第62話 良薬は口にフュージョン 5
平家と馬宮。
かつての遊川の武勇伝に憧れた武闘派に当たる二人。
文哉に軽くあしらわれたりしたが、千代田組の中でもその豪腕ぶりは抜きん出ていて一般人が舐めてかかるような相手ではない。
そもそもヤクザを舐めてかかろうとすることが良くないのだが、羽音町においては千代田組は舐められっぱなしであった。
なので、集まっていたチンピラ達も二人のオッサンを舐めてかかっていた。
夜の街、街の影、人目のつかない場所で悪さをして調子に乗った若者達は
たった一人に百人近い人数集めて暴行を繰り返すこともノリでこなし、たった二人のヤクザをボコすことも簡単だと思っていた。
平家と馬宮。
ボクシングを主体にした技巧派の平家と、とりあえずぶつかってぶっ壊せば良いんだろと単純派の馬宮。
ノリだけでは目で追えないパンチの軌道。
頬を叩き、顎を突き上げ、腹を内臓ごと壊していく。
「オラオラ、サンドバッグになりてぇのはどいつだ!!」
平家は嬉々としてチンピラを殴っていく。
頭の良くない自分がその腕力だけで食っていけると思った世界だったが、極道とはそんな甘いものではなかった。
悪知恵であれなんであれ極道として生きていくには回る頭は必要だった。
だから、腕力だけではどうにもならない状況にフラストレーションが溜まる一方であった平家は今まさに望んだ状況にいると言える。
腕力だけで片がつく事態、最高だね。
「おっしゃぁ、もう一丁!!」
馬宮のタックルが三人のチンピラを同時に吹っ飛ばす。
相手が金属バットを振ってこようがお構い無しだ。
打たれ強さには自信がある。
締められると弱い。
「華澄ちゃんは来るわ、千代田組らしいオッサンは二人も来るわ、よくもまぁ女王無双の邪魔してくれちゃって」
次々と倒れていくチンピラ達の姿を剣崎は苦々しく見つめていた。
ボロボロになりながらも桐山邦子は押し迫る全ての敵を倒す、そういう演出をしたかった。
それをカメラで押さえて、羽姫のPVとして流す算段だった。
動画再生数は確実にうなぎ登りなはずだった。
「次代の女王となる華澄ちゃんはともかくさ、オッサンらはマジで要らねぇ乱入じゃねぇか。オイ、テメェら何やってんだ! さっさとオッサンども殺してしまえよ!!」
剣崎は怒号を上げるが、平家と馬宮に倒されたチンピラ達は睨むだけだった。
寄せ集めの集団、そこに組織的上下関係があるとすれば力でねじ伏せた梅吉英雄が上であるということしかない。
剣崎の立場なんて連絡役のバイトリーダーみたいなものだ、実力も見ていないのに従う義理は無かった。
「アンタ、昨日文哉くんにちょっかいかけただけじゃ飽き足らず、邦子さんや八重センパイにまで手をかけるなんて、もう許さないからね!!」
回し蹴りでチンピラを一人蹴飛ばし、華澄は体勢を整えながら剣崎を指差した。
「ちょっと華澄、何か聞こえが悪いその言い方」
邦子のツッコミに華澄は振り向きキョトンとした顔で返す。
もういい、と邦子に手を振られ華澄は剣崎へと向き直した。
「華澄ちゃん、わかってくれよ。これも羽姫の為なんだ。羽姫をもっともっと注目の集まる場所にしようとオレは努力してるんだよ。声を上げ人を集め、大々的なショーを演出したんだ。女王のファイトは人を魅了する、キミにもわかるだろ? 女王と闘った華澄ちゃんなら!!」
剣崎は芝居かかった口調で謳う。
身ぶり手振り大袈裟に動かして、熱意というものを訴えかけた。
平家はそれを見て次は歌い出すのかと鼻で笑った。
「何を言ってやがる、オイ剣崎、俺達は羽姫なんてもの知ったこっちゃ──」
剣崎の近くに立っていたチンピラの抗議は最後まで聞こえなかった。
言葉を遮るスイング。
金属バットがチンピラの顔面を真芯に捉え、歯やら血やらが飛び散った。
「羽姫を知らねぇだぁ? イカれてんのか、テメェ!!」
剣崎が見事なフォームでバットを振った。
チンピラの顔面が白球だったなら、華麗な本塁打だっただろう。
剣崎に睨みを効かせていたチンピラ達の目に怯えの色が映る。
イカれているのは誰か? その答えが瞳に映る。
「
剣崎は振り切ったバットを今度は逆に腰を捻ってまた振り抜く。
無双する女レスラーに、暴れるヤクザ二人、次々蹴り倒していく小柄な女、そしてイカれた連絡役。
意気消沈してチンピラが逃げようとするには十分な状況であり、しかしながらそのスタートを切るには位置とタイミングが悪かった。
こっそりと背中を向けたチンピラの位置は剣崎の真後ろで、逃げだそうと一歩踏み出した瞬間その後頭部は金属バットで砕かれた。
「オイ、今羽姫のこれからを語ってるところだろうがっ!!」
次々と仲間であろうチンピラを金属バットでぶっ叩いていく剣崎に、華澄はかつて感じた恐ろしさを思い出していた。
あの龍神橋で出会った薬物中毒の男を彷彿とさせる狂気がまた暴れている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます