第27話 百聞はボサノバにしかず 3
十五時を回ると交代で十五分休憩を取ることになっていた。
昼休憩の時とは違い全体の作業自体が止まることはなく荷物はベルトコンベアに乗って流れてくる。
文哉も派遣会社の社員に声をかけられて交代して休憩を取ることにした。
物流量が増えるのは十六時を過ぎてのことだったので、このアルバイトに入ったばかりの頃はこの休憩時間を気合いの入れ直し時間として張りきっていたものだ。
若い連中のゲーム感覚に近いが、文哉もそうやってチャレンジしていたものだ。
一年経った今となっては単なる息抜き程度のものになった。
繁忙期にはこの休憩時間を取らずに過ごすこともあった。
派遣会社の社員は伊知郎にも声をかけていた。
伊知郎は昼からの出勤ということで断っていたが、派遣会社の社員の強い口調の指示に渋々従っていた。
決められた休憩時間をちゃんと取らない作業員がいることを物流会社の社員に咎められていたからだ。
その物流会社の社員も管理不足と上から注意されたのだという。
物流量が増える前に新人への作業指示も行いたいと派遣会社の社員が言ったので、文哉と伊知郎の二人は休憩に行くことにした。
一階の端にある従業員出入り口から出ると、数歩先にプレハブ小屋がある。
窓から見える中には二人掛けの椅子が八組と腰ほどの高さのテーブルが四つあって、そこに疎らに作業員が座っていた。
テーブルの横には灰皿が設置されていて、プレハブ小屋内は換気扇が音をたててずっと回っていたが常に煙草臭かった。
文哉は小屋の外の自販機で缶コーヒーを買って小屋のスライドドアを開けて中に入る。
煙草を吸わない文哉には小屋の中の臭いは咳き込むほど苦手だったが、この小屋以外でのこの時間の休憩は自分の車以外では禁則事項だったので、車通勤していない文哉は我慢するしかなかった。
作業員のほとんどが派遣会社から派遣されたアルバイトで構成されていて、中高年もいるにはいるが力仕事ということもあって平均的な年齢層は若いし、仕事だというのにお行儀のいい連中ではなかった。
禁則事項なんてものができたのも物流倉庫内で好き勝手に隠れて煙草を吸うわ、灰の処理も雑だったからだ。
後ろからついてきていた伊知郎も同じように缶コーヒーを買って小屋の中に入ってきた。
伊知郎も煙草を吸わない派なのを知っていたので、文哉は喫煙者から離れた位置の席を指差した。
二人は向かいになって座る。
「珍しいですね、安堂さんが午前休なんて」
「ああ、ご迷惑をおかけして申し訳ない」
「別に迷惑だなんてかかってませんよ。平日の午前は荷物も少ないから新人教えるのもあってちょうど良かったぐらいだし」
「はは、そう言ってくれるのは平田君だけだよ。当日突然の休みの連絡に社員さんには注意されたよ」
どっちの社員だ、と文哉は思ったが両方の会社の社員だろうと思い直した。
「剣崎たちも急に休んでますからね。それで社員らは朝からピリピリしてますよ」
「羽姫だっけ、格闘技バーの試合観に行ったとか。私も昨日誘われたけど、朝からやってるものなのかい?」
派遣会社の社員に注意されついでに愚痴られたと伊知郎は言葉を続ける。
派遣会社の社員も他の作業員から聞いたのだろう。
「今日はモーニングデーなんだそうですよ。朝から女の殴り合い観てメシ食うらしいんですけど、何が楽しいんだか」
格闘技自体の面白さというのはわからなくもないが朝も早くから観たいものかと言われると、文哉には疑問だった。
しかもプロじゃなくアマチュアの、エンタメとしても成立するか危ういらしい試合だ。
合法か違法かもわからない店で、気楽に朝食を取る気も起こらない。
「確かにね、人の殴り合いなんて気の休まるもんじゃないね」
何かを思い浮かべるように目を細め伊知郎は缶コーヒーを口にする。
「・・・・・・午前休、なんかあったんすか?」
「・・・・・・はは、理由として説明するのにはなかなか信じてもらえづらい事があってね。社員さんには伝わらないと思ったんで言わなかったんだけど、平田君には迷惑もかけたしちゃんと説明しないとね」
伊知郎が昨日の晩に起こった出会いから、今朝の追走劇を説明する。
自分が見た部分でしか説明が出来ないので、説明しながらとりとめないなと伊知郎は思っていた。
「五円玉置いてったヒーロー、っすか」
「おかしな話だろ?」
「あ、いや、五円玉の話も安堂さんの変に真面目なとこ知ってると納得できますし、そいつがぶん殴ってたってチンピラのことも、まぁ、わかりますよ」
この街の荒れている部分というのは文哉も体験談として知っている。
学生だったのもほんの数年前なので、学生に流行りそうなヤバめな話も疎いわけではなかった。
「わ、わかるのかい? 私は驚きだったけどね、ああいう騒動は」
「安堂さんは確か、娘さんいるんじゃなかったでしたっけ? あー、何歳だったか聞いてましたっけ。まぁともかく、娘さんならそういうのわかるかもしれませんね」
「え、うちの娘が!? そんな・・・・・・いや、でも今はもうそんな話も出来ないからね、確かめようもないよ」
妻と出てったからね、と苦笑いを浮かべながら伊知郎は言って、どう反応しようかと文哉は悩んだ末、苦笑いを真似た。
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