第16話
絶え間ない
漁師小屋が風を受けていまにも倒れそうに
小屋の中には人がいる。壁の隙間から差し込む陽射しが四人の男女を浮かび上がらせていた。車座で向き合うわけではなく、座っている者、立っている者、おのおのが好きな場所にいる。
「それはまことか凶念」
割れ鐘のごとき声を発したのは小屋の中央で
「闇丸の
「徳川慶喜の名代は腕が立つようだな」
「名は山岡鉄太郎――」
「む」
剛斎は
「どうした剛斎」
「や、そうか。大坂で
「わたしもその名を聞いた。北辰一刀流の使い手という」
美しく澄んだ声。小屋の奥に座わっていた
「ほう」
凶念は目を細めた。
「なるほど。やるなあ、山岡鉄太郎」
「仲間が斬られたのに嬉しそうではないか。剛斎よ」
「おうよ。わしらの一人や二人を斬るほどの男でなくては、鬼童衆がわざわざ出て来た甲斐がないではないか」
剛斎は笑みを浮かべて顎を撫でる。
「ひ、一人や二人て……」
怯えた声がする。これは小屋の隅に
「どうだ次はおまえが行くか、紅之丞」
「え、そんな」
「わはは、
「待て、剛斎」
蓮月の声に剛斎は口を閉ざす。
「凶念。山岡鉄太郎は一人ではないであろう」
「うむ。仲間が四人いた。あれは博徒だな」
「博徒だと」
剛斎が呆れた声をあげる。
「そのような奴らがものの役に立つのか」
「だが、闇丸はやられた。物見役で向かったのに、おまえと同じように相手を侮ったのであろう」
凶念が笑みを含んだ声で言う。
「凶念の言う通り。万が一を考えると、一人で行くのは危険だ」
蓮月の言葉に剛斎は舌打ちをした。
「ならば二人で組んで動くか――」
剛斎の話の途中で蓮月は小屋の入口に目を向けた。
凶念、剛斎、紅之丞も
音を立てながら小屋の戸が開いて、白い洋装の軍服を着た男が入って来た。
「中村さま」
蓮月が声を上げた。小屋に入って来たのは
「八瀬鬼童衆の面々がこちらにおっち聞いて来た」
半次郎は西郷が蓮月という
「中村さまがなぜここに」
「西郷先生にこん闘争ん立会人として八瀬鬼童衆を監視すっごつ仰せつかった」
「それは」
「もちろん旧幕府側には内密だ。さっそくだが――」
半次郎が鬼童衆の面々に目をやる。
「先ほど山岡鉄太郎と立ち合うた」
小屋の空気が震えた。
「あれは大した男だ。おいの負けだ。次は負けんが、山岡鉄太郎は鬼童衆との戦いが終ってから決着をつけようちゆた」
「なんだと!」
剛斎が声を荒げた。
「じゃっで気が変わった。ここに西郷先生からん書状を預かって来ちょっ――」
半次郎は懐から一通の書状を取り出した。鬼童衆たちの目が書状に吸い寄せられる。
「立会人では物足らん。おいを鬼童衆に加え」
「そのようなことをしたら西郷さまの
蓮月の凛とした声。
浜辺の暗い小屋の中の生ぬるく湿った空気がさらに重たくなった。
鬼童衆たちの肌にじっとりした汗が滲み出る。
「ならば自分たちん目でたしかめてみよ」
半次郎が書状を宙に投げる。
鬼童衆たちの目が書状を追う刹那、半次郎が抜刀。
目にも止まらぬ早さで牙刀院凶念の首を斬り飛ばす。
「あー!」
紅之丞の叫びと凶念の体から血が噴出する音が交じり合う。
床に落ちた書状を剛斎が拾い上げ、広げて中を検める。
「なんだこれは!」
剛斎が広げて見せた書状は白紙であった。
「どういうことですか。中村さま」
蓮月は静かな声で尋ねた。
「さすがは八瀬鬼童衆。仲間が斬られても動じちょらんな」
「こやつ……」
剛斎が
「所詮これしきんこっで斬らるっような奴じゃったんだ。ならば代わりにおいを仲間に加え。それならばこちらん人数は五人のままだろう。西郷先生ん約定は破られん」
半次郎は蓮月と目を合わせた。冷たく深い眼差しであった。
――この女。恐ろしい使い手かもしれんな。
背中に冷たい汗が流れるのを半次郎は感じた。
「いいでしょう――」
蓮月の言葉を聞いて剛斎と紅之丞は顔を見合わせた。
「安心せい。西郷先生の約定は守る。おいが山岡鉄太郎と勝負するのは、あいつがおまえたちを皆倒したら、だ。万が一にもそれはなかとであろう」
中村半次郎は不敵に笑った。
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