神に護られた村と供物生産工場

詩一

【上】神に護られた

 もしも日本に地震、火災、洪水、疫病などのあらゆる災害に一度も遭ったことのない村があると言われたら、信じるだろうか?


 木田宮きたみやも自分がジャーナリストと言う区分に該当しなければ、その村を信じるどころか知ることすらなかっただろう。そんな村などあるわけがないと思っていたから。


 そのネタが真実かどうかを確かめるために、木田宮は車を走らせてその村に向かっていた。山の斜面に無理矢理作られた道路は幅が狭く舗装されていない。まさしく悪路だった。ノロノロ運転でそれを乗り越え、辿り着いた村はとても長閑のどかで緑あふれるところだった。見渡す限り畑と田園が広がっておりカエルの鳴き声が聞こえた。農作業に明け暮れる男の人たちがこちらを見るとニコッと笑いかけてくれたので、木田宮も笑顔を返して挨拶をした。

 丘の方に目をやると牛が数頭見えた。男性が牛の体をブラシでゴシゴシと洗っている。そこでは畜産が営まれているようだった。


 村の中に入っても道路は相変わらずのガタガタ道で、走るにはコツが必要だった。悪戦苦闘しながら進んでいる木田宮の横を地元の軽トラがガタガタと荷台を軋ませながら通り過ぎて行った。


 村長に挨拶を済ませてその村を散策することにした。


 確かに災害に見舞われたような形跡はない。これほど都会から離れた場所なら、なにか災害が起きたときの復興にも時間が掛かるだろう。ここに到着するまでの悪路を思い浮かべながらそんなことを思った。つい先週も台風がこの辺りを通過していったはずだが、倒壊した建物や薙ぎ倒された木々などはない。それどころか、畑の状態は至って正常で、とても嵐が通ったあとのようには見えなかった。


 農業用水路を流れる水はおそらく山からもたらされている天然のものだろう。台風が通れば土石流が流れ込んだり木々が詰まったりして山水が途絶えるなんてこともあるはずだが、それもないようだ。本当にこの村は災害が起こらない奇跡の村なのだろうか。


 だが、これだけでは証拠になりえない。木田宮は村人たちに聞いて回って証拠を集めることにした。


 半日歩き回って得た情報を総括すると、噂は本当だと言うことだった。80代のおじいさんに聞いても、生まれてから一度も災害に遭ったことがないと言っていた。彼はこの村を一度も離れたことがないので外の事情を知らない。ゆえに、そもそも地震とか洪水とかと言った災害そのものが夢想妄想のたぐいだと思っていたのだと言う。木田宮の感覚に置き換えるなら、巨大怪物が現れてビルを壊してアスファルトを踏み荒らすようなことはフィクションの中だけだろうと思うようなものだろうか。

 加えてこの村は今まで一度も不作に陥ったことがないらしい。大雨に見舞われないだけではなく、干ばつにも遭ったことがないと言うのだ。

 さらに、農作物のみならず畜産物までもが病気になったことがない。


「本当に、この村に生まれて良かった」


 老人はそう言って顔をクシャクシャにして笑った。


 災害に遭ったことが一度もないと言うのが言い過ぎであったとしても、80年間無災害でいられたと言うのは事実なのだからすごいことである。


 その日はおじいさんの話を聞いただけで日が暮れてきてしまった。木田宮の予定では、今日中に村長に話を聞いて日が暮れる前に帰ろうと思っていたのが、どうやら難しい。

 この村には当然ながら宿泊施設がない。人のご厚意に甘えるのも気が引ける。かと言ってここから外灯もない悪路を車で帰るのは危険だ。木田宮の車はSUVスポーツ・ユーティリティ・ビークルではなく、ただのコンパクトカーだ。側溝にハマって動けなくなったり、角度を見誤りカーブを曲がり切れなかったりと言った想像が頭をよぎった。諸々を鑑みた木田宮は、仕方なく車中泊をすることにした。


 撮った写真を見返そうとスマフォを取り出す。奥まった村では良くあることかもしれないが、圏外だ。なにかあったときに頼れるものはない。そんなことを思いながら写真を見ていく。


 木田宮が今日会った人たちは男の人ばかりだった。近くにスーパーもない村だから、女性は家の中で家事に専念しているのかもしれない。

 車が熊か猪に襲われないことを祈りつつ眠りに就いた。

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