第37話 飛んで火に入るダブステップ 2
「おはよー、カスミン。今日も寝癖がキマってんねぇ!」
龍神橋の真ん中で腕組みをして華澄が思い出に浸っていると、後ろから声をかけられた。
村山愛依。
華澄の一つ上の先輩。
学校指定の制服を独自性を入れずに着こなしている。
案外真面目な人、と華澄は愛依と交流を深める度に思う。
髪を押さえると右側に反発する感触あり。
むむむ、と華澄は眉をひそめた。
「おはようございます、愛依センパイ。その、カスミンって呼ぶのいい加減やめてください」
「なんで? 可愛いじゃん」
「オードリーの春日と同じあだ名なんですよ、それ」
華澄の頭にピンクのカーディガンが浮かぶ。
鍛え抜かれた身体は確かに憧れる部分はあるが、どうも重ねられるのは嫌な気がした。
「へぇー、そうなんだ、変なこと詳しいね」
「深夜のラジオ、たまに聞いちゃうんで」
「まぁでもほら、羽姫で勝ったときとかさ、トゥース!ってやったら人気出るんじゃない?」
愛依が胸を張り腕を構え人差し指を立てる。
「絶対スベるヤツですよね、それ」
「うーん、かもね」
「そういうキャラ付け要らないんですよ、私」
「まぁ、カスミン、そういうのしなくても人気だしね」
「だから、カスミンはやめてくださいって」
笑う愛依が龍神橋を渡り学校へと向かうので、華澄もあとについていく。
「それじゃあ、八重が付けたコマチが次候補になるよ」
「ええー、八重センパイのネーミングセンス、わかりにくいんですよねぇ。なんでコマチなんですか?」
「えーっと、斧宮からオノミーになってオノノになってコマチ! だったかなー」
やっぱりわかりづらい、と華澄は頭を抱える。
コマチと呼ばれてもまったくピンと来ないので、名付け親の八重に首を横に振り答えるとスゴくがっかりした顔をされた覚えがある。
「そういえば、八重と言えば。八重、今誘拐されてるみたい」
「へー、誘拐ですか? されたこと無いなー・・・・・・って、ええーーーー!?」
昨日の晩御飯のメニューを思い出したかのようにあっけらかんと言う愛依に、華澄は目を丸くして驚く。
つぶらな瞳が頑張って大きく開かれてるのを見て愛依は可愛いと呟いた。
「ちょっと、カスミン、リアクションでか過ぎだって。周りに見られてるよ」
龍神橋を渡ってから周りには二人と同じように登校する学生たちの姿が増えてきた。
向かう先は小中高と違うけれど、通学路は重なっていた。
「いやいやいやいや、愛依センパイ、大事件じゃないですか!? 何落ち着いてるんですか、け、警察に連絡は?」
「んーと、のっぴきならない事情で私は通報してない」
のっぴきならないって使い方あってるっけ?、と愛依が問いを続けるが、知りませんよ、と華澄は冷たく返した。
この
華澄はまた頭を抱えた。
手に頑なに落ち着かない寝癖の感触があった。
まさか両サイドとは。
むむむ、と華澄は唸る。
「あ、でもね、ほら八重のとこの
八重の家と言われて華澄はすぐに千代田組に思い当たる。
華澄と愛依と八重の三人でショッピングに出かけた際に、移動販売のクレープ屋の店員に八重がやたらと丁寧な挨拶をされていた時にそれは発覚した。
愛依は以前から知っていたので、説明しづらそうな八重のフォローをしてたが言葉のオブラートな包み方を知らないらしくて身も蓋も無いくらい全部説明してくれた。
クレープ屋のちょっと格好良さげな店員は、千代田組に入ったばかりの新米らしい。
ドラマなどで聞くシノギというのは、今の時代バイトと変わらないんだなと華澄は驚いた。
そして、千代田組に思い当たって連想するのは昨夜の文哉との逃走劇だ。
走りながら文哉に何があったのかと聞いたが、逃げ切れたら教えてやると結局うやむやにされたままだった。
「文哉くん、もしかしてヤクザから逃げてた?」
辿り着いた推理を華澄は口にする。
「フミヤくん? いつもカスミンが言ってる憧れのハイキック王子?」
華澄はことあるごとに文哉の上段回し蹴りについて熱く語る、暑苦しく語る少女だった。
三人でショッピングしに行った際も、買う服の基準が蹴りやすいかどうかであった。
愛依と八重で散々オシャレについて説教したものの、結局買ったのはハイキックした小熊がプリントされたパーカーだった。
「文哉くんはそんな変な国の王子じゃないです」
「てか、フミヤくん? ねぇ、そのフミヤくんって名字、平田だっけ?」
「あれ、言ってませんでしたっけ? 平田文哉ですよ。あ、町内会自警団で聞いたらその伝説っぷりがたんまり教えてもらえますよ! なんなら、今私が──」
目を輝かせ前のめりになる華澄を、どーどーと落ち着かせる愛依。
たまに愛依が織り混ぜてトゥースと言うと、猫のようにシャァーッと威嚇する華澄。
「私、その文哉君に昨日助けられたわ。あの人だったんだ・・・・・・なんか名前からチェッカーズみたいな人、想像してた」
「愛依センパイ、それ、昭和です」
白馬の王子ならぬハイキックの王子か、と愛依は昨夜の事を思い浮かべた。
作業服姿のヒーローは日頃聞く華澄からの逸話もかけ算して、格好良さ当社比二倍になっていた。
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