学窮都市のボーダーライン(②アジャパー✧昭和と令和はアトの祭りよ、物活部 編)

十夜永ソフィア零

序 昼休み

 物理学と魔導学、午前の授業2科目が終わった。

 遠未来の学窮都市アトラのエリート校であるアルベルト魔導学院。僕は今月からそこの新入生だ。講義は、全てオンラインのメタバース空間で行われる。そのほとんどを自室のベッドの上で毛布に包まれて聞いた僕は、昼休みになってようやくに学生服に着替えた。

 昼食はゼリー飲料で済ませる。ゼリーのぶどう味を舌で感じながら、僕は百科事典の日本古代史の項目へのランダムアクセスをしていく。


『縄文貝塚』 縄文石器時代の人々が食した貝の貝殻が積み上げられてできた遺構。アルカリ性の貝殻が土壌の酸性を中和することで、貝殻以外の動物の骨も酸に侵されることなく残るのだとか。温暖化して海水面が上昇していた頃のものと思われる貝塚が、北関東など、関東内陸部で多く発見されている、と。貝塚についての記載は、古くは奈良時代の風土記に遡る。常陸の国は水戸に住まう巨人が貪り食った貝が山をなした塚と考えられていたのだとか。


大太法師だいたらボッチ』 いにしえの日本で、山を積み上げ沼を掘ったとされる伝説の怪力巨人。飛鳥の世から奈良時代まで少しずつ陸地が広まり集落が栄えていた頃にはおめでたい大男とみなされていたが、平安時代に入り低地が塩害に悩まされるようになった頃には土地神の瘴気に呪われた大男と畏れられたりもしたらしい。


撫子物なでこもの』 明治期に神奈川県は鴨志田の甲鳥かぶとり神社にて客体の縁起物として迎えられた黒石。元々は、湖沼に瘴気や縫魔ぬまに穢れた手を浄化するための撫で石として、埼玉県は千間台の上間久里あたりで古に祀られていたとの書物が残る(ただし、文体や記述内容から書物の作成年代は幕末頃と推定され、撫子物なでこものの伝承には偽史との疑いもあり)。


『アラハバキ』 宮城県は多賀城の荒脛巾アラハバキ神社にて主神として祀られる他、東北・関東地方各地の氷川神社などでも客人神として祀られている神が一体。権威ある研究者が、蛇の霊が宿った霊木、蛇木ははきが神となったものとの説を唱えているが、白蛇の刃牙ばきの怪異を源とする陸奥の武神の別名とする説など、いくつもの異説もある。


 貝に巨人に黒石に蛇木……古風なイメージが圧縮学習機を通じ次々と流れ込んでくる。令和生まれの記憶を持つ僕には馴染みがなかった諸物象オブジェクトたちが、次々と僕の脳に馴染んでいく。未来技術である圧縮学習機のおかげで、記憶の定着には悩まなくて良い。

 

 ✧


 今はアルベルト魔導学院の新入生である僕は、令和元年生まれの令和日本からの転生者。

 そんな僕がなぜ、古代日本史を学んでいるのか。理由は、午後の部活オリエンテーションで、古代日本からの転生者である先輩方に会うことになるらしい、ため。そう、僕の導士ソリシャンが言っていたがための予習だった。


 導士とは、学習支援AIみたいなもの、と言えばいいのかな。遠未来というだけあって、21世紀の日本よりも明らかに進んだ技術を持つ学窮都市アトラ。一方で、僕が元いた令和の常識からすると、なんだかカルト宗教っぽいところもあったりもする。魔導学をきわめるとの目的を持つ都市国家であるアトラの人々は、頭を使いすぎて宗教にすがりたい気になっているのかもしれない。

 ともあれ、僕用の学習支援AIである導士ソリシャンは今の僕に合わせてパーソナライズされている。僕が理解しやすい言葉を話すAIというか、僕が令和に住んでいたままであったならばこうなっていく、という人格が反映されているのだとか。

 そういうわけで、僕の分身体っぽいところのある、導士ソリシャンの正式名は、「ソリューションアーキテクチャ・アーティシャン・まどかマドカ」。ソリュー……シャンあたりを略して、ソリシャン。


 何、その微妙に厨二っぽい名前。最後のマドカが、僕、新谷円あたらしやまどかの名前であるだけに余計に恥ずかしいのですが。


 ともあれ、登校の時間だ。

 令和の記憶を持つ僕には、太古の人がどんな風に生きていたのか、そして、この遠未来に転生してどう感じているのかを、想像することは難しい。小学校低学年の頃から、令和ヒトケタの子供向けのメタバースを経験してきた僕。この遠未来視点からするとおもちゃじみたものであったとしても、仮想な世界の類には親しみがある。コンピュータも電灯がない時代の人の生というものが僕には想像がつかない。


 導士ソリシャンが駆動する転移の加護にくるまれ、僕はアルベルト魔導学院へと向かう。

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