第26話 百聞はボサノバにしかず 2
昼休憩が終わり文哉は作業場へと戻った。
昼礼など無く朝礼時に極められた作業員それぞれの持ち場、レーンと呼ばれる場所へと着く。
ベルトコンベアに流れてくる荷物をカテゴリーごとに分けて台車に乗せて、荷物ごとに貼り付けてあるバーコードシールをハンディバーコードリーダーで読み取って台車と紐付けていく。
文哉の配属している部署──一階のこの階層は食料品類を扱っているため分けるカテゴリーは飲料や菓子類、インスタント食品などになる。
菓子類の入った荷物、段ボール箱は軽いものだったが飲料ケースは15kg程度の重さで少し傾斜のついたベルトコンベアを勢いつけて流れてくる。
それが十箱ほど続くとベルトコンベアに安全用にと取りつけられた減速用ブレーキは機能せず、物凄い速さで荷物は流れてくるのだが文哉はすっかり馴れたもので簡単に受け止めていた。
派遣会社のパワーワークステーションから仕事紹介されたメールには確か軽作業と書かれていたが、文哉の隣でまだ働いて一ヶ月と経たない三十そこそこの新人が荷物の勢いを止めれずわーわーと騒いでいた。
階層内にはベルトコンベアの音が煩く響き渡っていたので、その騒ぎも隣のレーンぐらいまでしか届かず、しっかり聞こえた文哉はあとで処理するかと一旦無視することにした。
逆隣で働く伊知郎も自分の担当レーンの荷物の処理で精一杯の様子だった。
全国展開してる大型スーパーの周辺地域各店舗への商品搬入。
担当を分けられたレーンはそれぞれ各店舗行きに分けられていて、文哉が担当するのはその中でも大型店舗となっていた。
大型店舗はもちろん流れてくる物量も多く、セール準備時などは一日に流れる物量が膨大で三人がかりで荷物の仕分け処理を行う必要があるほどだったが、文哉は基本的に一人でその物量を処理できていた。
文哉より若い連中はその様を見て、平田チャレンジと名付けて大量の物量を一人で処理する挑戦をゲーム感覚で行っては撃沈していった。
必要なのは凄い勢いで流れてくる荷物を受け止める筋力、だけではない。
荷物を素早く台車に乗せる瞬発力と、その際にカテゴリーに分ける認識力、どのタイミングでハンディバーコードリーダーで読み取るのかという判断力も必要で、そしてそれを一日続ける忍耐力も要であった。
夕方の物量ピーク時には、このまま一生荷物が流れてくるのではないか、と途方もない量が時間の感覚を麻痺させるほどの間流れるのでそこで心が折れてギブアップするものが多い。
仕事なので助けを呼ぶのは一向に構わないが、そうなってからのレーンというものは地獄絵図の様に荷物が散乱としているもので、客先には見せられないと夕方以降の現場への来客を拒んでいるほどだ。
ゲーム感覚で挑戦していた若い連中はそうなるとすっかり意気消沈して作業効率が下がり、後始末を任される文哉は辟易としていた。
自分の担当のレーンの荷物の流れが落ち着くと文哉は先ほど騒いでいた新人のレーンへと手伝いに行った。
どもーすっ、とベルトコンベアの音に欠き消されるか消されないか微妙な音量で挨拶を告げて、文哉は軽い荷物が潰されないように優先的に取り除いていく。
一年で見馴れた荷物ばかりなので、外側の印字の色だけでその段ボール箱の強度を判断していく。
朝の挨拶時に年齢については少し説明したはずだが、新人は年下の文哉に対して慌てた様子で敬語で礼を述べた。
平田文哉、二十二歳。
三十そこそこの男性に敬語を使われて自分の挨拶の仕方を反省する。
失礼します、とかの方が良かったか、と文哉は考えたがそれもそれでおかしいかと首を傾げる。
十九の剣崎の目上に対しての口調に注意ことしないまでも如何なものかと思っていた文哉は、人の振り見て我が振り直せだな、と聞くだけで使うことの無かった諺を思い出す。
「平田君は自分のレーンに戻ってくれていいよ。あとは私が手伝うから。平田君のところは夕方から大変でしょ、今はのんびりしときなよ」
言葉使いに思考を巡らしていたらいつの間にか伊知郎も新人のレーンの作業の手伝いに入っていた。
唐突の声かけに、うお、と文哉は小さく驚いてしまって誤魔化す為に咳払いした。
「安堂さんは自分のとこ大丈夫なんですか?」
「あ、まぁ、いつも手一杯だからね、心配させてしまうのは申し訳無い」
「あ、いや、そういうことじゃなくて。いや、なくてですね。今日は昼からってことで変に力入ってんじゃないかと」
会話しながら文哉は荷物を素早く仕分けていく。
伊知郎もそれには遅れるものの荷物を仕分ける。
二人の速さに新人は追いつけなくなり、呆然と作業を見ていた。
「あ、見てていいけど見ながらどう作業をしていくか覚えてくださいねー」
「はは、平田君の速さだと難しいんじゃないかな、それ」
「え、そうっすかー」
他の作業員にも指摘された事を伊知郎にも言われたが、文哉は作業の手を緩めることはなかった。
軽作業とはいえ力仕事、何処かしら体育会系となるこの職場では親切な作業マニュアルなんて無く、口頭での説明と見て覚えろの精神で新人育成を行っていた。
文哉は自身が見て覚えるタイプだったのでそのやり方に不満は無く、むしろ使える新人の判別に向いてるとすら思っていた。
自分の動きについてこれるヤツは使えるし、ついてこれないヤツには期待しない。
わかりやすい話だと、文哉は思っていた。
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