第45話 飛んで火に入るダブステップ 10
「よぉ。まさか昨日の取引相手がマトになってるなんてなぁ。ちょっと一緒に来てもらうぜ、
八重が交番に向かい歩き始めた直後、背中に声をかけられ、つい振り向いたのが不味かった。
一応の警戒心に、あからさまな言葉。
八重も振り向き様に一発食らわしてやろうと裏拳を当てるように腕を振り回したのだが、声の主にあっさりとその腕を掴まれた。
長ったらしい濃茶のカーディガンに仏心をデザインした白いシャツ、まだ肌寒いのに膝上丈の薄緑のズボンと季節感がわからない服装の痩せ細った褐色。
昨日会ったドラッグの売人の片割れ。
八重は知らないが、名前は園村卓也。
勝に昨日闘った売人二人の最初に倒された方。
「暴れるなよ。って、言っても暴れたくもなるか。でも、暴れられたら容赦なくひっぱたくからな、オレは女子供にも隔てなく暴力を振るうタイプだ。平等って大事だろ?」
園村はそう言いながら掴んだ八重の腕をゆっくりと捻り出した。
抵抗する八重の力をものともせずにじっくりと外側に捻られていく。
「痛い! 離してよっ!」
「バカかよ、離さねぇよ。捕まえに来たんだぞ。わかってんだろ、今お前が色んなヤツから狙われてんの?」
「お、お巡りさっ──」
助けを呼ぼうとする八重の口を園村は手で押さえた。
「めんどくさいことすんじゃねぇよ! 素直に拉致られろって」
口を押さえた手に力を込めて八重の顔面を圧迫する。
んー、と八重は鼻息で文句を訴えるので園村は親指を狭めて鼻を押さえた。
ついで、と言わんばかりに掴んだ腕をより強く捻る。
肩ごと引きちぎられるのじゃないかと思うほどの力が込められて、八重は痛みに耐えれず足をばたつかせる。
こういう時にと華澄に簡単な護身術を学んでいた。
それは、金的狙いだ。
「暴れるなよ、って言ったよな!」
八重の足が園村の局部を蹴りあげようとした瞬間、掴まれていた腕は離され、押さえつけられていた顔面からも手が離れる。
急に解放された八重の身体は足を上げていたこともありバランスを崩し、後ろに倒れそうになる。
倒れそうになる八重の顔面を、園村の手が追いかける。
猛スピードで追いかけくるそれを八重はスローがかって見ていた。
だんだん迫る手が八重の頬に触れて、思いっきり叩いた。
バチンっと音が耳に響く。
左頬が熱い。
頬の痛みがじわりと広がっていき、すぐに頭を地面にぶつけた痛みが襲ってきた。
気づけば目に映るのはアスファルト。
頬の痛みに後頭部の痛み、背中もぶつけて痛かった。
「先に言ってやったのに、人の話は聞くもんだぞ、
園村は仰向けに倒れる八重の顔を覗き込むように屈む。
「アイツに狙われたのが、運の尽きだったな。今さら足掻いてもよ、痛いのが増えるだけだぜ。大人しく、拐われちまえって」
カッと開いた目で八重のことを見る園村。
おどけてみせる表情が、八重に恐怖を与える。
先程まで勝が一緒に居たから実感が無かった。
自分がヤバい状況にあるということを。
眼前に迫る園村の表情に、ここまでに襲撃してきたチンピラの顔が重なる。
追い返してくれてた勝は側にいない。
守ってくれる誰かは側にいない。
八重は眼前に迫る園村から視線を外し、目を動かして辺りを見る。
平日昼前の住宅街。
人目を避けて走ってきたとはいえ、交番の前だ。
誰か居ないかと探したが──。
「居ねぇよ、誰も。そこを狙ってたんだからよ。見えるかぁ、交番も今は無人なんだよ。パトロール行ってんだろうなぁ。拉致られる
園村がにたりと笑い、八重の顔面を鷲掴みする。
「オレさ、実はヤク漬けになった女の顔をこうやって掴むの好きなんよ。抗えない感じ? 興奮するよな、やっぱりよ」
アイアン・クロー。
掌全体で相手の顔面を掴み、指先で握力を使って締め上げダメージを与え、ギブアップを狙う技である。
園村の親指と人差し指が八重のこめかみに食い込んでいく。
痛い、と言う言葉すらハッキリと口に出来ないほどの激痛が八重を襲う。
両手で園村の顔面拘束をほどこうするものの、八重の力では全く敵わなかった。
「とりあえずさぁ、バタバタ暴れられるのも面倒くさいし。気絶しとくか、
園村はアイアン・クローで掴んだ八重の顔を少し持ち上げた。
持ち上げるということは、アスファルトに叩きつけるということ。
それが気絶などという軽傷で済むのか、という話は園村には関係無かった。
分け隔てない暴力を。
その一心で、園村は八重を持ち上げる。
「平日昼間の交番前で女ボコボコにするなんて、クソヤロウだね、アンタ」
聞き覚えのある声が聞こえて、八重は園村の掴みから解放される。
ほどかれた八重は、その目に背後から腕を回され首を絞められる園村の姿を映す。
八重が全く敵わなかった力を持つ園村の腕より、一回り太い豪腕が園村の首を絞め上げて、屈んでいた園村が引っ張られ立ち上がる。
園村は豪腕を掴みほどこうとするもビクともしない。
八重は園村を絞める人物に見覚えがあった。
愛依のバイト先で、華澄のバイト先でもあるグラップル羽姫。
そこに女王と君臨する人物を華澄に一度紹介されたことがある。
「邦子さんっ!」
「大丈夫かい、八重ちゃん? こんなヤツ、すぐぶっ飛ばしてやるから、ちょっと待ってな」
羽姫の女王、桐山邦子は首を絞められ苦しそうに涎を垂らす園村の背後から満面の笑みを見せる。
八重を落ち着かせるために作ったスマイルは、しかしながら逆光になって見上げる恐ろしい格闘家の顔だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます