第81話 グライムに教えられる 1

 話は数分前に遡る。


 森川八重と村山愛依を誘拐したパトカーを追いかける黒いセダンの中。

 古い世代のカーナビの横に装着された、最新式のスマートフォン。

 スピーカーマイクに切り換えられたスマートフォンから馬宮の声が聞こえる。


『──それで、平家。お前は今どこに向かってんだよ? 華澄ちゃんが慌てた様子で電話切ったらしくてよ、レスラーのネェチャン、どこで暴れたらいいんだっていきり立って仕方ねぇんだよ』


 華澄は伊知郎と遭遇したのち、文哉に伊知郎のことを任せられてしまい邦子との電話どころではなくなってしまった。


「ああ!? 護衛は任せたが、付き人になれなんて頼んでねぇぞ」


 ハンズフリーの通話は自然と声が大きくなってしまう。

 合わせて今平家は暴走気味に走るパトカーを見失わないように、運転するので必死だった。

 パトカーが交通ルールを無視して走るものだから、道路はどこもかしこもパニック状態だ。

 事故らないようにすり抜けていくのは至難の技と言える。


『オイオイ、こっちは奴等の返し期待して素直に病院に運ばれたんだぜ。肩透かし食らったのはオレも同じ。付き人じゃねぇ、同士だ』


「オイコラ、こちとら千代田組の車でチェイス中で、車体を少しカスっただけでも指詰めレベルの繊細な運転してるとこなんだ。呑気な電話してる場合じゃねぇんだよ!」


 怒鳴り散らす平家は、しかしハンドルさばきは冷静に処理し急ブレーキをかける目の前の車を華麗に避けた。


『じゃあ、何処向かってるのかさっさと教えろよ。ケチケチすんな』


 ケチケチなど一つもしていない、平家はそう怒鳴ってやろうと思ったが、運転の邪魔過ぎるのでいい加減会話にうんざりしていた。

 怪我している馬宮と邦子の両名をまた喧嘩場に呼び込む気など本当は無かったが、この勢いだとどうにかしてでもやってくるだろう。

 後々遊川が組員に召集をかける手筈になっているので、どちらにしても時間の問題だ。


「どうせ若頭カシラから通達が来んだ・・・・・・五丁目の、大型倉庫の建設予定地あんだろ? 千代田組ウチのシノギの一つになってるヤツだ」


『あ? 沼田のアニキのとこのヤツか? あそこは確か──』


「今そこにお嬢とご友人が拐われてるとこなんだよっ!」


 パトカーの強引な抜き去りに接触事故は嫌でも起こる。

 セダンの前を行く車が二台、前方の車がブレーキを失敗し、後方の車──セダンの目の前の車がケツにぶつかる。


『なんだとっ、平家、テメェ何やってんだ!?』


「だから繊細な運転してるとこだっ──」


 互いが怒鳴りあうだけの通話を、助手席に座っていた勝が切った。

 平家は咳払いしたあと、運転に集中する為に一息吐いた。

 まずは二台、少しでもカスったら指詰め、いやその前に大事故に発展してそのまま御陀仏になるかもしれない。

 俺はドライバーじゃねぇんだけどな、そんなぼやきを吐きたかったが、助手席に座る傷だらけの男に聞かせるものでもなかった。



 馬宮に伝わった情報は、当然邦子に共有された。

 事態の悪化に対して憤る邦子は、そのあと華澄に電話を繋げる。

 文哉に任された面識の無いオジサンの対処に困っていた華澄は、電話になかなか出ることができなかったが、四回目の着信には何とか出ることが出来た。

 邦子から現状を共有された華澄は、ようやっと状況を把握して伊知郎が愛依の父親であることに驚く。

 少しばかり落ち着いた伊知郎から文哉との関係なども聞き、自己紹介も済ました華澄は状況を伊知郎に伝える。


「私もその場所へ連れてってくれないか」


 伊知郎に自分も現場に向かう旨と、家に帰って待っててくれと伝えた華澄。

 その返答に困惑することになったが、目の真剣さから断ってもついてくるのだと察して渋々承諾することになった。


 次第に建設現場へと向かい出す面々。

 警察署から離れ、青い軽自動車で向かうのは井上と遊川。

 状況の報告を同僚に迫られたが、若菜が説明役を買ってでてくれたので足止めにはならずに済んだ。


 遊川の指示で、パトカーが通ったであろうルートとは違う道を行く。

 ずらしたルートは事故など起きてはいなかったが、影響は多少あるようで混雑気味になっていた。

 急くあまり荒くなる井上の運転に、オイッ、の一言で制止をかける遊川。

 助手席に座る遊川は、組員への指示を電話で伝えていた。


「組員総出なんて戦争でも起こす気ですか?」


「大袈裟に物事を言うんじゃねぇよ。ただの露払いだ。検挙なんてしてくれるなよ」


「・・・・・・怪我人程度なら目を瞑りますよ」


「ハッ、そりゃあ難しいラインだな」


 遊川は冗談の様にそう言ったが、井上は笑うことは出来なかった。

 昨日既に二人射殺されている事実がある。   

 ただの殴り合いで収まるようには、とても思うことは出来なかった。

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