第80話 聞いてガラージュ見てガラージュ 12
同時刻、倉庫建設現場入り口。
息を切らしながら辿り着いた文哉は、自転車をフェンス横に停めて額から流れる汗を拭う。
「ああ、クソ、ふざけんなよ。仕事場から目と鼻の先じゃねぇか」
大通りを暴走していくパトカーを直ぐ様見つけた文哉は、自転車のチェーンが切れそうなほどペダルを漕いで追いかけた。
辿り着いたのは、噂に聞く大企業様の物流倉庫。
文哉の働く仕事場から、徒歩数分の同業者。
扱う取引先が違うので、直接な飲み込まれ方はしないものの、仕事場の何人かは移る算段を立てているとか。
呼吸を整えながらどう乗り込むかを文哉が考えていると、そこへ一台の黒いセダン。
荒っぽい運転で通りから急カーブで入り口手前、フェンスにぶつかるギリギリのところで横づけする。
ほんの少しの間があって、運転席から降りてきた男に文哉は見覚えがあった。
「あ、アンタ確か──」
「お、誰かと思えば昨日のニイチャンか。もしかして正義のヒーローづらの続きか? 悪いこたぁ言わねぇ止めときな」
車から降りてきた男──平家は、建設現場の前にいるだけの文哉を見て、何かを察したのかそう注意する。
目の前にあるのは建設現場ならぬ敵の本拠地、集まってる兵隊の数を考えると酔狂なヒーロー気取りが一人で突っ込むような場所ではない。
「止めろって言われて止めるヤツじゃないって、昨日教えたハズだけどな。中に拐われた人を助けるって、約束したし、俺には倒さなきゃならねぇヤツもいる。アンタこそ、ヤクザだか何だか知らねぇが一人で突っ込む気ならオススメしないぜ」
俺一人に勝てないんだからな、と文哉は控えめに付け足した。
平家を貶める言い方をしたいわけではなく、一つの注意を送りたいだけだ。
昨日の話からして、千代田組の娘の後を追いかけてきてここまで来たのだろう。
確か赤いジャケットを着てる男だったか、拐った男が倉庫の中にいるのかもしれない。
仕事に律儀な態度は尊敬するが、一緒に入って足手まといになられても困る。
大男を守りながら戦い抜くなんてまっぴらごめんだ。
文哉と平家、そのどちらもここは行かせねぇよと睨みあう中、助手席からゆっくりとまた一人男が出てくる。
赤いジャケットの男──勝を見て、文哉は目を丸くして驚く。
「は? オイ、アンタ、確か赤いジャケットの男が誘拐してたんだよな。何でそいつと一緒にいんだ? もしかして、組裏切って一人娘誘拐してたとかややこしい話すんじゃねぇよな?」
文哉の指摘に、平家は額に手を当て呆れたと表情に出す。
華澄と別れた際に聞いた特徴から、華澄が度々口にした文哉という男が目の前の男と合致するのだが、情報の共有は上手くしていないようだ。
確かにややこしい事態になっているが、説明役を体よく回されたような気がしてならない。
「誤解だよ、全く。めんどくせぇことにしてくれたぜ、遊川さんも。説明は後でしてやる、どうせ止めても聞かねぇんだろ? 俺は、佐山勝。故あって千代田組の一人娘、森川八重を助けに来た。アンタ、名前は?」
勝は身体を僅かに揺らしながら立っている。
薬物でもやってんのか?、と文哉は一瞬怪訝に窺うが、表面でもわかる満身創痍。
助けると口にしたその男が、その為に戦ってきたのは瞬時にわかった。
「俺は・・・・・・平田文哉だ。昨日たまたま知り合った女の子が拐われたって、助けてくれってその親父さんに頼まれてやってきた。あと、その誘拐に関わってるヤツでぶっ倒したいヤツがいる」
「いいね、アンタ・・・・・・平田さん、気に入った。こんなとこであーだこーだ揉めてる場合じゃねぇ。一緒に行こうぜ、やることは一緒だ。ムカつくヤツぶん殴って、女の子を助ける。シンプルなヒーローごっこだ」
ヒーロー”ごっこ”と言われてむかつくことは今まで多数あったけれど、自分から好んで使うなどと勝も思っても見なかった。
だけど、勝と文哉、互いに似合うのは”ごっこ”という
文哉もそれを飲み込んだのか、わかった行こう、と頷いた。
「ああ、オイ。ニイチャン二人とも、俺は自己紹介しなくていいよな? ヤクザが名乗りを上げるときは、相手のタマを取るって覚悟を見せる時だからな」
平家がそう断りを入れると、勝は、今さら、とにやけて見せた。
「だそうだ、平田さん。だけど、ヤクザって呼ぶとこのあと色々ややこしいから、平家さんって呼んでやってくれ」
「色々ややこしいってのが気になるけど、わかったよ」
格好つけたものの平然と名前が紹介されて、平家は抗議しようとするも、勝と文哉はお構いなしに建設現場の入り口を跨いでいった。
若いヤツらは話を聞かねぇ、そんな言葉を吐露しながら平家は二人の後をついていった。
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