02

 健介と別れて、もうすぐ2週間が過ぎようとしていた。街はクリスマスムード一色に染まっている。街灯には、電飾がつけられて、街を色鮮やかなに光っていた。

 去年のクリスマスは、健介が住んでいたアパートの部屋で過ごしていた。チキンを食べて、ケーキを食べて、何となく楽しかった気がする。でも、プレゼントは貰うことはなかった。

 今年は、恋人なしのクリスマスを過ごすことになる。陽菜は会社帰りの駅に向かう途中の街並みで男女のカップとすれ違うたび、クリスマスを一緒に過ごす人がいない現実を実感してしまった。

 駅の改札口を抜けて、寒さに耐えながらホームで電車を待っていた。

「今年のイルミネーションきれいだったね。」

小さな子供に父親らしき人が抱っこしながら言っている。日常的な幸せって、やっぱり憧れてしまう。

 会社でも、子どもに何あげようとか話しているのを聞くと、はやく結婚したいなと考えてしまう。その相手だと思った健介と別れた。何度も繰り返す。納得のできない現実に、胸苦しさに包まれていく。ただ、健介と別れたことは、絶対に正解なのだ。 だけど、それを納得するには、2週間では腑に落ちる結果には繋がる気がしなかった。

『電車が参ります。白線の内側でお待ちください』

電車がホームに入ってくる。今日は久しぶりに高校からの友人である杏子あんずと会うことになっていた。

 人気が少ない車内に乗り込んで、誰もまだ座っていない座席に腰を掛ける。電車が発すると、向こう側の窓から、イルミネーションが点滅する光があちらこちらで光っている。窓の外を何も考えず眺めていた。いつもなら、スマホを見たりして、気をまぎれるのに、どうしても今日はそんな気分になれなかった。ただ、電車が走って変わっていく、窓の外の夜景えお眺めていたかった。

『いつもご利用ありがとうございます。灰原、灰原…』

 気が付くと、電車が杏子と待ち合わせしていた灰原駅に到着した。電車を降りて、ホームのエスカレーターで1階に降りた。改札口を通ると、すでに栗島くりしま杏子が待っていてくれた。

「ごめん遅くなって」

「大丈夫だよ。待ち合わせの時間は、まだだよ。じゃあ行こうか。」

「うん…」

 杏子が予約してくれている店に、歩いて向かうことになった。駅から5分ほど歩いた先にある川沿いに美味しいイタリアンレストランに連れて行ってくれるらしい。この駅は杏子が通っている音大の建物もある。

「大学はどう?」

「まあまあかな。音大だし。来年の3月には卒業しちゃうしね。それより陽菜はどうなの?」

「私も、まあまあって感じ」

 杏子は来年の4月から公立中学の音楽教師になる予定らしい。10月に教員採用試験は合格していた。その時に陽菜が食事をお祝いした。杏子と会うのはそれ日以来だった。

「ちゃんと、別れたんだよね」

寒空の中、ためらうような口調で、杏子が言った。

「えっ、何の話?」

「河野健介と別れたんだよね?」

「ああー、健介」

「うん、ちゃんと別れたよ。健介とは、もう終わったから。大丈夫だよ。心配しないで。」

「そう、だったらいいけど。もう、より戻さないようにね」

「うん、戻さないよ」

 ずっと、杏子が心配してくれていたことは知っていた。でも直接、別れた方がいいよとかは、今まで杏子から直接は言ってこなかった。だから、よりを戻さないようにと言われたことに、どこか複雑な気持ちになった。やっぱり、健介のことをよく思ってなかったんだと改めて、知ってしまった。


「ねえ、杏子は彼氏さんと上手くいってんの?」

「まあねぇ。相手は高校教師だからね。それに、あまり会えないけどね。」

「そうなんだ」

「でも付き合い始めて。もうすぐ1年になるかも」

「へえ、凄いね。去年のクリスマスイブの24日からだっけ」

「そうだよ。変な感じだね。」 

 杏子は照れくさそうに微笑んだ。でも高校の教育実習で、杏子が知り合った人と付き合うことになったことを教えてもらった時、さすがに陽菜は驚いた。


「陽菜、着いたよ」

「お洒落な雰囲気だね」

 イタリアンレストラン『bianco《ビアンコ》』と書かれた看板が文字が。その周りに緑と白で電飾が点滅している。古びたヨーロッパ外観がひっそりと佇んでいた。 

「いらっしゃいませ」

店の奥からウエイターがやって来た。

「すみません、先に人が来てると思うんですけど」

「はい、あちらに席になります」

杏子は軽く会釈して、陽菜の腕を引っ張って、ウエイターの後を歩き出した。

「他に誰かいるの? 私、聞いてないよ。」

ウエイターに聞こえないくらいの声で、陽菜は杏子に言った。

「会ってほしい人がいるの」

杏子、軽く陽菜の頭を叩いて言った。4人掛けの席に座っている男性2人が居るテーブルに連れてこられた。

「遅くなって、ごめん。」

陽菜は唖然として、状況が読めそうになかった。

「お疲れ」

右側に座る男性が、杏子に言った。その男性の前に、杏子は座った。でもこの人は見たことがあった。たぶん、杏子の彼氏だ。でも、会うのは初めてだった。

「陽菜、まあ、座ってよ」

「えっ、杏子。何も伝えてないの?」

 右側の男性と杏子が2人で話している。隣に座っている、もう1人の男性は、傍観するように何も語らず、やり取りを遠い目をしていた。

「うん、何も言ってない。陽菜、座って」


 

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