝!? 血が、こんなに!?」


 拘束から解放され勝の側に駆け寄ってきた八重が、その肩から流れる血の量に青ざめる。


「だ、大丈夫だって、肩、撃たれただけだから。そりゃ、痛いけどさ、遊川さんオッサンに、比べたら、大した、事ねぇよ。止血なら、先、そっちしてやれよ」


 ただでさえずっと満身創痍と自覚してきた身体に、新たな傷を受けて、寒いのか暑いのかわからないが身体は小刻みに震えていた。

 流れてく血がどうこうより、小刻みな震えが格好つかないと勝は止めれないものかと撃たれた肩を手で押えていた。


「止血、なら、自分で出来てる。お嬢、そいつのこと、頼みます」


 撃たれた腹を押さえたまま倒れている遊川にそう言われ、八重は涙ぐみながら頷いた。


「気、失ってんのかと思ってたぜ、遊川さん。やっぱ、しぶといな、アンタ?」


「うるせぇ、余計な事、喋るな、傷が疼く、だろうが」


 勝と遊川、息も絶え絶えになりながらも言い合う二人。


「もう、やめてよ二人共。救急車来るまで、大人しくしてて」


 涙を流しながら八重は、上着を脱いでブラウスの袖を引きちぎると勝の止血にと処置を施す。


「はは、映画みたいなこと、マジでやってもらう日が来るとは、笑える」


「笑えない! もう無茶ばっかりして!!」


 勝の軽口に怒る八重は、止血にと巻いたブラウスを強く締めた。

 千代田組極道の娘として、万が一の事を想定して応急処置を勉強していて良かったと心の底から思っていた。

 医療の道へ進む気は無かったので、知識を使うことなく無駄になることも望んではいたが、やはり必要だったのだと思う。


「愛依っ!」


「お父さんっ!」


 倒れる野上含むチンピラ達の拘束を確認して、伊知郎は解放された愛依のもとへと駆け寄った。


「怪我は、怪我は無いか?」


「だ、大丈夫、何処も怪我は無いよ。ただ――」


 ただ?、と問い返す伊知郎の胸に愛依は涙を流し抱きついた。


「――怖かったよぉ、本当に、怖かったよぉ、お父さぁん」


「ああ、ああ、もう大丈夫だから、愛依。全て終わったんだ。彼らが、助けてくれたんだ。彼らが、この街を護ってくれた」


 泣きじゃくる愛依を抱きしめて、伊知郎は優しく頭を撫でる。

 勝の方へ視線を向けて、小さく頭を下げる。


「オイオイ、何言ってんだよ、イチローさん。彼ら、じゃなくて、アンタもだろ? 胸張ってくれよ――」


 そう言って勝は、左肩を押さえる手を離すと、すっと伊知郎に向けて掲げる。

 親指と人差し指で見えるように摘む、小さな奇蹟。


「最高の、五円玉だったぜ!!」


 倒れる直前に無くさぬようにと掴んでいた、五円玉。

 燻った色をしてるはずなのに照明の光を受けて、何故だかキラキラと輝いてるように見えた。

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