第12話 案ずるよりパンクが易し 6
勝は今戦っている相手が冷静な人物であると考えていた。
売人仲間が名前を呼ぼうとしたのを止めたり、勝の誘いに全力で追いかけず体力を温存し武器も拾って持ってきた。
そんな人物が二度攻撃を避けられた程度で苛立ちを露にするか。
あの苛立ちぶりは明らかなフェイクだ。
須藤は伏せる勝の頭を右足で踏みつけようする。
それを勝は右に転がり、仰向けになって避ける。
右目には変わらず赤が見えて須藤の姿を確認できないが、左目に見える先には振り上げられた金属バット。
勝は顔の横に両手をやり、身体を折り曲げるようにして足をあげ須藤の腕を蹴った。
蹴られた須藤の手から金属バットが離された。
降ろした足の勢いに乗って勝は起き上がろうとするが、そこにすかさず須藤の左ローキックが振られる。
勝は立て膝の姿勢で右目には見えない位置から来る蹴りに、右腕と右脚で防御体勢をとった。
ドッ、と重い音が鳴り蹴りの衝撃に勝はよろけて左手を地面についた。
手に小石が食い込む。
勝はついた左手を軸に滑る様に回転して須藤の右足を刈った。
なっ、と声をあげ須藤は俯せに倒された。
ふらつきながらも勝は立ち上がった。
頭の痛みは少しもひかず、立ってみるとまた視界がぶれだした。
右側頭部を触って見てみると、右手の人差し指から掌にかけて血が付いていた。
こんなもんか、と勝は少し安堵した。
右目に入った血を手の甲で拭った。
須藤は舌打ちをして、左に転がりゆっくりと立ち上がろうとしていた。
勝のふらつき具合を見て、一旦距離を起き仕切り直そうと考えていた。
そうして、ゆっくりと立ち上がり顔を上げると勝が駆け出そうとしてるのが見えた。
頭が痛く、重い。
視界もぶれたままだし、右目はまだうっすらと赤い。
そんな勝の目に入ったのは、落ちた金属バットだった。
拾ってきた相手はゆっくりと体勢を整えようとしてる最中だ。
勝は駆け出し金属バットを思いっきり蹴り飛ばした。
金属バットは広場を囲むビルに当たって甲高い音を鳴らして跳ね返り転がる。
「子供が真似したら大変だから、金属バットは無しで」
蹴り飛ばした爪先が少し痛かった。
「どこまでもふざけた野郎だな、テメェは」
「基本、真面目ですけど?」
おどける勝に須藤は舌打ちして二歩、距離を詰めた。
前蹴りが届く距離になった。
須藤は少し前傾姿勢になり、右足を僅かに曲げ左足を引いた。
右膝の上ぐらいの低い位置に右手が構えていて、左手は顎の辺り。
それが須藤の戦闘姿勢だ。
対して勝は先程の園村と対峙した時と同じ様に構えずに立っていた。
先手に出たのは須藤だ。
左、右と摺り足でもう一歩分距離を縮めると低い位置にあった右手を動かした。
牽制のジャブだと勝が反応すると須藤は右手を後ろに振った。
それは、腰の動き。
須藤の左ローキック。
勝の右足に重い衝撃。
ぐっ、と漏れる息。
須藤は蹴りを当てるとすぐに足を元の位置に戻した。
反撃にと、勝の右フック。
それを須藤は顎の位置で構えていた左腕で難なく防ぎ、間髪入れず勝の脇腹を右手で殴った。
ぐっ、と再び息を漏らす勝。
今度は須藤が右手を引く間も与えず、勝は左手で須藤の顔を殴った。
勝の拳は須藤の顔を捉えたものの、しっかりとした手応えは無かった。
脇腹を殴られたままの姿勢で殴り返したので、力がしっかりと乗らなかったのである。
それに、須藤も勝のパンチに反応して僅かに顔を動かしていた。
パンチの軌道に合わせて少しでも動かせば、それだけでクリーンヒットとは程遠いものになる。
須藤は右手を引き、続いて左手を伸ばした。
勝は右手を上げて防御姿勢を取ったが、その外側から回ってきた須藤の左手は勝の肩を掴んだ。
強く引っ張り、頭突きをかます。
鈍い音が鳴り、勝の側頭部の傷から止まりかけてた血が弾ける。
須藤は左手を離し、右足を半歩踏み込むと左前蹴りで勝の胸の辺りを押すように蹴った。
意識が朦朧としかけていた勝はその前蹴りに耐えきれず、後ろに転がり倒れた。
冷たいアスファルトに勝の顔が接する。
「やる気あんのか、テメェは!?」
須藤が怒鳴る。
その声が勝の頭に響いた。
まだ意識を失ってはいないようだ、と指を動かして確認した。
手をついて、どうにか起き上がる勝。
須藤は勝が立ち上がるのを待ち構えていた。
ふらふらで何度も膝から崩れそうになる勝を、ただじっと構えて待っている。
倒れた相手を蹴りつけるなんてつまらない事はしない、殴り合いで叩きのめすつもりだ。
それは須藤の美徳、ではなく快楽であった。
須藤は殴り合いたいのだ。
殴り合う価値のある相手を見つければ、とことんまで殴り合いたい。
それがこの街でドラッグ販売のバイトをしている理由でもある。
羽音町でドラッグを売るというのは、同業者との縄張り争いになったり購入者の過剰なクレームの相手をしたりと危険が伴うことが多い。
特に最近では売人狩りなんかしているイカれた奴が現れたと噂になっていた。
須藤はそういった相手達と殴り合うのが楽しくて堪らなかった。
殴り合うほどの価値が無い相手には容赦の無い暴力を振る舞うが、価値のある相手とはとことん殴り合った。
勝は須藤の容赦の無い暴力を、金属バットを避け続けた。
だから認めたのだ。
この男は価値がある、と。
それが格闘技に憧れ育ち自身の暴力を試したくてこの街に来た須藤の見いだした、快楽であった。
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