第98話 グライムに教えられる 18

 満身創痍の身体を立たせてるのは意地と気合いだ。

 だけれど、それで目の前の男を倒せるとは勝も思っていなかった。

 意地や気合いは立ち上がる為だけのもの、勝機を掴むには何か策を考えなければならない。

 しかしそれを考える間を与えてくれる程、目の前の男、ニアンは生易しくない。

 蹴り飛ばした勝への追撃は、一瞬の間さえ挟むものの、余裕は与えてくれなかった。

 反撃のタイミングを掴ませない、不規則な動きの前進。

 流れるような動きかと思いきや、静と動を巧みに織り交ぜるニアン。

 迂闊に手を出そうものなら、簡単に捌かれ相手の攻撃をただ受けるだけのターンとなるだろう。

 後の先、とはいうが狙いは相手に手を出させた後の隙。

 捉えることもままならず、重い一撃をそうそう食らってられない勝はそう狙うしか無かった。


 伸びてくるニアンの左腕、手の形は掌底。

 指を内側に折り曲げ硬い手の平を押し当てようと、下から突き上げるように伸びてくる。

 勝はそれを上半身を引いて避ける。

 ニアンも避けられるのが当然と、左腕を伸ばしきらず、瞬時に引きの動作に移る。

 左腕を引き、右腕を突き出す。

 手を開き、指をナイフのように揃える手刀。

 初撃を避ける為開いた勝の身体、左肩の付け根を狙い手刀が突き出される。

 

 本来なら、手刀は見事に勝の左肩に突き刺さり、そこから拳を握りしめ押し込む連打となっただろう。

 しかし、ニアンの動きが若干鈍さを含み出した。

 遊川に突き上げられた腕、その右腕が痛みと痺れを払いきれずにいる。


 餞別だと遊川の言葉を思い出す。

 とびきりだなと勝は思った。

 拳と拳の間合い、接近戦に置いて鈍さは命取りだ。

 突き出された手刀に、上から被せるように左腕を絡める勝。

 白いスーツの袖を掴み、左腕を外側へと捻る。

 僅かに持ち上げるニアンの身体、しかしそれだけで投げれるわけではない。

 瞬時の動き、一瞬一瞬が命のやり取り。

 勝は右腕で掴みにいく素振りを見せる。

 二アンがそれを警戒して、右腕を捌こうと身体を動かす。

 その動きに合わせて、勝が出したのは右腕ではなく、右足。

 ニアンの右足を払うため、外から刈る為に左側へと右足を振る。

 先んじて当てたローキック、そのふくらはぎを踵で刈る。


 捻る腕、刈る足、横転気味に浮かび上がるニアンの身体。

 ニアンが勝の左腕の拘束に視線を動かしたところで、勝はフェイントの為に動かしていた右腕を追撃へと向ける。

 倒れゆくニアンの顔面めがけて右肘を振り下ろす。


 ニアンもただ素直に横に倒されるわけではない。

 諸共横倒れになろうと、勝の捻る腕を掴み返し引っ張る。

 最早意地と気力だけで立っている身体、道ずれにするのは容易く、起き上がりが早いのは自分の方だとニアンは踏んだ。


 自分の身体の事だ、引っ張られて踏ん張れない事を勝は了承済みだった。

 だからこその右肘、倒れることで体重がより乗せれる算段。


 勝の右肘がニアンのこめかみに突き刺さる。

 このまま地面に叩きつけてやる、と体重を乗せていく勝。

 しかし、その後頭部をニアンの振り上げた足が叩く。


 蹴られた衝撃で勝の右肘がニアンのこめかみから外れ、共に床に倒れる二人。

 その際、勝は絡めた腕を離すことはなく、ニアンはそうなることでなり得る事態を諦めた。


 ゴキッッ!、と鈍さと軽快さを併せ持ったような音が鳴る。

 勝が絡めた腕が関節技を決めたような形になって、ニアンの右腕を外側へ向けて折る。

 こめかみの肘を受けたまま床に倒れれば、頭蓋骨に支障を来たしていたところだ。

 ならば、遊川に殴られ鈍くなった腕の一つや二つ捨てて構わない、ニアンはそう判断し腕が折れるのを受け入れた。

 受け入れた痛みなので、どれ程のものであろうと対応は容易だ。

 歯を食いしばる必要もなく、ニアンはすぐさま上半身を起こし横に倒れる勝を左手で殴りにいく。

 掌打も掌底も形を成さない握りしめた単なる拳。

 右腕を折ろうが、相手は満身創痍、一撃を、もう一撃を入れれば動きが止まるはずだ。


 体勢の崩れた形からの蹴りは、衝撃はあれどダメージとしては大したことは無かった。

 勝も床に倒れた後、折れた音を聞くと掴んでいた腕を離し起き上がる為に身体を動かしていた。

 ニアンの一撃を避ける為に、床を横転して距離を取ると手をつき身体を起こした。

 一息吐くと再び前へと一歩踏み込み、床に倒れたままのニアンを蹴りに行く。


 殴りが避けられ、起き上がるのにもたつくニアンはそのままでは蹴りが避けられないと理解するや、折れた腕を床に押しつけて床に仰向けになる身体を上下逆さまになるように滑らせて、半回転。

 顔を狙って放たれた蹴りを、倒れた姿勢のまま蹴り返した。


 痛々しい音を鳴らし、ぶつかる蹴りと蹴り。


 威力としては立っている勝に軍配は上がるものの、すくい上げる様な蹴りに押し返される。

 蹴りの強い衝撃を受けたニアンは、その衝撃を利用して再び身体を床の上で滑らし回転させ、そのまままるでブレイクダンスの様に何度と回転し起き上がった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る