ホットケーキにスパイスを

奈瀬理幸

ホットケーキにスパイスを

 俺がナンパした中でも最高のオンナの話をしよう。



 あの頃、俺は顔の良さを売りにした超イケイケのホストだった。

 客の女の子はみんな俺にメロメロだったし、商売敵ともソイツらのそれなりにイケてるトコロをテキトーに誉めときゃ人間関係はそこそこうまくいっていた。

 顔が良いと世界は平和。ああ、イケメンってほんっと得。



 そんな俺が何人もいるうちの彼女の一人とデートの待ち合わせをしていたある夜。

 俺の目の前を一人のオンナが横切った。

 颯爽と通り過ぎた顔に、俺の目は釘付けになった。


 美人。超美人。

 そのオンナはとんでもなく美人だった。


 俺はテンションが最高に上がった。

 なぜって、俺よりイケてる人間を初めて見たからだ。

 もちろん顔が、な。


 これはマジでヤバい。

 こんなこと滅多に無い。いや、たぶんもう無い。二度と無い。

 あのオンナをモノにしたら絶対最高だろ。

 ターゲット、ロックオン。

 俺はデートのことなんかすっかり忘れて、美女を追いかけた。



 美女は歩くのが速かったし、後ろ姿も美しかった。

 俺は彼女の髪から首筋、背中、ウエスト、腰、太もも、足首までのラインを遠慮なく眺めながら追いかけた。


 急に美女がビルの間に入っていった。

 あまりに自然な動きで、あとを追っているのに見失いそうだった。

 俺は慌ててビルの角を曲がった。



「あなた、どういうつもりかしら?」


 ビルの間の細い路地。

 目の前にはとびきりの美人の顔。

 その両目に俺は今ものすごく睨まれている。



 角を曲がったと思いきや、俺はすごい力で引っ張られた。

 壁に押し付けられて、首をホールドされる。

 そして少し低めのセクシーボイスが間近から聞こえてきた。

 耳がちょいヤバいくらいにゾクゾクした。


「やあ」

 ご挨拶に営業スマイルをかましてみた。余裕たっぷりのウィンク付きで。今までの女の子はみんなこれで落としてきたしな。

 ところが。

「一般人ね。遊びたいなら他を探して?」



 速報。俺氏、美女にフラれる。

 もしくは当クラブが誇るイケメンホスト、通りすがりの女性をナンパして玉砕。



 これはすごすぎる。

 美貌を誇るこの俺に笑いかけられてスルーする女がこの世にいたことがまず驚き。そんでもって超新鮮。

 このオンナに決めた。


「一般人よりは一般人じゃないっていうか。ついでに遊びでもないかな~」

 女の子を落とすテクニック、マニュアル1。誘うときは斜め下からのアングルでGO。

 まつ毛の影が頬によく映えるよう、少し通りの方を向いてみる。

 これで真下に薄めのキャンドルライトとかがあれば、相手の瞳孔が開くからとりあえずは完璧なんだけどなぁ……。


 なんてコトを考えながら美女の綺麗な目を覗いていたら、彼女の腕が俺の首に回された。

 ん? どしたの? とか聞こうとしたけど、それはできなかった。


 なぜかというと、美女が赤い唇を、なんのためらいもなく俺の口に押し付けてきたからだ。


 いきなりキス。急にキス。しかもめっちゃ際どいヤツ。


 お? 意外に肉食系?


 いーねー、もっと……と、いい感じにくびれた腰に手を回そうとした俺を、次の瞬間、美女は思いっきりぶっ飛ばした。

「あいつ……! 逃がさないわよ!」

 そして、ものすごいスピードで走っていった。

 ハイヒール履いてんのにマジすげぇな。

「──って、おい! 待てよ! 俺のターゲット!」

 あんっなに美人で、アッツいキスなんかかまされて、捕まえようとしたら逆に捕まえられて、しかもこの俺に落ちなくて。

 諦められるハズがない。

 ぶっ飛ばされて出遅れたが、体力には自信がある。ついでに身体にも自信がある。筋肉は綺麗だ。

 それはさておき、俺は猛スピードで消えかけていく美女を追った。


 が、見失った。



 美女は、明らかに何かを追いかけていた。最後の目がマジだった。

 例えば痴話喧嘩がレベルアップしたとかの類いの追いかけっこでは決してありえないくらいのスピードだった。

 足に自信のあるこの俺が走っても、追いつけなかった。



 それから二週間。

 俺は仲間(商売敵のことだ)を片っ端から当たって、街の夜の情報を集めた。

 今までそんなことにはまるで無頓着だったが、そこは口の上手さじゃ誰にも負けない俺(顔の良さもな)。聞き込みの末、とあるザ・闇な噂を掴んだ。


 近頃、この辺にまあデカめでヤバい系の取り引きが集中しているらしい。

 宝石、骨董、美術品、薬、動物、個人情報、人。

 そして、ソイツらを片付けようとしてる奴らが、夜な夜な街に現れては一悶着やらかして消えていっている──らしい。

 そ、ん、で。

 その噂の中に、俺が求めるモノがあった。

 クラブがひしめくこの街の特徴を活かして、見た目がハデな奴らが潜入しているらしい、と。


 美女のあの顔と目とセリフと身体能力をトータルしてちょっと考えてみれば、それこそターゲットを追っていたら一般人に絡まれ、咄嗟のカムフラージュに恋人との現場を装ってみせ、しかしターゲットが逃走したもんだから追いかけてった、というケーサツがよくやる張り込みのワンランク上、みたいな動きなんだなってのがなんとなくわかった。


 俺ってアッタマいー。



 美女をなんとしてもモノにしたい俺。

 取り引きをなんとしても潰したい美女。

 ヤバそうな場所を張ってれば、またかち合うんじゃん? (俺ってアッタマいーパート2)


 そうと決まったらやるしかねーってコトで、俺はクラブを飛び出し、とにかくヤバそうな店とか廃ビルを片っ端から当たりまくった。



 そして、ある夜。

 空振りばっかでマジ萎えるわーっつーテンションで行ったバーの裏で。

 その時は突然やって来た。


「動くな!」

 いきなりの怒声とともに、ドアが吹っ飛んだ。

 んで、厳つい人間達がすげー勢いで入ってきて、店内にいた奴らに次々向かっていった。

 なんか洋画のワンシーンみたいだった。

 つか、壁際でタバコをふかしてた俺のことはまるでシカト。

 最近の俺のスルーされ度、すげーな。


 とかバカみたいに思ってれば。


 怪しいヤツらを捻り上げる人間たちの中に、忘れられない顔が見えた。

 あの美女が、いた。


 やっぱりかち合った。

 俺のテンションは一気に上がった。


 早速声をかけようとした時──。

 倒れていたヤツのうちの一人が、ものすごい素早さで銃を取り出して構えやがった。

 銃口の先は………………美女。

「ふざけんなよ!」

 俺は、キレつつ叫びつつ、ダッシュした。

 そして美女の前に飛び出した──。


 ──ズダーン。


 俺がアホみたいにデカい衝撃を喰らった瞬間、俺の叫び声か鼓膜に容赦なく響いた銃声のどちらかに、美女が振り向いた。

 俺と目が合う。

 また会ったな──ってウィンクしようとして、俺はみっともなく崩れ落ちた。

 最後に見たのは、美女のありえないっつー顔。

「あなた……!」

 うっそ、もしかして俺のこと覚えてんじゃん?





 目覚めは最悪だった。

 眩しいわ、苦しいわ、喉渇いたわ、体いてぇわ。

 拷問か新手の歓パか。

 一人で地味に呻いていたら、真上に何かが現れて眩しさがなくなった。

 そして、声が降ってきた。

「あなた、どういうつもりかしら?」


 あの美女じゃん。

 目ぇちゃんと開けて見たら(見なくてもだが)、あの美女じゃん。

 うっわ。なんか知らないけどラッキー。急にめっちゃお近づきになったな。


「やあ」

 記憶と変わらないセクシーボイスに、俺も同じ挨拶を返す。

 それから、

「君ってツレないよなー。俺たち、キスした仲じゃん? もうちょっと互いにキョーミ持とうよ」

 相変わらず少しキツめの瞳を見上げて言うと、無表情でこう返された。

「私、バカな男はキライなの」


 バカな男ってなんだよ! ──とちょっと文句を言いたくて起き上がろうとしたら、体に激痛が走った。

 ほら、だからバカだっていうのよ。

 無表情のまま、また返された。

 その後、自称ドクターとかいう奴が来て、俺は銃で撃たれたのだから安静にしているようにと言われた。

 色々興奮して若干忘れてたわ……。


 そして、また別の奴から聞いた話。

 美女の前で撃たれて気を失った俺は 、美女が所属する組織とやらの撤収の時、一緒に回収してもらったそうだ。

 何やらニホンのケーサツに嗅ぎ付けられたくないコトだそうで、俺を置き去りにするワケにはいかなかったし死なせるワケにもいかなかったとかなんとか。

 そんで、ここはその組織の潜伏本部。


 まとめると、コイツらは要はスパイ集団てことなのか?

 そのわりにはかなりハデなモノ取りでしたけどね、おたくら。

 まあその辺はなんでもいいですけどね。



 話は超変わって。

 なんでもよくないことが一つあった。

 ここ、外国の国家的なそれなりの機関の組織だったらしい。

 したがって、俺がいることがすでにイレギュラーだったようで、そろそろ問題になるそうだ。

 ついさっき安静にしているようにと言われたのに、今は機関の機密保守のため、抹殺か保護プログラムか記憶喪失のどれかを選べ、なんてとんでもない選択肢を突きつけられている。


 ちょい待って。俺それどれもイヤなんですけど。


 俺がここまでした理由。

 それはあの美女に会うため。会ったら俺に惚れさせるため。


 だからどれも無理だし、なんなら美女のそばにいられるんなら俺はこの組織に今から入る、それでオールOKじゃん? ──というコトを、勝負顔で言ってみた。





「やっぱイケメンって得だよなー」

「何言ってるのよ? なんの取り柄もないくせに」

「だからさ、顔」

「私たちに顔なんて必要ないわ」


 あれから数週間後。

 傷の治りが早かった俺は、めでたく組織に入隊していた。

 俺のこの美貌の力がイレギュラー解消の九十九パーセントであったことは確かだが、残りの一パーセントは、なんと美女が、不本意ながら命の恩人なので礼を兼ねて、と俺の入隊を推薦してくれたのだ。

 それから俺は美女にまとわりついている。


 少しでもそばにいたい一心で、美女がやる訓練をひらたすら真似してみているのだが、どうやら俺はクチ以外に才能が無いらしい。

 女の子を口説いたり、お世辞を言ったり、言い訳をしたり、言い逃れたり──は得意中の得意だ。

 かたや射撃、投擲、潜水、飛行、クライミング、ワイヤー、機械の扱い等々、スパイに必須なコトは俺には何一つセンスが無かった。


「足手まといの男はキライ」

「なんだよ。俺は君の命の恩人だろ?」

「頼んでないわ」

「それは禁句だろう」

「あのくらい自分で処理できてたわよ。あなたってホント使えないのね」

「…………」


 そしてこれが、念願の美女と俺との会話。


 少々残念なトコロはあるものの、まあまあ仲良くやっている。

 俺が訓練でやらかした後始末を美女がしてくれるという、夢のような日々だ。



 だが最近、俺のあまりの使えなさに、幹部もため息をついているらしい。

 これはさすがにだめだろう。

 そこで俺は、俺がこの組織でできることを探してみた。

 そして、すぐに見つけた。


 実はここの奴ら、ありえないほど服のセンスが無い。

 ダサい。

 見るに耐えない。

 隣を歩きたくない。

 作戦会議中も気になって気になって仕方がない。

 これこそ俺の仕事っぽいし、じゃあ一丁ハデにやってやろうというコトで、俺は一人買い物をしてきた。


 みんな一人一人に似合う服を選んだら金額がえらいことになってしまったが、俺のセンスの良さはまあものすごく喜ばれた。

 人間も空間も、オシャレであるに越したことはない。

 自分の仕事に満足して笑っていたら、一人美女だけが烈火のごとく怒っていた。


 俺が美女に買ってきたのは、絶対似合うと思ったパールホワイトのセーターと、パステルブルーの膝丈フレアスカート、髪を留めるリボン。

 確かに美女はいつもモード系の服ばっかでキメてるけど、絶対似合う。

 なのに、

「あなたってホント使えないのね」

 他のみんなはコレで俺のことを見直したっていうのに、美女は怒りのあまり震えていた。


 怒った顔も超セクシーだった。



 こうして、持ち前のポジティブさ(美女は図太さと言う)で俺はフラれてもフラれても懲りることなく、美女にアタックしていった。



 でもいつだったか、デカい仕事で仲間を何人か亡くした時があった。

 ここじゃ誰かが任務を完了しても命を落としても、盛大な飲み会が開かれる。

 そこから離れ、一人涙ぐむ美女を見てしまった俺。

 ほっとけるワケもなく、駆け寄って思わず抱き締め、勢いのままキスまでしてしまった。


 バチンッ。

 途端に、激しくビンタ。

 意味がわからないし許さないし、二度目は無い。

 美女はそう言い捨て、俺とは口を利いてくれなくなってしまった。





 そんなある日、とんでもないことが起きた。

 潜伏本部が敵に奇襲されたのだ。

 あろうことか敵の一味が、二重スパイとしてここに潜り込んでいたという。


 建物内は一気に戦場となった。

 だが、当たり前的にちっとも闘えない俺。

 できるコトと言えば、盾として体を張ることくらいだろうか──美女の。


 俺は美女を探した。

 すっかり俺とは行動してくれなくなった美女だったが、運命の赤い糸というやつだろうか、こんな、血と銃弾と鉄片が飛び交う中でもあっさり見つけることができた。


 美女は華麗に闘っていた。

 それはもう見事な美しさで、俺は何しに来たのか忘れ、しばらく見惚れてしまった。

 だが、ゆっくりしている時間なんて無い。

 さっき、建物の至る所に巧妙に仕掛けた時限爆弾のスイッチを入れたとか言う敵が、スイッチを持ったまま自爆したのだ。

 はやいとこ脱出しないと、手遅れになる。


 一瞬、敵がバランスを崩した。

 俺は飛び出していって美女を抱きかかえ、すたこらと逃げ出した。

 追っ手としての足より逃げ足のほうが昔から自信はあったのだが、この時ほど力が存分に発揮されたことは後にも先にも無いだろう。我ながら面白いくらいの速さで走れた。

 そして、俺たちが潜伏本部を脱出したとき──時限爆弾も爆発した。



 俺たちはただ、オレンジ色と灰色の煙に染まる空を眺めた。

 命の保証は無いことが当たり前の場所で過ごしていたとしても、破壊の風景がこうまで圧倒的だと、二人とも無言になった。


 助かったのは俺たちだけだった。



 敵前逃亡と仲間を見捨てたことで美女が後悔する暇も無く、機関の本部から連絡が入った。

 任務、敵を殲滅せよ。

 今の俺たち(主に美女)にぴったりの任務だった。



 敵殲滅の命令を受け、俺と美女は二人だけで慎重に動いていった。

 この顔の良さと口の巧さとタラシのスキルが役に立つ時が、やっと来た。

 俺は、俺をフル活用して、初めてスパイの仕事をやってのけた。

 ……といっても、敵のうち緩そうなヤツらに目星をつけて、必要なことを聞き出しただけに過ぎないけどな。

 敵のアジトを突き止めた後は、美女がそれはもう凄まじい勢いで突入していき、どうやったのかは全くわからないが、たった一人で、ものの数分でアジトを爆破して戻ってきた(俺は足手まといだからと一ミリも動けないように縄で縛って置いていかれた)。





 見事アジトを壊滅させ敵を殲滅した俺たちは、機関本部から褒美にバカンスを貰った。

 南国のビーチで、仕事は忘れ、ただ太陽の恩恵を受ける俺と美女。


 出会った瞬間から結構色んなことがあった。

 その後もそれなりに色んなものを乗り越えてきた。

 二人一緒に、だ。


 そんなことを考えながら美女を見ていた俺は、自然とこう言っていた。

「な、結婚しよう」


 天使か女神……のような笑顔で振り返った美女の答えは、


「バカな男はキライ」


 ちくしょう。そんなこったろうと思ったよ。



 バカンスから戻った俺たち。

 これからまた、次なる任務へ一緒に向かう。



 ちなみに彼女の好きな食べ物は、いちごだそうだ。

 こないだ教えてもらった。


 ……どんだけ可愛いんだよ!



  <終>

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ホットケーキにスパイスを 奈瀬理幸 @nasemasayuki

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