きっかけ

 私が大学三年生の頃に、学内掲示板で「箱根駅伝応援ボランティア」が募集された。

 我が校の陸上競技部は、毎年箱根駅伝に出場している。当時はシード権を獲れるか獲れないか位の出場成績だった。


 当初、私はボランティアをするつもりはなかった。理由は二つある。

 一つは真冬に屋外にいるのがシンプルに嫌だった。しかも箱根駅伝は一月二日と三日に行われる。正月休みは家でのんびりしていたかった。

 二つは、大学二年次の恐怖体験がある。

 昼休みに私は友達とキャンパスを歩いていた。購買で昼食を買って、授業がある教室の棟へ移動していたのだ。

 そのとき、小動物系大学マスコットが前方に立ち塞がった。

 え?え?と戸惑う私と友達。小動物系大学マスコットは無言のまま、じりじりと間合いをつめてくる。つぶらな漆黒の瞳には何が映っているのだろうか。いたいけな女子大生二人が恐怖しているのは見えていないだろうか。

 文字媒体で「~ぴょん」と語尾につける小動物系大学マスコットは何も語らず、我々を前に行かせない軽快なフットワークで進路を妨害する。

 彼(彼女?)の付近には、長机が設置され、その上には白い横断幕があった。

 ―――すべては小動物系大学マスコットの掌中の上。

 逃げる発想が浮かばず、私たちは小動物系大学マスコットの圧に負けた。誘導されるがまま、箱根駅伝の横断幕に寄せ書きを書いた。

 無難に頑張れとか書いた気がする。

 何人もの学生がターゲットになったのだろうか。あの手口は初犯ではない。

 この恐怖体験により、私はつぶらな瞳の着ぐるみへの微かな恐怖と、大学関係者の笑いを獲得したのだった。


 とまあ、そういうわけで箱根駅伝には関わるつもりはなかった。

 しかし大学三年生は、就職活動が始まる時期だ。この時期はキャリアサポート課から、ESの書き方指導や、企業セミナー等のイベントの案内のメールが来て、現実を直視することを余儀なくされる。

 私も立派な就活生となってしまい、就活は嫌だ就活は嫌だと周囲と嘆き合いながら、就活に向き合うしかなかった。

 学生時代に打ち込んだこと―――通称・ガクチカを作るためにも、ボランティアに参加すると得なのではと邪心が頭をもたげたのは、企業セミナーに出席し始めた頃だった。

 私は人見知りのオタクで、面接で話せる持ちネタが三年秋の時点で乏しかった。箱根駅伝応援ボランティアの活動日は、箱根駅伝の二日間で済むのは楽に感じたのだ。(今にして思えば、たった二日間のボランティアはガクチカにならない)

 ただ、まだ私がボランティアをする理由が足りない。一人で参加するのは心もとない。人見知りにとって、仲のいい人間が誰もいない環境は辛い。

 友人達に声をかけてみると、真冬、それも正月休みなので普通に断られた。私も逆の立場なら断るから、何も言えまい。薄情なんて思っていない。


 断念しようとした矢先に、ゼミの後輩―――Sちゃんが救世主として現れた。彼女も箱根駅伝ボランティアに参加するという。しかも、Sちゃんの地元が、駅伝のコースになっていた。Sちゃんとはまあまあ仲が良く、私はすぐに箱根駅伝応援ボランティアの登録書類を大学に提出した。

 いざボランティアすることが決まると、俄然わくわくしてきた。

 箱根駅伝は毎年家族で見ていることもあり、その現場に立ち会えることが楽しみになった。

 私はどんくさいが、スポーツを題材にした漫画やアニメが大好きな人間だ。

 バレーボールの漫画の真似をして、体育の授業でブロックをすると、突き指をしたこともある。自分がやるのは向いていないようだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る